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79 とある攻略対象者の呟き -青-

79 とある攻略対象者の呟き -青-


「まぁ、可愛らしいですわ」


 ソニアは、テーブルの上で寝そべっている真っ白な小さな仔猫の背を、両手で撫でていた。


「大人しくていい子ですね。そう思われません、シミオン様?」


「そうだね。まぁ、可愛いんじゃない?」


 何故か僕の目の前に陣取っているブタ猫を、仕方なく撫でてやっていた。

 だというのに、撫でるところが気に食わなかったのか、ブタ猫は僕の手が気持ちいいところに来るように少し身じろぎして、落ち着いた。

 下手くそと言われたようで、ムカつく。


 あの事件から一ヶ月経って、療養していたソニアも外出許可が出た。

 なのでソニアを誘って、テオドールが経営しているという猫カフェという所に来てみたのだ。


 店内に入ると、そこかしこに猫がうろついていて、これで落ち着くのだろうかと思った。けれど、客の反応は微笑ましく猫を愛でている様子だったので、これはこれでいいのだろう。僕は落ち着かないけれど。

 僕達二人は、二階のテラス席に案内された。ここは貴族専用になっているらしい。

 中央が吹き抜けになった店内を見渡せる席だったけれど、衝立で席を区切ってあって、他の客からは見えないような造りになっている。


 席に座った途端、白猫とブタ猫がテーブルに上がって来て、一声鳴いた。

 給仕の者が言うには、接客しているつもりらしい。

 ……猫なのに?


 まあ、関係ないけど。

 猫は猫だし。まともな接客なんて期待しない。


「そう言えばお聞きになりまして? テオドール様が婚約式でまた奇跡を起こされたようですわね?」


 注文したお茶を飲んでいると、ソニアが話し出した。

 確かにその噂話で持ちきりだけど、僕の前ではやめてくれないかな。


「そうみたいだね」


「ロマンチックで素敵ですわ」


 うっとりとした表情で、ソニアが呟く。

 こういう劇的で特別な事が大好きなソニアは羨ましいんだろう。

 カトリーナの友人に選ばれた時は、飛び上がって喜んだくらいだから。

 聖女様に選ばれたと。


「ミュリエル様が羨ましいですわ。聖女様をお守りした上、六騎神様に愛されて、奇跡を目の当たりにできるなんて……!」


「その代わり、本当に死にそうになったけどね」


 ミュリエル嬢からすれば災難だろう。

 もしかしたら、あのまま死んでいたかもしれないんだから。


「まぁ、そんな事仰らないでくださいませ。きっと、ミュリエル様だって、カトリーナ様をお守り出来た事を誇りに思っていらっしゃいますわ。ああ、私もあの魔道具を身につければよかったですわ。そうすれば、聖女様のお役に立てましたのに」


「馬鹿な事を言うなよ。そんな事をしたって聖女の役になんて立たない。無駄死にになってただけだよ」


 どういうわけか、ソニアの頭の中では、ミュリエル嬢が災難から聖女を守ったという話になっている。

 あの時、ミュリエル嬢の魔力が足りなくてミサンガを身につけただけ、というのを知っているはずなのに。

 さらには、あれはただのとばっちりで魔族側のミスだったという事が、当の聖女の口から説明されているというのにだ。


「そんな事ありませんわ。例え死んだとしても、聖女様のお役に立ったハズです。少なくともミュリエル様はそう思っていらっしゃいますわ。きっと」


「他人の心情を勝手な憶測で話すなよ。迷惑だろう」


 ああ、もう、なんでわからないんだよ。イライラする。


「だいたい、自己犠牲なんて、自分が満足するだけで、何にも成果なんてないんだ。ただ、周囲を悲しませるだけだよ。馬鹿な事を考えていないで、もっと違う事を考えなよ」


「私はちゃんと考えておりますわ。どうしたら聖女様のお役に立つのかを」


「だからそれが不毛だって言ってるんだ」


「不毛ではありませんわ。私の命を持って、救われる魂がきっとあるはずです!」


 頑固に、ソニアは譲らない。

 そんな物語のように、劇的な展開なんて起こらないというのに。


「思い上がるんじゃないよ。君の命なんて、そこらにいる人達と同じだ。ここの猫と大して変わらない。それくらいの価値しかないんだ」


 死んだらみんなおんなじだ。

 どうしてわからないんだ。

 ソニアが怒りで言葉に詰まっているようだけど、この際言わせてもらう。

 どちらにしろ、あれが聖女なら、これから先、巻き込まれる可能性が高いんだから。


「だいたい、何で死ぬ事が前提なんだよ。死ななきゃ役に立たないってのは、単に力不足って言うんだ。たいした実力もないくせにしゃしゃり出たら、迷惑なだけだよ。生き残る〝力〟がないなら、守られる側にいなよ」


