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80 とある攻略対象者の呟き -赤-

80 とある攻略対象者の呟き -赤-


「おっ、君は筋がいいわね! その調子よ!」


 猫じゃらしを手に、ラモーナは猫の眼前で毛先を揺らしている。

 茶色の虎縞模様の猫は中腰になりながら、目線を毛先に集中させて、たしっ、たしっと、前足で猫じゃらしを弾いていた。

 その度に、ラモーナが喜んで指導している。

 稽古をつけているつもりのようだ。


「そうそう、目線は外しちゃダメよ。あはは、上手い上手い」


 ひたすら猫じゃらしを弾き続ける虎猫がいる一方で、俺の前で丸くなっているブタ猫はちっとも動こうとしなかった。

 目の前で猫じゃらしを揺らしても反応すらしない。うるさそうに片目で黙れと訴えて、欠伸をしている。

 どう見ても面倒臭いと言っているようだった。


 ……少しくらい、反応しろ。




 ◇




「あー、面白かったわ。いいわね、ここの猫。将来有望よ」


 猫が飽きるまで、遊んで(稽古をつけて)やっていたラモーナが、お茶を飲んで一息ついていた。


「そうか」


 楽しそうで何よりだ。くそう。


「ヴィンスも猫に稽古をつけてあげたかったの? 残念だったわね、剣術に興味のある猫はあの子だけみたいよ」


 勝ち誇ったようにラモーナは言うが、一階の様子を見てみると、猫じゃらしで遊んでいる客は結構いた。ラモーナが喜んでくれる動きをしていたのは、あの虎猫だけのようだが。

 別に羨ましいなんて思っていない。

 ただ、その、ちょっと、反応が見たかっただけだ。


「別に、遊んでやりたいとは思わないな」


「遊びじゃないわ、稽古なんだから」


「俺から見たら遊びだ」


 ラモーナは稽古と主張するが、あれは遊び以外の何者でもない。


「もー、どうしてそんな風に言うの? あの猫にとったら遊びじゃないのよ」


「それは君が勝手に思っているだけだろう。あの猫からしたら、ただ遊んでいただけだと思うぞ」


「それこそ、そんな事わからないじゃない。私が言いたいのは、どうして水を差すのかって事よ。楽しんでいるんだから、楽しい方向に考えたらいいでしょ。あの猫は剣術を学びたかったのよ、うん」


「……だったら、それでいいだろう。俺に同意を求めなくてもいい」


 そう言うと、ラモーナはぶすっと唇を尖らせた。


「ヴィンス様はもうちょっと楽しく考えるようにすれば良いと思うわ。そんな事言ってたら、ついてきてくれる人がいなくなるわよ。部下がいない一人だけの将軍になってしまうわ」


「そんな事はない。みんな俺についてきてくれると言っている」


 俺に稽古をつけてくれる憲兵達も、師匠も将来有望だと褒めてくれている。

 俺が将軍になった時は楽しみだ、とも。


「なんでそんな自信満々なのよ。お世辞に決まってるでしょ。私達にはまだ実力なんてないんだから」


 わかっているが、ハッキリ言いすぎだ。

 心が折れたらどうしてくれる。


「それに貴方も言っていたでしょ。相手の心はわかんないんだから、決めつけるなって。私の事だって、わかってないくせに、みんなの心がわかるわけないじゃない」


 それはそうだが。

 大げさにため息をついて、ホントに世話がやけるんだから、と、ラモーナが呆れていた。


「だけどラモーナ、君の事くらいはわかる。剣術が本当に好きなんだって事くらいは。けれど、いい加減剣術は諦めた方がいい。俺と一緒に稽古なんて無理だ。この前だってついてこれなかっただろう」


「はあぁ、わかってないわねぇ。私はね、剣の聖女を目指してるの。いい、口を挟まないでちょうだい。聖女がカトリーナ様だってのはわかっているから。でもね、この剣の腕でカトリーナ様を、聖女様を守る事くらいできるのよ」


 黙って聞けと言わんばかりに、睨みつけられた。


 ラモーナの言う、剣の聖女とは、『聖女伝説』から派生した物語の一つだ。

 聖女が剣の達人だったという設定で、聖女が前線に立って魔族を斬り倒し、魔王を倒すという物語が綴られている。

 この剣の聖女の話は、ラモーナのお気に入りだ。


「ヴィンス様は男だから、聖女様の側に四六時中いる事はできないでしょ。だから、私がお守りするの。それに、ヴィンスは先頭に立って魔王に立ち向かうんでしょ。ほら、貴方が前線、私が防衛。ね、最適でしょ」


