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87 とある男爵令嬢の呟き その5

87 とある男爵令嬢の呟き その5


「ああ、もう! なんで寮部屋で謹慎になるのよ!」


 桜の木の下での自己紹介イベントが何故か上手く行かなかったので、みんながお花見しているところへわざわざ行ったのに、謹慎処分になってしまった。

 入学式は教師が、あたしに常に張り付いていたし、式が終わった後は教室に行く事も出来ずにそのまま寮に連れて行かれた。

 洗濯機で洗濯した制服はテカテカになってるし、もう、最悪。


「やっぱり、お花見? に突撃したのがいけなかったんじゃないですかー?」


 ヤスリで爪を磨いているヴィオラが、こっちも見ずにテキトーな感じで言った。

 何、爪に息吹きかけてんのよ。

 あんた、あたしの侍女だっていう自覚あんの!?


「だって、自己紹介イベントが上手く行かなかったのよ。入学式前に済まさなければならなかったのに、みんなが来る前に警備員が来ちゃったんだもの、仕方ないでしょ」


 そう、男子寮での自己紹介イベントは警備員に見つかって、できなかった。

 みんなして、あたしを取り押さえようとするのよ。


 そしてどうやって侵入したって問い詰められたわ。

 そんなの決まってるじゃない! 頑張って壁を登ったのよ!

 トレヴァーとヴィオラに手伝ってもらってね。

 原作では、書類が風に飛ばされて、偶然門が開いてたってなってたけど、ガッチリ門番が警備してて入れなかったんだから、仕方ないじゃない。

 トレヴァーに木の上に書類を引っ掛けさせて準備万端だったのに、邪魔されたのよ。


 なのに信じてもらえなかった。

 壁を越えるなんて、普通の令嬢じゃ無理だって言われたわ。

 聖女のあたしに不可能はないんだから。壁くらい、よじ登れるわよ。


 けど、警備員達は、隠し通路を知っているんじゃないかとか、言ってくるのよ。

 そんな事言われてもわかんないわよ!

 知らないものは知らないんだから、答えようがないでしょ!

 結局、隠し通路なんてものは見つからなかったから、解放されたけど、なんで渋々なのよ。

 あたしは無実なんだからね!


「まったく、テオドールが優しく声を掛けてくれて、みんなが集まって、自己紹介しつつ書類を取ってくれる、最初のイベントだったのに……こなせなかったわ」


「それで侵入したんですか?」


「そうよ! 自己紹介イベントは重要なんだもの。全員の顔と名前を知れるし、仲良くなるきっかけにもなるのよ」


「でも、突撃しても、皆さんに自己紹介してもらえなかったんでしょう?」


 嫌な事言わないでよ。何、真っ赤なマニキュアを塗ってんの。あんた、ほんとに侍女だって自覚あんの!?

 まったく、ネイトがいないからって、仕事放棄してんじゃないわよ。


 そうなのよね。

 従者達に問い詰められていて、みんなの名前を聞くことができなかったわ。

 あたしの名前だけ聞いて、従者すら自分の名前を言わなかったのよ。

 マナーがなってないのはどっちよ!

 あの従者、絶対許さないわ。

 乗馬鞭をヒュンヒュン鳴らして、脅さなくてもいいじゃないの、馬鹿。


「せっかくトレヴァーの魔術で、侍従達の警戒を掻い潜って侵入できたのに」


 ほんと、トレヴァーの魔法はすごいわよね。

 さすが魔王のペットだけあるわ。

 ほんとに誰にも気づかれずに、入れたもの。


 ただ、枝は根性がなかったわね。もう少し耐えてくれたら良かったのに。

 お陰でテーブルの上に落ちちゃって、制服は汚れてしまったし。


 帰ってからヴィオラに洗濯頼んだら、テカテカになった。

 ああ、もう、ネイトがいてくれたら、きっとクリーニングに出してくれたハズよ。

 もう、ヴィオラってば、何にも出来ないのに、余計な事だけは言うのよ。


「説教だけされて、帰ってくるなんて、お嬢様らしくないですね。てっきり、守衛相手に暴れたように、今回も暴れてくるかと期待していましたのに」


 ほら、また。


「なんで暴れるのを期待してんのよ。みんながいる前で、そんな事するはずないでしょ。モブの警備員じゃないんだから。それに、ヒロインは大人しくて健気なのよ。そこに絆されて、みんなが庇ってくれるんだから」


