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84 将来は未定

84 将来は未定


 今日は快晴。お花見日和だ。

 お花見は昼からだけど、午前中に準備をしておかないとな。


 中央広場に向かうと、広場の一角が衝立で仕切ってあった。

 中を覗くと、リチャードや、他の連中の従者達がテーブルや椅子、食器などを用意していた。


 みんなが楽しそうに準備をしているのを邪魔しないよう、衝立の外で少し待つ。

 もう少ししたら、呼んでくれるだろう。

 その間、桜でも見て和んでいよう。


 ふと、女子寮へ続く門からこちらを窺うような視線を感じたので見てみると、数人の女生徒が覗いていた。

 こちらが気になるのだろう。

 なにせ俺達は高位貴族だ。

 友好関係を結びたがる連中は多い。


 その視線が不快だったので、衝立の中に入った。

 準備の邪魔をしないよう、隅っこにいればいいだろう。


 小さい頃のパーティの時は、従者達がついていたから無闇に近づいて来なかった。

 おそらく従者達が突撃させてこなかったのだろう。

 だけど、初等部に入り、従者達が校舎にまで入る事が出来なくなると、馬鹿が多くなった。


 なにせ王太子がそこにいる。

 そして、公爵子息に侯爵子息、おまけに伯爵子息までいる。

 さらには聖女と名高い公爵令嬢のカトリーナや、聖女のお供とされているミュリエル達もいる。


 それらの誰でもいいから仲良くなって玉の輿を狙う馬鹿女達や、出世できると信じている馬鹿達がやたら近づいてきた。

 みんな婚約者がいるのにおかまい無しだ。


 これがフリーだったらどうなっていただろう。

 きっと今よりももっと狙われていたに違いない。

 父上達は断れる理由を用意してくれていたのだ。もう、感謝しかねえ。


 なのに、中等部では一番爵位の低いミュリエルが狙われた。

 子爵令嬢なのに、侯爵子息と婚約してるなんて生意気だと。

 しかも聖女のご友人を騙っているとまで揶揄された。


 ミュリエルをイジメていた連中は、俺の前ではしおらしくしていたけれど、俺がミュリエルの異変に気づかないとでも思っていたのか。

 教科書や制服まで破いた上に、さらには階段上で突き飛ばしやがって。

 俺が受け止めたから怪我がなくて済んだけど、下手したら死んでいたかもしれないんだぞ。


 傷害及び殺人未遂、器物破損で訴えようとしたら、担任に止められた。事を大袈裟にすれば、父上に迷惑がかかるからと。

 学園内の事は学園内で収めて欲しいんだそうだ。

 ここも前世(まえ)と一緒かよ。くそったれ。


 当のミュリエルにも止められたので、違う方法で報復した。


 なので、まずは猫カフェの出入りを禁止にしてやった。

 なんか、エリオットとカトリーナの贔屓の店って事で、猫カフェでお茶するのはステイタスになっていたようで、ここを出入り禁止にした事で、そいつらは流行に乗り遅れる事になった。


 あとはひたすら無視だ。

 みんなにも協力してもらって、そいつらを孤立させた。

 黒髪(レックス)はやり過ぎじゃないかと不満そうだったが、そもそもがミュリエルをイジメなければいいわけで、ミュリエルが気に食わないからと暴力に訴えたのは向こうだと畳み掛けて納得させた。


 そしてほぼ四六時中、ミュリエルの側にいた。

 流石に女子寮には行けないから、カトリーナ達がガードしてくれていた。

 俺と公爵令嬢のあからさまな敵として扱っていたら、周囲もそう認識していったようで、他の連中もそいつらをの相手をしなくなった。

 そんな状況になってはじめて理解したのか、泣いて謝ってきた。


 だけど、俺やカトリーナにだけで、ミュリエルには謝らなかったので、さらに無視した。

 むしろ「子爵令嬢になんか騙されてお可哀想」なんて言ってくるものだから、もひとつブチ切れてしまった。

 なんか、緑髪(ルーク)が言うには羽虫のような扱いをしていたらしい。覚えてないけど。

 怒りすぎて、そいつらの存在自体、いないものとして扱っていたようだ。


 それにカトリーナの為だからイジメた、などとふざけた事をぬかすものだから、それまで擁護に回っていたレックスも激怒し、無関心を決め込んでいたエリオットですら不快感を露わにしていた。


