72 とある男爵令嬢の呟き その2
72 とある男爵令嬢の呟き その2
「どうしてあたしが闇属性なのよ!」
毎月一日に、神殿では十歳になる子供達の魔術開放式が行われる。
あたしはお祖父様達と連れ立って、男爵領にある神殿へと向かった。
そこで鑑定して貰った結果、当然の事ながら、六属性だった。
けれど、主属性が闇属性だったのだ。
信じられない! あたしはヒロインなのよ!
なのにどうして、闇が主属性なの!?
絶対、鑑定が間違っているわ!
「もう一度、鑑定し直しなさいよ! あたしは光属性のはずよ!」
鑑定した神官に詰め寄るけれど、神官は首を横に振って、再鑑定しようともしない。
「鑑定は正しくされました。この渦を巻く靄が証拠です」
そう、六芒星が刻まれた黒い円盤の上には六色の靄が渦を巻いている。
ゲームで何度か見たオープニングだ。
あたしの誕生日を入力したら、いつも闇だった。
だからわざわざ攻略サイトを見て、光属性の誕生日を入力してたのに。
どうしてヒロインなのに闇なのよ。
「闇と言っても、悪しきものではありません。闇は生きとし生けるものに休息と安心を与える属性です。闇だからと悪し様に嫌う必要はないのです」
知ってるわよ、そんな事。
でも、あたしはヒロインなのよ。ヒロインが闇属性ってカッコ悪いでしょ。
わかってないわね、このバカ神官は!
「いいじゃないか、アイリーン。それよりも魔力が六属性もあるのを喜びなさい」
「そうですよ、アイリーン。六属性もあるなんてすごい事よ。聖女様以来ではなくて」
お祖父様とお祖母様が喜んでくれているけれど、あたしは喜べないんだってば!
それに、六属性はあたしだけじゃないもの。
あたしをイジメる悪役令嬢のカトリーナも六属性だ。
闇属性は悪役令嬢の象徴なのよ。
ヒロインであるあたしが、どうして闇属性になるの!
このゲーム、バグってるんじゃないの!?
責任者出てきなさいよ!
でも、黒の円盤を睨みつけていても、結果は変わらない。
渦巻く靄は消えなくて、光は出てきそうにない。
仕方ないわね。
闇属性でクリアしてやろうじゃない。
それに、闇属性だと魔王デュークとの相性も良かったはずだしね。確か。
「そうですね、お祖父様、お祖母様。神官様も、取り乱してすみませんでした。六属性なんて素晴らしい力を貰えた事に感謝します」
そう言うと、お祖父様お祖母様が微笑んでくれた。
神官はあからさまにホッとした表情だったけど。
あんたの顔は覚えてるからね。
王妃になったら、ここよりももっと田舎に左遷してやるわ。
「では、来年より王都セレンディア学園初等部の入学手続きもされますか? 六属性であれば、入学を認められるでしょう」
神官が進学の話をしてきた。
神官の話によると、普通は男爵や騎士爵のような下位貴族は地元の学校に通うらしい。
もっとも、上級貴族でも魔術が上手く扱えなかったりすると、理由をつけて王都の学園に行かず、地元の学校に行く事もあるそうだ。
他には物理的理由――単純に辺境などの遠い場所に領地があって、行き来が不自由だから地元に通うなど、必ずしも王都の学園に進学する必要はないらしい。
王都のセレンディア学園に通う事は貴族のステイタスでもあるので、チャンスがあれば進学した方がいいって言ってる。
ただ、授業について行ける保証もないんだって。
お祖父様は大喜びで賛成したけど、お祖母様は不安だって言ってた。
もちろん断るわ。
だって、入学は高等部からだもの。
シナリオ通りにしないとね。
ただでさえ、闇属性で難易度高めなのに、ゲーム通りにしないなんて、あり得ないし。
◇
「――それで御断りされたんですか」
尋ねたのは、あたしの従者のネイトだ。
がっしりした体格の、爽やかスポーツマン風なのに、手先が器用で、手作りのお菓子をよく作ってくれる。
今もお茶の用意をしながら、手作りマドレーヌを出してくれた。
