7 会うまでは長い
7 会うまでは長い
晴れ渡る空の下、今日も俺、テオドール・ゴルドバーグは元気に麺棒でチャンバラしてます。
ケヴィンが子供用の木剣を用意してくれたんだけど、それでも大きくて重かったので、料理長から麺棒のお下がりを貰ったのだ。
遊びに使ったから、調理には使えないってことで新しいのを購入したらしい。うん、ごめん。
用意してもらった木剣は部屋に片付けてある。身体が大きくなったら、使うんだし、わざわざ片付け直さなくてもいいだろうってことになったのだ。
普通、四、五歳になってから剣術の稽古をするらしい。
でも、ケヴィン曰く、
「今は棒っきれ振り回して、走り回っていればいいですよ。型や技術なんか気にしなくていいです。そんなものはいずれ嫌でも教えますんで」
どうも、いっぱい遊ばせて体力アップを狙っているみたいだ。
息切れすると、
「おや、もう降参ですか?」
なんて挑発してくるし。
絶対、この前の無視の刑を根に持ってやがる。
ケヴィンのニヤニヤ顔を見ると腹立つから、ムキになって限界以上に追いかけ回していた。
おかげで昼寝は爆睡だ。
ふん、今に見てろ。今はいいようにあしらわれてやってるけど、絶対十歳になるまでにギャフンって言わせてやる。
勉強の方も順調だ。
アルファベットに該当する文字は覚えたし、単語も少しづつ覚えていってる。やっぱり書かないと覚えられないのはここでも一緒のようだ。
文章の組み立ては難しい。
日本のように、手紙には時候の挨拶や結びの文句など、数種類の約束事があるし、貴族らしい装飾も必要でチンプンカンプンだったりする。読み解く能力も必要になるので、今から気が重い。
算数は天才だなんて言われてる。さすがに幼稚園レベルで躓くわけにはいかないだろう。現役高校生の名が泣くぜ。微分積分とか言われると、謝るしかないんだが。
あとは歴史に地理、理科はないけど代わりに魔法学がある。
まだ使用できないけど、使用するための心構えや、危険行為の注意事項などが主な内容だな。あとは属性とメジャーな魔法の紹介。ただ、大きな派手な魔法は使えないのが普通で、物語のような魔法を期待しないよう注釈が添えてあったりした。
今の所、教科書も絵本ぐらいの薄さだからなんとか理解できるかな?
なるべく記憶力がある十代までのうちにできるだけ詰め込んでやんぜー!
◇
そんな毎日を過ごしている、ある日。
この日は朝から慌ただしかった。
何かあるのか聞いてみたら、驚かれた。うん、俺、予定聞いてないよ?
「まぁ、坊っちゃま。今日は侯爵様にお会いになれる日ですよ。先日、王都からお帰りになられたのはご存知でしょう? ようやく今日お時間を取ってくださったので、お伺いに行くのですよ」
なるほど。ってことは、この屋敷から出てもいいってことか!?
「ええ、初めてのお出かけですからね。しっかりおめかししましょうね。坊っちゃまがちゃんとお勉強されているのもご報告しましょう」
ひゃっほい、ようやく外が見れるぜー!
そうして出発する準備が整った俺の前に、馬車が停まった。
……馬車?
自動車もとい、魔導車じゃなくて?
馬がヒヒンと鳴く。うん、生きてる。ゴーレム馬車でもない。
あれ? 文化レベルって?
