71 とある公爵令嬢の呟き その10
71 とある公爵令嬢の呟き その10
そろそろお茶会をお開きにしようかとしたとき、エリオット殿下の訪問が告げられた。
なんでも、わたしと二人きりで話がしたいそうだ。
何だろう?
みんなが言っていたような、変な事を言い出すのかな?
先に退出してしまう事を、令嬢達に詫びて、私はエリオットが待つ応接室へと向かった。
部屋で待っていたエリオットの顔は陰鬱なものだった。
思わず扉を閉めて帰りたくなるくらい、酷かった。
ちょっと、一体どうしたの。
「お待たせ致しました、エリオット殿下。ご機嫌は――お悪いようですが、いかがなされましたか?」
「――人払いを」
不機嫌を隠そうともせず、用件だけ言うのは相当だ。取り繕う事も忘れてる。
侍女のメリエルに合図してお茶を用意してもらってから、エリオットの侍従とともに出て行ってもらった。
「お茶をどうぞ。最近は私も上手に入れられるようになりましたのよ」
はっきり言って、カップに注いだだけだけれども。
ソーサーを両手で持って、エリオットの前まで運んであげた。
でも、無反応だ。
本当にどうしたんだろう。
少しも反応しないのは変だ。最近は少しは会話できていたのに。
「あの……」
「――陛下から、君をきちんと愛するようにと、言われた」
唐突に話し出した。
「なので、君も僕を愛してほしい。フレドリックではなく」
「な……なにを、仰るんですか……?」
手を掴まれた。目もギラギラしていて、なんか、怖いんだけど、どうしたの。
「シミオンが言っていただろう。婚約者を愛する努力をすべきだと。君は僕の婚約者だ。ならば、愛し合うべきだ。僕も愛する努力をする。だから、君も愛を返してほしい」
「それは――」
その通りなんだろう。普通なら。
でも、婚約破棄されるのがわかっていて、嫌われるのがわかっているのに、好きになんてなれないよ。
だったら距離を置いて付き合っている方が、ダメージが少なくていいよね。
嫁なんて、二次元で充分なんだから。
「嫌か? 嫌なのか? 僕は異母兄じゃないから、愛せないのか!?」
「そんな事は思っておりません! 第一、私がフレドリック様を好きなどと、ありえない事です」
激昂しかけたエリオットを押し留めて、反論した。
フレドリックは好きだけど、二次元だけだ。どの道、結ばれないんだから期待したって無駄だもの。
わたしが誰かを好きになるとしたら、生き延びられた事を実感できた時だろう。
「何故、そんな事を仰るのかわかりませんが、私はエリオット殿下の婚約者です。不義を働く気など毛頭ありません」
「なら、僕を愛してくれ。異母兄じゃなく、僕に『真実の愛』を与えてくれ。君は聖女なのだから。六騎神の末裔である僕に奇跡を起こさせてほしい」
真剣な表情で頼まれてしまったけれど、それは最短で六年後だ。
セレンディア学園高等部に入学した後の話だ。
今すぐは難しい。
そして、与える役目を持つのはヒロインちゃんだ。望み薄だけど。
あれ、ひょっとして、他の男の子達も、その為に婚約者である令嬢達に色々していたの?
