69 とある公爵令嬢の呟き その8
69 とある公爵令嬢の呟き その8
その日の目覚めは最悪だった。
なんか、頭がガンガン痛くて、関節もギシギシ言っている。身体全体が疲れ切っているような感じで、もう一度寝たいのに、横になると吐きそうな感じだった。
「うう、お水、ほしい……」
「大丈夫ですか、お嬢様。お水はここに。ゆっくり飲んでくださいませ」
乳母兼侍女頭のメリエルがコップを差し出してくれたので、受け取って、言われた通りゆっくりと飲む。
はぁあああ。
冷たくて身体に染み渡っていく。つい、おかわりしてしまった。
「今すぐ、お医者様をお呼びいたしますね」
他の侍女が医者と治療師を連れてきて、わたしは有無を言わさず診察された。
なので、頭痛と関節の痛みと、だるさを訴えておいた。
「おそらく、魔力暴走の後遺症でしょう。安静にしておられれば、数日で回復される事と思います」
「そうですね。怪我などもされておりませんでしたし、魔力の流れも正常です。魔力も少しずつ回復していますから、すぐに良くなりますよ」
お医者様と治療師の先生が太鼓判を押してくれた。
そっか、魔力暴走が起こったのね……って!
「――ミュリエル様は、他の皆様はご無事なのですか!?」
ようやく頭が回復した。
あの時、全員が倒れたのはかすかに覚えている。
その後はどうなったの。
「ええ、お嬢様。皆様、ご無事でございますよ。危篤状態だった、ミュリエル様もご無事です。奇跡が起こったのですよ」
メリエルがみんな大丈夫だと教えてくれるけど……奇跡?
何、それ。
「テオドール様が起こされたのです」
若干興奮状態で、メリエルが語ってくれた。
◇
メリエルが嬉々として語ってくれた話に、愕然とした。
まさか、ミサンガが生命力を奪う魔導具だったなんて。
しかも裏で魔族が動いていたらしい。
魔族の行動がこんなにも早いなんて、知らないし、聞いていない。
「ミュリエル様をお世話していた侍女によると、本当に光ったそうですのよ。こう、パアッと。そしてヒヨコが動いたんですって。何故ヒヨコなのかわからないんですが、ヒヨコがミミズを食べたんですよ!」
「ええと、それ、普通じゃないの?」
小学校の飼育小屋で、ヒヨコにミミズを食べさせた事があるし。
何を言っているのか、ちょっとわからない。
それよりも、ミサンガだ。
確かゲームでは、生命力を奪う魔導具は、ルークのイベントで腕輪として出てくるアイテムだったはず。
学園で魔力を上昇させる腕輪が流行し、同時に貧血で倒れる生徒達が続出。
ルークは腕輪が怪しいと目星をつけ、調査を始める。
そしてヒロインが手伝うと言って、一緒に調査をする事になるのだ。
その過程で、ベイツを殺した犯人が魔族だとわかり、仇を取る。
強制イベントで魔族は最終的に逃げるんだけど、このイベントで魔族の暗躍がわかるようになっている。
ちなみに青髮のイベントでは、神殿の結界が弱まっている事を調査して、補修、強化する事になり、赤髪のイベントでは、課外授業で魔族の斥候部隊に遭遇し、撃退するイベントになるのだ。
そしてこの二つのイベントは同時に起こる。
課外授業――林間学校みたいな学校行事があって、そこの近くにある結界の調査に行く途中で、魔族の部隊が現れる、という、ちょっと緊迫感のあるイベントになる。
ここで、シミオンについて行って、結界を強化するか、ヴィンスについて行って、魔族を撃退するか、どちらかを選ばなければならない。
まあ、片方が終われば、次にもう片方のイベントをしなければならないんだけど、難易度が違ってくるのだ。
最初に選んだ方がハードルが低くて、後の方が高い。
そしてお互いの結果が反映される。
よくあるゲームシステムだよね。
この課外授業までに二人の好感度を上げておかないと、イベントは発生せず、結界は破壊され、王都の中心部で魔族の部隊が暴れる事になる。
まぁ、これは高等部二年生の時の話だから、余裕があるといえばあるんだけど、結構ギリギリだったなぁ。
テオドールとルークのイベントは一年生の時に起こる。
一年生のテオドールのイベントで、聖女や聖女の装飾品の解説が入り、ルークのイベントで魔族の暗躍をほのめかし、奪った生命力は魔王の封印を解くための贄とされる。
二年生のシミオンとヴィンスのイベントで、本格的な侵攻があるよと示して、三年生のレックスのイベントでライラック公爵の不正及び、魔族の手引きをしていた証拠を集め、エリオットのイベントで、不正を暴いて、婚約破棄、そして断罪と続く。
そしてその合間に、それぞれのお悩み相談を受けて解決しながら、攻略対象者達の手伝いをして好感度と親密度を上げ、カトリーナからのいじめに耐えて、聖女としての能力を授業で上げて行くという、今思えばかなりのハードスケジュールだったわ。
それはともかく、ミサンガが生命力を奪う魔導具だなんて知らない。
しかも、まだ十歳なのに、イベントが起こっているなんて、ありえない。
一体、何が起こってるの?