「庇われてませんよね?」


 ぐっ、痛いところを突くわね。

 そうなのよ、侍従達に問い詰められて困っていたのに、みんな庇ってくれなかったわ。

 おかしいわね。

 あの乗馬鞭を持った従者なんか、はっきり言って、イっちゃってたのに。

 なのに、みんな助けてくれなかったし。

 みんなも、あの従者が怖かったのかしら。


 それに、テオドールの髪が、何故か短くなっていた。

 金髪の男子はあの子しかいなかったから、たぶんテオドールで間違いないハズよ。

 長い髪に柔らかい微笑み、優しい眼差しでヒロインを見守っているはずなのに。

 あそこにいたテオドールは、短髪の、元気一杯のやんちゃ坊主感が抜けない少年だった。

 何故か、あたしをを見る目がキツかったわ。どうしてかしら。


 ルークはルークで、眼鏡を掛けているのは一緒だけど、白衣を着ていなかった。確か、ライバル令嬢の叔父さんの形見だったはずなのに。

 ルークもあたしを警戒しているみたいだった。


「きっとカトリーナのせいよ。あの娘も転生者だったんだわ。処刑されない為に、シナリオ改変したのよ。許せない!」


 だって、あの娘、フツーの令嬢みたいだったもの。

 我が儘で高飛車で、高笑いをしながらあたしの邪魔をしないから、変だなとは思ったのよ。

 邪魔しないからいいかと思ってたけど、勘違いだったわ。

 そっちがその気なら、受けて立ってやるわよ。


「そうですね。たぶんそうなんでしょう。……まぁ、こっちの予定も狂いましたからね」


 そうよね。予定が狂いまくったわ。

 せっかくエリオットがあたしにお礼を言ってくれたのに、剣を持った従者が邪魔したし。

 テオドールが怪我したのは、あたしのせいじゃなくて、あのトロ女がテオドールから離れなかったせいでしょ。

 脅されちゃったから、あたしじゃないって言ってしまったけど、後で、エリオットにあれはあたしだったって、言っておこう。


「それよりお嬢様。広場にも結界石って、ちゃんと置いてきました?」


「なによ、その辺に放ってきたわよ。それでいいんでしょ? 言われた通り、男子寮の中庭にも置いてきたわ。だいたい、そんなのトレヴァーにやらせれば良かったでしょ。なんであたしなのよ」


「いえ、お嬢様が男子寮やお花見に潜り込まなきゃって、張り切ってらしたので、ついでにして頂こうと思いまして。お優しいお嬢様なら、してくださるって思ってました。ありがとうございます」


「わかってるなら、いいのよ」


 ヴィオラの言う結界石というのは、あたしの魔力を込めた魔晶石だ。

 デュークに頼まれて、たくさん作ったわ。

 何に使うか知らないけれど、あたしやトレヴァー、ヴィオラが穏やかに学園生活を送れるようにって、言っていたわ。

 たぶん、家みたいに、周囲に配置する事で学園のみんなを守ってくれるのよ。

 女子寮にも配置したし、あとは校舎に二つ置けばいいのよね。


 学園に来たら、イジメられるのはわかっていたけれど、やっぱり制服を汚されたり、悪口を言われたりするのって、しんどいわね。

 デュークに会いたいな。

 ちょっとあたしの愚痴に付き合って、呆れた顔をしてから笑ってほしい。


 デュークがウチに来てから六年経つけど、その間、王国中を一緒に旅したわ。

 南のブラックカラント領は果物が美味しかったわ。

 さすがレックスの好きなスイーツがブルーベリータルトだけあって、ブルーベリーの木がたくさん植えられていた。

 東北のコバルト領は湖が綺麗だったな。

 南西のクリムゾン領には温泉があったのよ。

 もう、肌がすべすべ。また入りたい。

 南東にあるグリーンウェル領の領都は塔が乱立していて、ぐちゃぐちゃしてた。

 なんか、魔道具のパーツ? とかいっぱいあったけど、あんまり面白くなかったわ。

 西北のゴルドバーグ領は、貴金属やアクセサリーがたくさん売っていて、めちゃくちゃ楽しかった。


 だいたい、それぞれ十日から十五日くらいの旅だったけど、楽しかったなぁ。

 時々、デュークはネイトと一緒に結界石を持って、何処かに行っていたみたい。

 また連れてってくれないかしら。


「にゃーん」


 トレヴァーが部屋に戻って来た。


「あんた、何処に行ってたの?」


「にゃー」


 トレヴァーを抱き上げて撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。

 学園に来た当初はあんまり元気がなかったのに、最近は元気にあちこちうろついているみたい。


「元気になったのはいいけど、あんまりウロウロしないでよ。見つかったら怒られるのはあたしなんだから。ペット不可なのよ、この寮」


「にゃ」


 わかっていると、トレヴァーが返事した。


 ともかく、イジメに負けずに頑張らないとね。

 初日から停学は痛いけれど、五月一日にある、聖女祭のイベントに備えないと。

 一年で聖女役に選ばれるように、みんなを攻略していくわよ。


遅くなって本当にすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。


皆さま良いお年を。

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