「坊ちゃん、馬を見るのは初めてでしたね。近くで見てみますか?」
ケヴィンが俺を抱き上げて馬の顔の側にゆっくりと近づける。
でかい。
「さわって、いいの?」
「ええ、驚かさないよう、ゆっくり動いて、鼻筋を優しく撫でてやってください」
言われた通り、馬の鼻筋を撫でてみた。うん、作り物じゃない。
ほわー。馬ってホントに初めて見たわー。
ジッと見てると、馬も大きな目でジッと見返してきた。なんていうの? 目が優しい。
「コイツも坊ちゃんを気に入ったみたいですね。良かったですねぇ」
そうなのか。そうだったらいいな。
馬に手を振って「きょうは、よろしくな」と挨拶してからマーサと一緒に座席に乗り込んだ。
窓に張り付いて、流れる景色を見る。
整えられた庭がゆっくりと流れ、やがて並木道に変わった。
自転車よりも遅いくらいのスピードだった。俺が乗ってるからかな? ゆっくりなのは。
振動はバスに乗ってるくらいなので、尻が痛くなることもない。……サスペンションは開発されてるんだ。ふかふかクッションもあるし。どうなってんの、この世界の文化レベル。
ケヴィン達警備兵は、馬に乗って俺の馬車を囲ってる。前に二騎、後ろに二騎、ケヴィンが遊撃なのか自由に動いてた。合計五騎だ。
ほえぇ~、俺一人動くだけで御者入れて七人の人間がいるのか。これ、父上や母上だったらどれだけの人達が動いてたんだろう。そりゃ、数日に一度しか動けないわ。つか、よく会いにきてくれた方だよな。
これからは、なるべく少ない人数で動ける俺が会いに行く方がいいかもしれない。
並木道を抜けると、ほんの十分ぐらいで、父上のいる本館についた。
うん、実は家の敷地からは全く出てないんだ。離れにある俺の屋敷から移動しただけなんだぜ。どんだけ広いんだよって話だろ。有名大学の研究棟がある敷地くらいと思った方がいいかもしれない。
だって、母上の館はまた別の棟だし、客棟もあるらしい。館を管理する、侍従、侍女、警備兵に料理人、庭師などの生活棟も、それぞれの館に近いところにいくつか建ててある。
練兵場という名のグラウンドもいくつかあるし、馬がいるなら馬房もあるはず。馬車を置いておく駐車場も。
自分家だけで探険できるぜ。もう少し大きくなったらやってやろう。
左右対称に整えられた庭をくるりと回って(ロータリーっぽい)、玄関先で馬車が停まった。
扉を開けて降りると、ズラリと侍従と侍女が並んでお辞儀をしていた。
デパートの開店直後や閉店間際みたいで、居心地が悪い。
もう少し気安く接してください、お願いします。
「今日はようこそお越しくださいました、テオドール様。当館の侍従長を務めております、セバスと申します。本日は私めがテオドール様のお相手をさせて頂きますので、遠慮なくお申し付けください」
白髪をオールバックにしたナイスミドルが話しかけてきた。
まんま、執事さんだ。本物だ。すげー。
「ありがとう、セバス。きょうはよろしくおねがいします。ちちうえには、すぐにおあいできますか?」
返答すると、セバスがちょっと目を見開いた。
え、何? 俺、なんかまずい事言った?
不安になって後ろのマーサとケヴィンを見ると、にこにこと笑ってる。大丈夫なの?
「失礼致しました。はい、旦那様はすでにお待ちになられております。こちらへどうぞ」
おおう、待たせてたのか。それは悪かった。
「おまたせしてしまっているんですね。おくれてしまい、もうしわけありません」
「……いいえ、大丈夫でございます。旦那様がテオドール様とお会いできるのを楽しみにしているあまり、お約束の時間より早かっただけでございます。テオドール様が謝罪されるような事ではございませんよ」
「そうなんですか? ありがとうございます」
なんだよ、セバスは変な顔だし、周りの侍従や侍女も騒ついてるし、マーサとケヴィンは笑いを堪えてるし、なんなんだよ。
もう、さっさと案内しろよ。
セバスの案内で客間に通された。
さすが本館、廊下に並んでいる調度品は洗練されてて品がいい。良かった成金な悪趣味じゃなくて。
客間に入ると、まだ二十代の柔和な表情をした青年が振り返った。
こうして俺はようやく父上と会えたのである。
ブクマありがとうございます。
もうちょっと展開を早くしたいんですけど、どうすればいいのかわかりません。
すみません。