 ミュリエルが取り成してくれたので、俺達の怒りはなんとか収まった。

 まぁでも、そいつらの事なんかどうでも良いので、ミュリエルが良いのならそれで良い。

 次はないから。そう言うと、青ざめていたけれど。


 ともかく、そういった騒動を回避するためにも、ある程度見えないように、近づいてこれないようにすべきだろうって事で、俺達が集まる時は、衝立で仕切るようになったのだ。





 花見会場では準備が整ったらしく、リチャード達が「お食事の用意をして参ります」と、寮の厨房へと向かった。

 俺もちゃんとホストを努めないとな。言い出しっぺなのだから仕方ない。


「テオドール様、御機嫌よう」


 そっと衝立の隙間から入ってきたミュリエルが挨拶してくれた。

 今日はミュリエルも、俺と一緒にホストを務めてくれるのだ。


 今年十六歳になるミュリエルはめちゃめちゃ可愛く育った。

 大きな瞳はキラキラして俺を見つめてくれる。睫毛も長い。

 つんと上を向いた小さな鼻は可愛くて、淡いピンクの唇はプルンプルンだ。

 ふわんふわんの長い金髪はツヤツヤでいい香りがしていて、いつも俺の編んだレースリボンを飾ってくれている。

 卵型の小さな顔に、手足もすらりと伸びていて、モデルのようだった。

 ほんと、身長だって一六〇センチ超えてるしな。

 それでもみんなよりも低い方だけど。

 くそう、ここの連中、みんな背が高い。


「あの、高等部の制服はどうでしょう?」


「可愛いよ。似合ってる」


 本当に可愛い。

 クリーム色のブレザーに白いシャツの襟元を赤いリボンで結び、赤地のチェックのスカートからは綺麗な細い足が見える。

 そうして左手首には俺の作ったブレスレットが巻いてある。


「ありがとうございます。テオドール様も素敵です」


 はにかみながら嬉しそうに言ってくれるミュリエルが、世界一可愛い。

 俺もミュリエルに褒められて嬉しかった。


 男子の制服も女子と一緒で、クリーム色のブレザーに白シャツ、白と赤と紺のストライプのネクタイ、そして赤地のチェックのズボンだ。

 ブレザーのポケットには土人形(ヒヨコ)を入れてある。

 毎回花見に連れてこないとうるさいんだよ、こいつら。


「君達は相変わらずだねぇ」


 呆れた口調で俺達の世界に割り込んできたのは、いつの間にか来ていたフレドリックだ。

 フレドリックも同じ制服だが、胸ポケットに校章と三年生を示す緑色の学年章があった。

 俺達一年生の学年章は赤だ。


「御機嫌よう、ミュリエル嬢。三年ぶりくらいかな? なかなか会えないけれど、元気そうでなによりだよ。ますます綺麗になったんじゃないかい? テオドールが羨ましいよ」


「やらんぞ。でも、ミュリエルが綺麗なのは同意だ。存分に羨ましがっていいぞ」


「もう、恥ずかしいですから、おやめになってください、お二人とも。――御機嫌よう、フレドリック様。フレドリック様もお元気そうでなによりですわ。生徒会長に就任されたそうで、おめでとうございます」


「ありがとう。あんまりめでたくはないんだけどね。ただの生徒達の調停役だからね。出世というわけでもないんだ。雑用係と言ってもいい。去年に引き継ぎをしてからずっと、毎日あちこち走り回っているよ」


「でも、内申には響くだろう? 就職するには有利じゃないか」


 高等部を卒業したら、何かしらの職に就くのが普通だ。

 女子達は結婚して家庭に入る者が多いらしいが、男はそうはいかない。

 親の仕事を手伝ったり、官僚や騎士になったり、事業を興したりして、稼がないといけないのだ。


 俺もなんとか猫カフェの経営が順調で、ゴルドバーグ領に二号店をオープンできるまでになった。

 ブタ猫のグッズ販売で儲けられたせいもある。


 何故かブタ猫をカトリーナが気に入って、イラストまで描いてくれたのだ。

 意外とカトリーナは絵が上手くて、デフォルメしたブタ猫はブサ可愛かった。


 せっかくなので、店のキャラクターとして看板に描いて、グラスやコースター、マグカップ、茶器なんかにイラストをプリントして店で使っていたら、妙に人気が出て、いつの間にかグッズ販売をする事になっていた。


 さらには、猫や犬などを飼っている人達から、ノミ排除の首輪を売ってくれと頼まれ、それも販売する事になった。

 なので、カトリーナにはイラストの使用料、ルークには首輪の特許料を支払っている。


 まぁ、俺の場合の就職は、当分はこの猫カフェを経営しつつ、グッズなどの販売と言える。

 あとは、父上の仕事を手伝って、領地経営を学ぶつもりだ。


 フレドリックの場合、領地経営とかはできないだろうから、生徒会長就任ってのは、就職に有利だと思うんだけどな。


「普通の生徒ならね。僕はもう、決まっているようなものだし、厄介事は引き受けたくなかったんだよ」


「決まってる?」


「そうだよ。管理職は無理だろうね。たぶん辺境か、直轄地に派遣されるんじゃないかな? 中央にはいられないだろうからね」


 そう言って空を仰いだフレドリックは寂しそうだった。

 そうか。コイツの処遇は国王陛下の胸三寸で決まる。


 フレドリックは俺から見ても優秀だ。

 下手に中枢で高い能力を示すと、エリオットのハードルがさらに高くなるし、厄介な連中が寄って来る可能性もある。

 かと言って、辺境で力をつけられても困るし、管理職のトップに就ける可能性は低い。

 反乱が起きないよう、誰かの下に就くことは決まっているようなものだ。


「――そっか。まあ、今日は楽しんでいけよ。休暇だと思って」


 それしか言えなかった。

 俺の店で働けよ、とも言えない。


「ありがとう。お言葉に甘えるよ」


 フレドリックもわかっているのか、それ以上は言わなかった。


すみません、遅くなりました。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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