78 とある攻略対象者の呟き -緑-
78 とある攻略対象者の呟き -緑-
「ほんとうに猫だらけですのねぇ~」
オリアーナが猫の頭を撫でながら、感嘆を漏らした。
吹き抜けになっている二階のテラスから店内を眺めると、彼女の言うとおり、店のあちこちで猫がくつろいでいて、それを客が眺めて和んでいる様子が伺える。
意外にも、その和やかな空間は居心地良かった。
繁盛するのがよくわかる。
まったく、テオドールは何を思ってこんな店を出したんだろうね。
いや、ミュリエル嬢の為なのはよくわかっているけれど、こんな癒しの空間だとは想像もできなかった。
一体、アイツの脳内はどうなっているんだろう。
他にもいろんなアイデアを持っているんじゃないか。
「ほんと、ボクが矮小に見えてしまうよ」
「何がどうなって、そのような考えに至るのかわかりませんが、そこまで卑下なさらなくてもよろしいのではありませんかぁ~?」
ねえ、と、オリアーナは猫に話しかけた。
「この子達の首輪を作られたのは、ルーク様でしょう~? おかげでこうやって触っていてもノミがつかないのですからねぇ~。そのような事を気にせずに触れ合えるのは嬉しいですわぁ~」
「確かに作ったのはボクとベイツさんだけどね、アイデアはテオドールだよ。まったく、どんな勉強をしてるんだ、アイツは」
「ふふっ、何もお考えになられていないようで、よく考えていらっしゃいますからねぇ~。猫が増えすぎないように、猫のお医者様に去勢も頼んでいらっしゃるそうですわぁ~」
「なんでそこまで思いつくんだよ。馬鹿じゃないのか」
「どうでしょう~? ですが、色々なことをご存じのようですわねぇ~」
でも、と、オリアーナは続ける。
「それだけのことを惜しげもなく披露されるなんて、ミュリエル様が愛されているのでしょうねぇ~。羨ましいですわぁ~」
う、とばっちりが来た。
何かを期待するような目で見られてしまう。
くそう、それもこれも、みんなテオドールのせいだ。
「それに、奇跡をまた起こされたようですわねぇ~」
そうなのだ。
アイツはミュリエル嬢との婚約式の時に、また奇跡を起こした。
ボクとオリアーナ嬢の父上達、そしてベイツさんが直接見たらしい。
くっ、ボクも母上に止められても無理矢理にでも見に行けば良かった。父上達は職場から直接向かったらしいけど、ボクも誘ってくれたら良かったのに。
こういうとき、大人ってズルイと思う。
後でバレて、父上は母上に怒られていたけれど。
「見に行ったお父様とベイツ叔父様は、お母様に散々絞られましたのよ~。招待もされていないのに、押しかけるなんて、なんて非常識なんでしょうって~。それなのに、叔父様なんて興奮しっぱなしで、話半分に聞いているものだから、お母様の怒りが頂点に達してしまったんですの~。研究禁止令が発令されまして、今はお屋敷でおとなしくするよう言われてますのよ~」
ああ、オリアーナの母上は普段朗らかな人だけど、怒ったら怖いからな。
「でも、脱走して、魔導具街へ行っているようですわぁ~。その度に連れ戻されているようですが~」
……行かなくて良かったかもしれない。
ボクの母上もきっと外出禁止令を出すだろうから。
「それでも、一見の価値はあったそうですわよ~」
だろうな。
父上も興奮していた様子だった。
いつもの顰めっ面だったけど、口元がにやけていた。
詳細は教えてもらえなかったけれど、父上に聞かれたのは、ボクの魔力の様子はどうだと言うことだけ。
様子も何も、魔力が見えて使えるようになって、一ヶ月ほどだ。
何がどう違うのかなんてわからない。
だから父上から見て、ボクの魔力の事を聞いてみたら、
『普通だな。ただ、魔力量は多いようだ。私より多いかもしれないな。このまま修練を重ねれば、王国随一の使い手になる可能性は否定しない』
と、饒舌に評された。
『だが、あの魔力には届かないだろう。あれは無理だ。私にも無理だし、理解できない。――お前はお前のままで頑張ればいい。無理して真似する必要はない。あれは例外中の例外だ。周りが何を言っても気にするな』
言っている意味は半分もわからなかったけれど、『あれ』を指すのはテオドールの事だろう。
なんとなくはわかる。
アイツは、ボク達とは違う。
なんて言えばいいのかわからないが、とにかく違うのだ。
アイデアもそうだし、古代語だってそうだ。
どこから知識を得ているのだろう。
ボクだって、たくさん本を読んでいる。
なのに、父上の書庫にも国立図書館にもない知識をアイツは簡単にひけらかす。
魔導に関する専門用語だって、わからないと言いながら、理解しているのだ。
父上はもう、アイツを別格としたようだ。
悔しいが、仕方がない。
ボクにはあんなアイデアも知識もないのだから。
だから、アイツから徹底的に吸収してやる。
幸いにもアイツは馬鹿だ。
知識を惜しむ事なんてしない。
いつだってあっけらかんととんでもない知識を披露して、ボクなら知っているだろう、と、なんでもない事のように言うのだ。
だったら、知ったかぶりでもなんでもしてやる。
あの知識に触れられるなら、何だってやってやる。
「まぁ~、素敵な笑顔ですわぁ~。悪いことをお考えのようですわねぇ~」
「まぁね。ところで、キミは聖女の事をどう思っているの? 聖女のお供になりたい?」
「私がですかぁ~? どうでしょう~? カトリーナ様を見ていると、窮屈そうですわぁ~。お供となると、さらに大変そうです~。どちらかと言いますと、傍観している方が楽しそうですよねぇ~」
「だったら良かった。ボクにはテオドールのような愛情を示すなんて無理だもの」
言うと、何故かオリアーナがムッとした表情になった。
あれ?