後で、ノートを確認しないと。
「まあ、お嬢様。普通じゃありえない事が起こったのですよ。ですからヒヨコがミミズを食べたのは普通じゃなかったんです」
「……うん、後でもう一回詳しく聞く事にするわ」
要領を得ないメリエルに、疲れたから休む事を告げて、部屋から出て行ってもらった。
侍女達全員がいなくなってから、鍵付きの引き出しから、小さい頃に書いた、数冊ある攻略ノートのうち、緑のイベントを取り出して、中身を見てみた。
うん、やっぱり、腕輪だ。
ミサンガじゃない。一体どこから出てきたの。
どういう事なんだろう。
悩んでいると、扉がノックされた。
慌てて、引き出しを閉めて鍵をかける。
「カトリーナ、意識を取り戻したそうだな。疲れているところ悪いが、話をさせてほしい」
扉を開けて姿を見せたのは、お父様だった。
「お父様。どうぞ、遠慮なさらないでお入りください」
……って、緑のノート、片付け忘れた!
慌てて、布団の中に隠す。
「大丈夫だったか? 大事ないとは聞いているが、疲れが酷いそうだな。話を聞くのが辛いなら、すぐに言うように」
「ええ、大丈夫ですわ。それでお話とは一体なんなのでしょう?」
「事の顛末を私から話しておきたかったのと、今回の事について、お前の考えを聞きたい」
「私の意見など、参考になるとは思えないのですけれど。それでもよろしいでしょうか」
「構わない。私が聞きたいだけだ」
そうして、お父様は聞き伝えだがと前置きして、最初から話してくれた。
頭痛がひどい。
話を聞いて、わたしは痛くなった蟀谷を押さえた。
何してくれやがっているんですか、テオドール!?
そんな奇跡、イベントではなかったわよ!
それに、本当にミュリエルが死にそうになっていたなんて。
奇跡が起こって助かったのはとても嬉しいけど、なんか複雑だわ。
どうなってるの、このバカップル!
でも、ちょっと待って。
聞いた話ではヒロインちゃんって、酷いみたいだから、強制力でも働いているのかな。
だからテオドールが尋常じゃないくらい溺愛して、ミュリエル聖女ルートに進んでいるのかしら。
でも、わたしの聖女扱いは終わってないんですけど。
このままだと、ミュリエルに断罪されてしまうのかなぁ。
ミュリエルなら、すぐに許してくれるかもしれないけれど。
「それで、どう思う?」
お父様が尋ねた。何かを期待するような響きがあったけど、何もないよ?
「どう、とは? 奇跡が起きて、ミュリエル様が助かって良かったと思っています」
うん、テオドールなら、ミュリエルに真実の愛を捧げまくりだもんね。
あれだけ愛してたら、一人で六人分あるかもしれない。
「他には?」
「他……ですか? えーと……お粗末……かな? 私を狙ったらしいという事ですが、ミサンガなんて庶民過ぎる魔導具をソニア様の侍女が買わなければ、私の元には届きません。また、私が確実に身につけるとも限りません。またこのように、すぐに発覚するような事態は望んでいなかったのではないでしょうか。生命力を奪って魔王封印の解除を目的とするなら、お父様達に察知されないよう水面下で動いていたと思うのです」
ちょっとイベントが早過ぎるんだよね。
確か公式ガイドブックに書いてあった裏設定では、腕輪を作る為に試作品をゴルドバーグ領で作っていた、って、書いてあった。
たぶん、このミサンガは試作品なんだろう。そうに決まってる。……たぶん。
「でも、ソニア様の侍女が購入した事で、黒猫は見張っていたんじゃないでしょうか。そして、ミュリエル様が身につけてしまったので、ミサンガを回収したのではないですか? 後は……ミサンガが生命力を奪うのがバレたので、生命力を取れるだけ取ったのかも?」
うん、オタ頭で考えられる事はこれくらいかな。
お父様は少し考え込んでから、大きな手でわたしの頭を撫でてくれた。
「そうか。ありがとう。無理をさせたな。ゆっくり休むといい。おやすみ」
なんか、優しく撫でられて、眠たくなってきた。
ゴツゴツした手が暖かい。
「……お休みなさいませ……」
そうして、わたしはぐっすり眠った。
次に起きたら、布団に隠していた緑のイベントノートがなくなっていた。
ちょ、お父様ー!!
◇
しばらくしてから、ノートはサイドテーブルに置かれていた。
これ絶対コピー取ってるよね。
お父様からは何も話しは言ってこないけど、聞かれない事が逆に怖い。
数日後、ベイツさんがお見舞いに来てくれた。
その時に、古代語の予言書はこれだけかとしつこく聞かれてしまった。
何故、攻略ノートが予言書になるのか意味がわからない。
もうすでに破綻が起きているみたいで、役に立たなさそうなのに。
「あの、このノートは幼い頃に書いた落書きですし、内容は本当かどうかわかりませんよ?」
「ええ、わかっています。すでに予言が違う道を歩んでいる事は、俺の存在が証明しています。この予言書では俺は死んでいる事になっているでしょう。ですが、俺は生きています。あの時の忠告はこの事を指していたのでしょう? ありがとうございます、カトリーナ様。心から感謝致します」
そしてますます聖女扱いされるようになってしまった。
どうしてこうなった。
遅くなってすみません。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