ガチムチ系なのに、ホント器用だわ。
「そうよ。だって、シナリオにないもの。ええと、育ててくれた男爵夫妻の為に側に居たかったから進学しなかったって、攻略サイトに書いてあったわ。でも、学校で成績が良すぎたから高等部に編入したんだって。だからあたしもそうするの」
「また、乙女ゲームというヤツですか? 私にはよくわかりませんが、旦那様達のお側で過ごされるのは良い事だと思いますよ。お二人ともお喜びになられてますしね」
ちょっとだけ呆れ気味だけど、ネイトは楽しそうに話してくれた。
「ニックさんの話によると、旦那様も奥様もお嬢様の母君が家を出られてから、ずっと意気消沈されていたらしいですからね。お嬢様がこの家に来てくださってからは元気になられたそうですよ。ニックさんも喜んでました」
「そお? ニックはあたしには注意ばっかりしてたわよ」
ニックは昔から男爵家を仕切っている執事だ。
口うるさいし、あたしには文句ばかり言うから嫌いなんだけど、ネイトをあたし付きにしてくれてからは、顔も見てない。
「それは面と向かって言うのが恥ずかしいからですよ。お嬢様には感謝していますとも。それに、私のような得体の知れない者を養子にしてくださった、心優しい人です」
「当然でしょ。あたしが頼んだんだもの」
「もちろん、お嬢様にも感謝しておりますとも」
ネイトは家の前で倒れていたので、助けてあげたのだ。
見つけたのは、引き取ったばかりの黒猫のトレヴァーだ。
いきなり駆け出したかと思うと、ネイトに突進して頭突きをしていた。
それでさらにひどい状態になったので、仕方なくウチに招き入れた。
風呂に入れさせて、さっぱりしたネイトは、がっしりな爽やかイケメンで、命を救ってくれたお礼にここで働かせてほしいと言ってきた。
なんでも、魔導具を作る仕事をしていたらしいけど、騙されて工場ごと奪われて捕まりそうになったので、逃げていたそうだ。
それでボロボロだったらしい。
なので、ウチで雇ってあげた。
それ以来、ネイトはよく働いてくれる。
ニックも褒めていて、ついには養子にまでしたのだ。
「ま、良かったわよね。あたしもあんたがいてくれて、助かってるし」
ネイトはよく気がついて、なんでもしてくれる。
お陰で気の利かなかった侍女を、やめさせる事ができた。
「それは良かった」
ニッと笑うネイトは、見ていて可愛らしい。
愛嬌があって、なんでも話せてしまう。
ここが乙女ゲームの世界で、あたしが転生者でヒロインで聖女だって事も。
最初は驚かれたけど、信じてくれた。
やっぱり、信頼できる部下に事情を話して協力してもらうのは、テンプレよね。
あたしが逆ハーできるまで、応援してちょうだい。
「それで今日もするの?」
「ええ。お嬢様に教えて頂いたミサンガは評判なんです。いつものように、糸に休息と安心を司る闇属性を込めてください。魔術解放式の後は初めてなので、たくさんの魔力が込められると思いますよ。喜んでくれる人が大勢います」
「そぉお? じゃあ、張り切ってみるわ」
「お願いします」
そうして最大の力を込めた魔力は、糸にしっかり定着して綺麗な黒糸になっていた。
今まで祈っていただけの糸とは、全然違う。
「綺麗……」
「ここまでの魔力とは……。これなら、魔導具にもできるかもしれません」
「そうなの?」
ネイトは力強く頷いた。
ネイトが作ったミサンガの魔導具は評判が良くて、たくさん売れたらしい。
お陰でウチの家計が潤ったらしく、布地を好きなだけ買わせてくれた。
お礼に、ネイトの正装を作ってみたわ。
以外とカッチリした服も似合った。
貴族だと名乗っても違和感ないくらいだった。
遅くなってすみません。
誰? と思ったら、26話と49話を見てください。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