的外れな事をしていたみたいだけど。
テオドールは例外中の例外だろうと思う。
奇跡を起こしたのだって、きっと、相方のミュリエルが倒れてしまったから、修正力が働いたんじゃないかと思っている。
ゲーム開始時にキャラ全員を揃えておくために。
だけど、エリオットにはそんな事はわからない。
それにもし本当に修正力が働いているんだとしたら、私はやっぱり死ぬ運命にあるのかもしれない。
嫌だけど。
「それは――」
「は……、僕にくれる愛情なんてないか。そうだよな、君は異母兄が好きなんだから。僕は聖女に見放された。王太子である資格も失った。聖女の愛を受けるのは、異母兄か」
ちょっと待って、エリオットが異常だ。
自棄になっているような感じだ。
いつからやさぐれているんだ、君は。
「仰っている意味がわかりません。私はフレドリック様をお慕い申し上げておりませんし、エリオット殿下を見放してもいません。ましてや、王太子はエリオット殿下以外にあり得ません」
なのに、エリオットは胡乱げな目でわたしを見ている。
「だったら僕を愛して奇跡の力を与えてくれ。君なら出来るだろう、聖女なのだから!」
「私は聖女ではありません!」
まじまじと見つめられた。
変な生き物でも見るかのように。
「何を言っているんだ。予知の力で数々の危機を防いできたそうじゃないか。今回の事だって、陛下や公爵達は君を狙ったものだろうと予測したのに、君はあっさり、魔王復活のために生命力を集めていて、今回の事は魔族から見たら本意ではなかったと、看破しただろう。予言の書だって書いたと聞いている。それだけの力を持ちながら、聖女ではないなどと、よくそんな冗談を言えたものだな」
両腕を掴まれ、ソファに押し付けられる。
痛い。
でも、それ以上にエリオットが怖い。
「冗談ではなく、本当の事です。私は聖女ではありません」
「僕を馬鹿にするのも、いい加減にしろ! 六属性の魔力を持ち、予知の力を持ち、古代語の予言書を書き、それらを持って、救われた命がある。これだけの事をしておきながら、聖女ではないと? 君が聖女でなければ何なんだ! いいか、君は聖女だ。これは揺るぎない事実だ。だからこそ、僕らは婚約したんだろう! そうでなければ、君が婚約者だなんて……」
エリオットは急に口を噤んだ。
言ってはいけない言葉だと、自覚しているみたいだ。
「とにかく、婚約者である以上、僕を愛してほしい。そして六騎神の末裔としての力を与えてほしい」
頭を下げて頼まれた。
そんなに思い詰めていたなんて、知らなかった。
だけど、無理なんだよ。
わたしじゃ与えられないんだ。
わたしは聖女じゃないんだから。
それに、君が好きなのはフレドリックでしょう。
家族の、兄弟としての愛情をくれた、フレドリックだよね。
そして、わたしの事は好きじゃないでしょう。
それなのに、一方的に愛してほしいって言われて、できるわけないじゃない。
わたしだって、同じだけの愛情を返してくれる人でないと、嫌だよ。
「――では、私がエリオット殿下を愛したら、エリオット殿下も私を愛してくださいますか?」
「もちろん」
「フレドリック様より、私を愛してくださいますか」
「……な……んで、異母兄が出てくる」
「フレドリック様を愛していらっしゃるのは、私ではなく、エリオット殿下でしょう? だからこそ、ご兄弟お二人が仲良く過ごされるよう、取り持っていたのですが。違いましたか?」
エリオットが目をそらす。
指摘されるとは思ってなかったみたいだ。
「……君が、異母兄を好きなんだと思ってた」
「エリオット殿下が、フレドリック様をお好きなのでしょう?」
エリオットが驚いた様子でわたしを見つめた後、ゆっくりと腕を離してくれた。
そうして、隣に座る。
「……小さい頃、頑張っている事を褒めてくださった。みんな……陛下も母上も、教師も侍従達も頑張って当然だと、王になるのだから努力しろと言われるのが嫌で、逃げた。そこで、異母兄が褒めてくれた。嬉しかった。だから、また褒めてほしかったから頑張った。異母兄だけいればいいと思ってた」
「フレドリック様に、その事をお話になればよろしいと思いますわ」
「嫌われないだろうか」
「大丈夫ですわよ。フレドリック様はエリオット殿下の努力をご存知ですし、私も存じてます」
そう言うと、エリオットは嬉しそうに笑った。
ようやく、機嫌が直ったか。
「――正直、私は愛とかそういうのは、わかりません。テオドール様とミュリエル様のような愛情表現は、私には難しいと思います。恥ずかしいですし。でも、私の両親のように、仲の良い愛情ならわかります。私が示せる、理解できる愛情は両親のようなものになりますが、それでもよろしいでしょうか」
家族愛になるかもしれないけれど。
でも、放っておけないと思ってしまったんだ。
抑えてた感情が爆発すると、こんなにも怖くなるなんて知らなかった。
だから、エリオットに本当に好きな人ができるまで、頑張ってみようと思う。
愛情に飢えているエリオットに、これ以上、闇が広がらないように。
「それで構わない。僕も――愛情というのはわからない。それでも君を愛せるよう、努力しようと思う」
やっぱり、お互い様だね。
でも、これしかできないのもわかってる。
頑張って愛情を示す努力をしよう。
君に本当に好きな人ができるまで。
……仕方ないかなぁ。
放っておくのは可哀想だもの。
わたし、死にたくなかったんだけどな。
シナリオ強制力って抗えないんだね。
遅くなってすみません。
やっぱり厄介だった。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




