73 とある男爵令嬢の呟き その3
73 とある男爵令嬢の呟き その3
あたしの魔術開放式から数ヶ月後に、王都で魔術開放式が行われた。
その直後に聖女の奇跡が起こった、なんていう噂が流れてきた。
きっと、悪役令嬢のカトリーナね。
この頃から自称聖女ってアピールしてたんだ。ウケるー。
ところで奇跡ってどういう事なの?
教えて、お祖母様。
「何でも、王都に降臨された聖女様を、魔族が狙ったらしいの。でもね、聖女様にお仕えしていたご令嬢が身代わりになったそうなのよ。命の危険を顧みずにね。その身代わりになったご令嬢の命が尽きようとしていたその時、六騎神様がご令嬢を奇跡の力でお救いされたそうなのよ。ねえ、素敵でしょう」
この前、お茶会で聞いてきたらしく、お祖母様はうっとりと言った。時々、少女のように夢見がちになる。
大丈夫かしら。
あんまり妄想を垂れ流すと、オタになるわよ。
でも、六騎神って、まだ誰も覚醒してないハズだけど。
あたしが覚醒させてあげていないのに……おかしいわね。
問題解決してあげて、聖女の装飾品を貰ったら、覚醒レベルを上げていくのよね。
まぁ、別に全員覚醒しなくてもゲームはクリアできるし。
というか、最後の告白イベントで、告白してくれた攻略対象者が必ず覚醒するからね。
そんなに気にしなくていいんだけど……。
誰なんだろう。
やっぱりお手軽なテオドールかしら。
五歳の時しか出会っていないのに、覚醒させてあげているなんて、あたしってば実はスゴイ!?
「ただの噂だよ」
お祖父様が呆れている。
「まぁ、あなた。聖女様がご降臨なされたのよ。喜ばしい事ではなくて」
「それはそうだろうけどね。聖女様が現れたという事は魔族の復活があるという事だろう。もし本当なら、私はそちらの方が心配だね」
「大丈夫よ、お祖父様。魔族なんか来ても、あたしが守ってあげるから」
もう、お祖父様ってば心配性なんだから。
魔王デュークは復活しているけど、本物の聖女であるあたしがいるんだから、大丈夫よ!
「そうですとも、旦那様。私達には頼もしいお嬢様がついてくださっているのですから」
ネイトもお茶のお代わりを注ぎながら、同意してくれる。
そうそう、だから安心しなさい。
「はは、これは頼もしいな」
「ええ、本当に」
二人に微笑ましく見られたけど、本当なのよ。
その時になったら、二人ともきっと驚くわ。
楽しみね。
◇
そんな話をしていた数日後、ボロボロになったトレヴァーが部屋に入って来た。
埃まみれな上に、あちこち傷だらけだ。
ちょっと、どこに行ったら、そんなボロボロになるのよ!
「ちょ、大丈夫? ネイト、お湯沸かして。洗ってあげないと。あと、消毒液持って来て。……猫に効くのかしら? ねえ、獣医さんっている?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。こんなのはツバつけとけば、治ります」
トレヴァーの首を摘み上げて、ネイトが笑う。
いや、でも、大変そうよ?
「一応、看てくれる? この猫は大切な人から預かっているのよ。怪我でもしていたら大変でしょ。……って、あれ?」
左耳に金の輪っかがついてる。
右前足には蔓のような痣があるんだけれど、肘のあたりにあった蔓の一本がなくなっていて、そこの毛がなくてハゲになってた。
ぷっ、ちょっと笑える。
「どうしたの、これ」
「にぃやぁあぁ」
心底嫌そうに、後ろ足で耳を掻いている。
輪っかを外したいみたいだけど、輪っかは全然外れない。
「ちょっと貸しなさい」
引っ張ってみたけど、取れなかった。
前は取れたのに。
「取れないわね。誰かにつけられたの?」
「にゃぁあ」
ぷい、とそっぽを向く。
ネイトはニヤニヤと笑っていた。
「どこかでうっかりヘマでもしたんでしょう。すぐ調子に乗るヤツですからね。放っておかれても大丈夫ですよ。お嬢様が心配されるような事ではございません」
「そぉお? でも、お湯の用意はしてちょうだい。埃まみれのまま、部屋に入らないでほしいもの」
「かしこまりました。では洗ってまいります」
そう言って、トレヴァーを連れて出て行った。
そうしてネイトは洗ったトレヴァーと一緒に戻って来たのだが、雰囲気がなんか変?
「どうしたの、そんな辛気臭い顔して。何かあったの?」
思い悩んでいる様子のネイトに聞いてみた。
「お嬢様。この金の輪を外していただけないでしょうか」
「さっきやったけど、無理だったわよね?」
「闇の魔力をこの輪に注いで欲しいのです。お嬢様ほどの魔力があれば、きっと外れるかと」
なにやら、本当に大変で重要な事らしい。
仕方ないわね。
「じゃあ、やってみるけど、期待しないでよ」
「お願いします」
「にゃあ」
椅子の上にちんまり座ったトレヴァー。その耳にある金の輪に触れて、魔力を流す。
パァン、と、静電気みたいな痛みが走って手が弾かれた。
え? 何なの?