「そうですかぁ~。確かに私はルーク様の婚約者としてふさわしくないでしょうねぇ~」
なんでそーなる。
「いやだから! ボクが言いたいのは、奇跡を起こせるほどの愛し方はきっとできないって言いたいんだ。だって、あんな愛し方を聖女にしないといけないんだろう? カトリーナ嬢は尊敬はできるけど、絶対無理だし。第一、キミという婚約者がいるのに、聖女を愛するなんて無理に決まっているじゃないか。だからボクは六騎神の末裔としても諦めようと……あれ? そうなると、どうして奇跡が起きるんだ? テオドールが愛しているのはミュリエル嬢なのに……?」
意味がわからない。
聖女の装飾品を起動させるには、真実の愛とあの文言が必要だ。
ひょっとして、聖女はカトリーナ嬢ではなく、ミュリエル嬢なのか?
いや、だったら、カトリーナ嬢の予言はどうなる。聖女だからこその予言じゃないのか?
「ふふっ」
「どうしたの?」
オリアーナの機嫌が直っている? 何かあったのか?
「私が聖女さまのお供をしなくても、ルーク様が諦める必要はないと思います~。だって、今まで努力なされていたのは知っていますもの~。あの方の側で比べられるのは大変かと思いますが、ルーク様はルーク様のままでお役に立てばよろしいのです~。それに、魔導具関連ではルーク様の右に出る者はおりませんわ~。例えあの方が真似されようと、ルーク様の方が秀でております~。私が保証いたしますわ~」
にっこり笑って面と向かって言われると、照れる。
でも、そうだな。
魔導具なら、ボクは絶対の自信がある。
「それでこそルーク様ですわ~。それに、それがわかっているからこそ、あの方はルーク様にこの子達の首輪を依頼したのでしょう? 信頼されていらっしゃるのですよ~」
猫の頭を撫でて、オリアーナが目を細めた。
そうかもしれない。
「ぶみぃ」
いつの間にかボクの隣に来ていた、太った猫が鳴いた。
そうして、右足で膝の上を叩いてボクを見つめた。まるで頑張れとでも言うように。
「オリアーナ、ありがとう。頑張ってみるよ」
「はい、頑張ってくださいまし~」
そう言って笑ったオリアーナの笑顔にドキッとしてしまった。
ボクを励ましてくれる彼女がなんだかとても愛おしいと思ってしまったのだ。
こんなドキドキ、魔導具をはじめて触ったとき以来じゃないだろうか。
それから、しばらく猫達の首輪のメンテナンスをしながら、オリアーナとの会話を楽しんだ。
思いの外、充実した時間だった。
帰る時分になって、思い出した。
これを、オリアーナに渡すつもりだったんだ。
「オリアーナ。これを」
小さな箱を渡す。
「これは?」
「んー、テオドールの婚約式の話を聞いて、ボク達は記念品の交換をしてなかったなと思って。あの時は幼かったしね。両親が決めたことだし、あんまりよくわかっていなかった事もあるし。でも、まあ、よく考えたらキミが婚約者で良かったなと思って」
だって、オリアーナ以外、ボクの話を聞いてくれる女の子なんていなかった。
カトリーナ嬢ですら、魔導具の話はおもしろくなさそうだったから。
「ルーク様……!」
「あんまり期待しないでほしいな。キミの好みもわからなかったし、たいした物じゃないから。一応魔導具だよ。この前みたいに、変な魔導具に引っかかるより、ボクが作った物の方が絶対安全だと思ったんだ。ボクが側にいるのに、変な魔導具を身につけてほしくないからね。それに、確かキミは魔導具のアクセサリーが欲しかったんだろう?」
ベイツさんとも相談したけど、みんなを守るためにも、ボクらが作った方がいいと判断したのだ。
「どちらかと言うと、自分で作りたかったのですが~。開けてもよろしいでしょうか~?」
「もちろん。気に入ってもらえるといいんだけど」
オリアーナがいそいそと小箱を開けて手に取る。
「ブローチですか~? これは……金の杖にペリドットが填っているのかしら~?」
「うん、そう。ウチにあった聖女の杖を参考にしたんだ。裏にあの文言も刻んであるよ。もちろん古代語でね。小さくて見えないかもしれないけど」
そう言うと、オリアーナは目を凝らして裏を見つめた。