 だから、剣を習っているんだと、ラモーナは胸を張った。

 確かにラモーナが聖女を守ってくれれば、俺は安心して戦える。


 けれど、最近は稽古についてこれなくなってきている。

 少しずつ稽古の難易度が上がってきているからだ。

 まだ誰も気づいていないようだけど、俺にはわかる。

 前まで余裕だったのに、バテるのが早くなっている。


「それには同感だけれど、一緒に稽古できない事は事実だ。俺はもっと上を目指したい。君にかまけている暇はないんだ」


 言った途端、ラモーナの眉が跳ねた。

 元々の猫のようなつり目が、一層吊り上がる。


「それは何? 私が邪魔だと言っているの?」


「そうじゃない。俺が言いたいのは……」


「言い訳はしないでちょうだい。ああそう、わかりました。もういいわ。貴方と稽古なんか、こちらから願い下げだわ。見てなさい。絶対、貴方より強くなるんだから」


 俺の言葉を遮って、ラモーナがそっぽを向いた。

 違う、そうじゃない。

 俺には俺に、ラモーナにはラモーナに合った修練方法があるはずだから、別々に稽古した方がいいと思っているんだ。


 けれど、こうやってむくれたラモーナは人の話を聞かなくなる。

 まあ、本人はやる気みたいだし、これならきっと自分に合った強さを手に入れるだろう。

 わざわざ蒸し返して、さらに機嫌が悪くさせる必要はないな。


「ぶみぃ」


 さっきまでピクリとも動かなかったブタ猫が、猫じゃらしを咥えて、毛先を俺に向かって揺らしている。

 慰めているつもりなのだろうか。


「ふふっ、良かったわね。貴方に稽古つけてくれるそうよ。猫が師匠だなんて羨ましい限りだわ」


「馬鹿にされているとしか、思えん」


 本当に。


 けれど、ラモーナに笑顔が戻ったのは良かったかもしれない。




 ◇




「ところで、聞いた? テオドール様のこと」


「ああ、奇跡を起こしたんだってな」


 テオドールは、この前のミュリエル嬢との婚約式でまた奇跡を起こしたらしい。

 伝え聞いた話では、告白した時に式場が光に溢れ、魔力が踊り、神殿の各所にある結界石が活性化して結界そのものが強化されたそうだ。


 ……よくわからん。


 だが、六騎神の力というものは、俺が思っている以上の力があるらしい。

 王国中の結界を強化したんだからな。

 俺も六騎神の力を手に入れた時に翻弄されないよう、精進しなければなるまい。


「ヴィンス様は、兆候はあったの?」


「まだないな。だが、そのうち発現するだろう。俺が六騎神の末裔なのは事実なんだからな」


「どこからその自信が来るのかわからないけれど、貴方はその方がいいのかもね。少しはシミオン様みたいに疑ってみるのもいいと思うけれど」


「当たり前だろう。あのテオドールに六騎神の兆候が現れたんだ、俺にも現れないはずはない。シミオンはひねくれているだけだ」


 レース編みばかりして、女の子の機嫌を取るだけの軟弱なテオドールが、一番に六騎神としての力を示した事は驚いたが、真実の愛というのが条件に加わるのであれば納得はできる。

 あいつのミュリエル嬢を想う気持ちは尋常じゃないからな。

 ミュリエル嬢が死の危機に晒された事で、六騎神の力が発揮されて奇跡を起こしたのだろう。


 だからと言って、そんな危険な真似をしようとは思わないが。

 俺もラモーナは好ましいと思っているが、テオドールほどの強い想いかと問われると、断言はできない。

 だが、彼女を守りたいと思っているし、守るために修練を重ねているんだ。

 きっと、守りきる自信がついたら、自然と六騎神の力も手に入るだろう。

 俺は父上のように、王国の剣になるのだから。


 シミオンの奴もひねくれた考えで物事を見ずに、目の前にある課題をこなす事を考えればいいのに。

 きちんと修練して実力をつければ、自ずと道は開かれるに決まっているのだから。


「まあ、信じているのはいい事だと思うわ。その為に頑張っているんだものね」


 その愚直なところが可愛いのよねぇ。と、ラモーナが呟く。


「何を言っている。俺は可愛くないぞ。どちらかと言うと、たぶん、大柄に育つ」


 今でもみんなより頭一つ分大きいのだから、きっと大きくなるはずだ。

 父上のように、たくましい、みんなから頼りにされる男になりたい。


「いいのよ、わからなくて。私も頑張るわ。聖女様をお守りするんだから」


「ああ、頑張れ」


「ぶみぃ」


 何故かブタ猫も返事をして可笑しかった。

 ラモーナと久しぶりに笑い合った気がする。


 ここの猫カフェ、また利用しよう。


遅くなってすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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