「そのような暴言、いくらシミオン様でも許せませんわ!」


 ソニアは激昂するけど、もうちょっと考えて欲しい。

 僕らはまだ子供で、守られている側で、実力なんてないんだから。


「許さないのはこっちだ。なぜ、死にたがるんだよ。なんで生き残るために考えない。実力をつけようとしない。何かしたいなら、聖女の横に立ちたいなら、それ相応の実力をつければいいだろ。そして共に生き残る意思を示せよ。生き残ってはじめて価値があるんだ」


 そうだよ。死んだら意味なんてない。

 生きている人間が勝手に意味をつけるんだ。


「大昔の聖女戦争でどれだけの人が亡くなった。今回だって、どれだけの少女が亡くなった。君は、今回、自分がミュリエル嬢の代わりになれればいいと言ったね。あのまま、死んでいたとしてもかい」


 遠い昔、聖女が魔族と対峙した時代にも、多くの人々が犠牲になったという記録が神殿には残っている。

 大きな戦争ではなかったようだが、魔族の画策で犠牲になったと思われる人達の記録だ。

 今回のように、当時は死亡時にはわからず、後になってそうだったのではないか、という憶測でしかない数だ。

 本当はもっと多かったのではないかと、神殿では考えている。


 今回もまた、罪もない少女達が、干からびた死体となって見つかった。

 国内だけで相当数だったという。

 カトリーナ嬢の魔王復活の為の犠牲ではないかとの意見で、不審死扱いされていたほとんどの死体が、聖女様を守ったという名目で埋葬できた。

 変死だった事もあり、少女達は家族からもその死を疎まれてしまっていた。その少女達の名誉を回復できた事は、良かったと思う。


 そんな少女達の魂が迷わずに天へと召されるよう、大神殿で葬儀と慰霊祭が行われたというのに。

 ソニアも見習い神官として参加したはずだろう。

 なのに、そんなのを羨ましいと言うのか。


「それはもちろんですわ。聖女様の身代わりに死ぬのなら、本望です」


 ふざけるな。


「そもそも、それが間違いなんだよ。今回は偶然だった。聖女の命を狙ったものじゃない。魔族は発覚するのを避けようとしていた。魔王復活のために、多くの魔力を集めようとしていたんだ。君が身代わりに死んでいたら、聖女の助けになるどころか、魔王復活の手助けをしていたことになる。これが犬死にでないなら、何だ!?」


 少女達は知らない。知らなかった。

 だからこっちで勝手に意味をつけた。

 つけざるを得なかった。国を一つにするために。


 けれど、ソニア。君は知っているだろう。

 当事者なんだから。


「君は、本当に死にたかったのか!? 僕じゃ、奇跡は起こせなかったんだぞ! 僕は……僕は、まだ六騎神の兆候なんてないのに……どうするつもりだったんだよ……」


 僕じゃ奇跡は起こせない。

 そんな兆候なんて何一つない。


「そんな事ありませんわ。シミオン様なら、きっと私のために奇跡を起こしてくださいました」


「勝手な事を言うなよ。僕は僕の実力を知っている。出来ない事は出来ないんだ。期待したって無駄だよ。僕はあいつじゃない。あいつみたいな愛し方なんて出来ない」


 言うと、ソニアは衝撃を受けたようだ。

 でも君も、僕にあいつのような愛情を望んでないだろう。


「君の事は、たぶん嫌いじゃない。その信じたら一途なとことか、僕を信じてくれてるとこは好ましいとは思う。だけど、その夢見がちなところは大嫌いだ。もっと現実を見なよ。ミュリエル嬢が羨ましいのはわかるけどね。羨ましがってばかりじゃ、実力はつかない。特別になんてなれないんだよ。せいぜい、頑張る事だね」


 それだけ言い捨てると、僕は席を立った。

 これ以上、ここにいるともっと彼女を傷つけてしまうだろうから。




 ◇




 揺れる馬車の中、考えていた。

 どうして僕らには六騎神の兆候がないのか。


 あの日。あの二人の婚約式の日、国中の結界が強化された。

 わざわざ司式者を奪い取って務めた父上が言うには、全ての魔力が二人を祝福するように踊っていたらしい。


 わけがわからない。


 そして僕には無理だと言われた。


『あれは君にはまだ難しいだろう。あれは神に愛されたあの子達だからこそだろうね。素直で純朴な彼らだからこそ、魔力が――精霊が応えたのだと思うよ。君も少し素直になりなさい。ひねくれていては見えるものも見えなくなってしまうからね』


 大きなお世話だ。

 だいたい、ひねくれているのは父上もじゃないか。


『けれど、逆を言えば、魔力の意思がわかれば可能性はあるかもしれないね。努力でどうにかなるとは思えないけど。まずは自身の魔力と向き合うべきなのか……難しいな』


 結局、父上もわかっていないんだろう。

 素直になれだって?