「……ええと、『ワガ イトシノ……』セレンディアではありませんわね~。ここの文字は変更されたのですか~?」
「よくわかったね」
「あの時に、ちゃんと調べましたもの。テオドール様のメモには発音もありましたから、あの一文だけは読めるようになりましたのよ~」
なるほど。
我が婚約者様は勉強熱心だな。こういうのって、他の女の子はしないんだよな。
「そう、ちょっと変更したんだ。セレンディアをキミの名前に。グリフィールをボクの名前にね。テオドールにそれとなく聞いたら、あっさり教えてくれたよ。まったく、テオドールってば知らないなんて、なんでそんな嘘をつくんだろうね」
本当にテオドールは古代語についてよく知っている。
だから、古代語でボク達の名前はどう書いて発音するんだろうって、悩んでみせたら、こんな感じじゃないか、って、教えてくれた。
自分では偶然を装ったみたいだけれど、アレは絶対にわかっている様子だった。
「叔父様がうるさいからではないでしょうかぁ~?」
笑いながら、オリアーナが指摘する。
確かに、それも否定できない。ベイツさんはしつこいから。
「ですが、あまり追求されるより、こうやって知識を引き出される方が賢いやり方かもしれませんねぇ~。ふふっ、テオドール様はどこか、隙がありますから~」
「そうなんだよ。そこがちょっと心配なんだよね」
「そうですわね~。でも、ルーク様のような方が側にいれば安心だと思いますわ~。テオドール様に何かあれば、ミュリエル様がお可哀想ですもの~」
「ボクだけじゃないけどね。利用しているのは」
特にあの方。
フレドリック殿下はテオドールの厚意を、悪いと言いつつ、利用している。
まったく、アイツはわかっているのだろうか。
言葉だけで、信用できるなんてどうして思えるのだろう。
本当に人が良すぎる。
それがアイツの良さでもあるのだけれど。
「あの方は強かですものねぇ~。境遇がそうせざるを得なかったのもあるのでしょうけれど、だからと言って、ルーク様はご友人を見捨てられることはされないでしょう~?」
「どうかな?」
ボクは道連れは御免だしね。
「ふふっ、素直じゃございませんわね~。――ところで、この文言の発音を教えてくださいませんか~? 私もルーク様の古代語の発音を知りたいですわ~」
「もちろん。いいかい、ルークは『るーく』。オリアーナは『おりあーな』だ。だから全文を読むとこうなる。『ワガ イトシノ おりあーなニ、るーくヨリ シンジツノ アイヲ ササグ』だ……え?」
ブローチがキラリと光ったように見えたのだ。
瞬きをしている間に、すでに光は消えている。
「どうかされましたか~?」
オリアーナが不思議そうにしている。
彼女は気づかなかったようだ。
気のせいだったのか……?
いや、聖女の装飾品の起動には、正しい文言だけで反応を示した。
ひょっとしたら、ボクにも資格はあるのかな。
試してみよう。
「『ワガ イトシノ おりあーなニ、るーくヨリ シンジツノ アイヲ ササグ』」
…………。
何も反応しない。
さっきのはやっぱり気のせいだったか。
「ルーク様、どうかされましたか~?」
「いや、ごめん。なんでもない」
オリアーナが心配そうに見ていたので、慌てて問題ない事を伝えた。
「そうですか~? では、身につけてもよろしいでしょうか~?」
「あ、ああ、うん。つけていいよ」
オリアーナは胸につけて、似合うかと聞いてきた。
うん、いい感じじゃないかな。
「ありがとうございます~。一生大切に致しますわ~」
喜んでくれたようで良かった。
後日、オリアーナからも婚約の記念品の代わりだと、懐中時計をもらった。
蓋の装飾には伝説上の生物であるドラゴンの装飾が刻まれていて、ドラゴンの手には緑の宝石(ドラゴンアイと言うらしい)が填まっていた。
オリアーナが言うには、時間を忘れて研究ばかりしないで欲しいという願いを込めたらしい。
……そんなに時間を忘れるなんて事、ないハズなんだけどな。
遅くなって、すみません。
さらには展開が遅くてすみません。
書いておきたかったものですから。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