「やはり無理か……」
ネイト。あんたさっき、あたしならきっとできるって言ったくせに、無理って、何なのよ!
ふ、こうなったら、とことんやってやろうじゃない。
「たかが、金の輪の分際で、あたしに逆らうなんて百年早いわ!」
ありったけの闇属性の魔力を注ぎ込む。
手が痺れてきたけど、この金の輪、しぶといわ。
「……ゴルドバーグの魔力の方が上なのか……?」
ネイトが呟いた。
「ゴルドバーグ? テオドールの事? そりゃ攻略対象者だもの、それ相応の魔力はあるわよ。でも、攻略対象者の中でも一番スペックは低いもの。聖女のあたしが負けるわけないじゃない」
何なのそれ、あたしがテオドールに負けるとでも思っているの?
心外だわ。
さらに魔力を込めると、輪っかにヒビが入った。
そうして、金の輪っかは弾け飛んだのだった。
当然よ! あたしの魔力の方が上なんだから。
「にゃぁああ!」
トレヴァーが喜んで、あたしに抱きついてくる。
よしよし。
「凄いですね、お嬢様は。本当に聖女様だったのですね」
「そうよ。――というか、信じてなかったの!?」
「いえその、王都では聖女様がご降臨されたという噂が流れているではありませんか。ですから、どちらが本当かと。申し訳ありません」
ネイトが素直に謝った。
正直に話したことは評価してあげる。
「そうよ。公爵令嬢のカトリーナはね、小さな頃から自分が聖女だって、周りに言いまくっていて、周りもそれを信じてるのよ。だけど、本当の聖女であるあたしが学園に現れると、ボロが出てくるのよ。それまではあの子が偽聖女なの」
「それも、乙女ゲームとやらの話なのですか?」
「そうよ。六年後にあたしがあの子の化けの皮を剥がしてやるの。魔族と繋がって、悪い事しているのを暴いてやるのよ」
「……なるほど。全てはお嬢様がセレンディア学園にご入学されてからの話ですか。つまり、六年後に」
「そうよ。それまで聖女なんて崇められていればいいわ。どうせ、おべっかでしかみんな言ってないはずだもの。だって、カトリーナの性格って最悪なのよ。あたしは学園でイジメられるんだから」
「イジメ……られるのですか? お嬢様が?」
なにその、意外そうな顔は。
トレヴァーも目を丸くしているんじゃないわよ。
「そうよ。イベントの一環だもの。攻略対象者が助けてくれるのよ」
ネイトは何か考え込んでいる。
トレヴァーは喉を撫でてやっているから、ゴロゴロ鳴きっぱなしだ。
「……ならば、しばらくは、大人しくした方がいいかもしれないな……」
「? 何の話?」
時々、ネイトの言う事はわからない。
「ああ、いえ、その……ミサンガの販売をですね、中止しようかと。魔導具の申請許可が間に合っていないのに、販売してしまいましたからね」
「そうなの? 家計は大丈夫?」
「もちろんです。かなりの資産になりましたので、多少贅沢されても大丈夫ですよ。まあ、また新しい事を考えなくてはならないのですが……」
ふうん? そういうものなのね。
「じゃあ、魔力を込めるのはもうやらないのね」
「いいえ。最大魔力を上昇させて、魔力を強力にする訓練でもありますから、続けましょう。そうですね、この宝石に魔力を貯めていくのはどうでしょう?」
取り出した宝石は、ハート型のローズクォーツだ。
以前、お祖母様にプレゼントされたものだ。
このローズクォーツ、ヒロインが胸につけていたアイテムだったりする。
「そうね。そうするわ」
わりと癖になっているから、いきなりやめるのって気持ち悪いのよね。
「あと、その、お嬢様がいつも仰っている乙女ゲームについて、詳しく教えてください」
「いいわよ。やっぱり、ネイトも気になるのね。あたしが誰とくっつくか」
「もちろんですとも。どの方と結ばれるのか、今から楽しみですね」
にっこり笑うネイトに、あたしはきっぱりと断言した。
「当然、全員よ! そして、あたしは王妃になるの!」
ネイトもトレヴァーも目を丸くしたけど、きっと叶うって、言ってくれたわ。
ふふん、わかっているじゃない。
すみません、遅れました。
なんか、この子は厄介です。
ちなみに。
覚醒レベルで、最後のムービーでの六騎神の行動が変化します。
1LV:手を繋いでくれる。
2LV:前に出て庇ってくれる。
3LV:戦ってくれる。
4LV:光魔術で攻撃している聖女の肩を抱いて支えてくれる。
MAX:恋人繋ぎで手を取り合い、一緒に踊って戦ってくれる。
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