 他人の言葉を素直に受け止めるな、なんて散々言っていたくせに。


 ああ、もう、イライラする。


「ぶみぃ」


「へっ、猫!? さっきのブタ猫か!?」


 隣の座席には、猫カフェにいたはずのブタ猫がちんまり座っていた。


「ちょっと、なんでいるんだよ! ついてきたのか!?」


「ぶみゃあぁ」


 鳴き声を上げると、ふさふさの尻尾で、僕の太ももを叩いて、ジッと見つめられた。

 まるで、さっさとカフェに連れて帰れとでも言うように。


「テオドール! 躾くらいしておけよ!」


 ああ、もう、イライラする。




 ◇




 カフェに戻ると、するりとブタ猫は店内の奥へと向かって、あっという間に階段を駆け上がって行った。

 何なんだよ、あいつは。


 視線でブタ猫を追いかけると、二階席にはまだソニアが座っているのが見えた。

 落ち込んでいるようだった。


 でも、僕が行っても、彼女の機嫌を損ねるだけだろう。


 ふと階段の途中でこちらを見ているブタ猫と視線が合った。


『来ないのか?』


 と、言われた気がした。


「行くわけないだろ」


 どうして僕が行く必要があるんだ。

 確かに落ち込ませたのは僕だけど……





 ああ、もう、イライラする。


「いつまでそうやって、落ち込んでいるのさ。帰るよ」


「シミオン様……お帰りになられたのでは……?」


 おずおずと、ソニアが話す。

 話しづらいのはこっちもだよ。いい加減にして欲しい。


「そうだよ。でも、忘れ物をしてね」


「えっと、何をお忘れになったのでしょう? 私は見ておりませんが……?」


「ここにあるだろ。さ、行くよ」


「え、あの……シミオン様!?」


 無理やり彼女の手を取って、席を立たせた。

 そのまま馬車に乗って、走らせる。




 しばらくお互い何も喋らずにいた。ガタゴトと車輪が回る音だけが聞こえる。


「……謝らないからね。僕は悪い事を言ったとは思ってないから」


 窓の外を眺めながら、彼女に言った。


「……ええ、悪いのは私ですもの。軽々しい発言をして申し訳ありませんでしたわ」


 一人になって頭が冷えたのか、ソニアは殊勝に謝ってきた。

 亡くなった方もいたのに、自分の妄想で侮辱してしまったと。


「わかっているなら、謝るのは僕にじゃないだろ。亡くなった少女達やミュリエル嬢、そして君の侍女にだ。――彼女、ひどく錯乱していたけど、どうなの? 回復したの?」


 ソニアの侍女は、ミサンガという魔道具を購入してしまった事で、ひどく取り乱していた。

 憲兵に連れられて事情聴取という事だったけど、どうなったのだろう。


「えっ、ええ、今は療養してますわ。彼女を毎日のように見舞ってくださる方もいるので、日に日に良くなっているようです。なんでも事情聴取から親身になって相談に乗ってくださったらしいですわ」


「憲兵が見舞いにねぇ」


 どう考えても、侍女を保護しているようにしか聞こえないんだけど。

 これも僕がひねくれているせいだろうか。


「そうですわ。お互いに気がありそうだと皆が言ってました。――そうですわね。彼女にも謝りますわ」


「そう。いいんじゃない」


「はい、そうします。ありがとうございました」


「礼を言われるような事はしていないよ」


「はい。ですが、私が言いたいので」


「そう」


 それきり黙ったまま、ソニアの家に着いた。





「それじゃ」


 ソニアを馬車から降ろし、別れを告げる。

 侍女達が迎えに出てくるが、さっさと馬車に乗り込んだ。


「シミオン様、今日はありがとうございました。私、聖女様の隣に立てるよう、頑張ります」


「せいぜい頑張って」


 窓から手を振って答える。

 努力でどうにかなるとは思えないけど。


「シミオン様も頑張ってくださいね。私、信じてますから。きっと、六騎神に――テオドール様に負けないくらいの実力をつけられるって」


「そんな過大評価はいらない」


 なのに、ソニアは笑ってわかっていると言った。

 ああ、もう、イライラする。


 さらにはあの馬鹿(テオドール)の能天気顔や、何もかも見透かしたようなカトリーナの顔がちらついて、ますますイラついた。


「奇跡なんて、聖女なんて、クソ喰らえだ」


 そんな曖昧なものに縋るヤツの気が知れない。

 王太子の心も守れない聖女なんて、認めない。


「僕は僕のやり方で、みんなを守る」


遅くなってすみません。

この子達も厄介ですね。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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