58 学級会は結論が出ない
58 学級会は結論が出ない
「元気か、カトリーナ嬢ー? 見舞いに来ましたよー」
侍女に案内されて客間に通された俺は、気軽に声をかけたのだったが、後悔した。
ギロリと、部屋にいた全員に睨まれたからだ。
いや、なんか雰囲気が悪くね?
悪いよね?
うん。
俺は、そっと扉を閉めた。
「テオドール様? どうされたのですか?」
そう、俺の側にはミュリエルがいる。
幼気な彼女を、わざわざ猛獣達が牙を研いでいるところに行かせるわけにはいかない。
小動物な彼女はたちまち餌食にされてしまうだろう。
そんなことはさせない。
俺にはミュリエルを守る義務がある!
「お取り込み中みたいだから、日を改めようか」
そう言うと、ミュリエルは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてですか? エリオット殿下やレックス様達も、カトリーナ様のお見舞いにいらしておられるのでしょう? 皆様にご挨拶しませんと失礼ですよ」
「あっ、待てっ、ミュリエル!」
俺の制止を聞かずに、ミュリエルが扉を開けて、部屋の中を見て……立ち止まった。
しばらくしてから、全身がぷるぷると震えだす。
「て、テオドール様ぁ……」
振り返った彼女は涙目だった。
どうしよう、どうしたらいいの? と、目で訴えている。
うん、怖かったな。
よしよし、いい子だから、くじけちゃダメだぞ。
「頑張ったな、ミュリエル。今日はもうお暇しような」
「は、はいぃ~。ごめんなさいぃ」
ミュリエルの頭を優しく撫でてから、彼女の手を取り、踵を返して玄関へと向かう。
「何やってんのさ。さっさと入れば? 元凶は帰るからさ」
部屋から出てきた青髪が、呆れた様子で俺達を見ていた。
何か、怒っているようだ。珍しい。
「元凶? 喧嘩でもしたのか?」
「そんなところ。じゃあね」
手を振って、シミオンは帰ろうとする。
思わず、その腕を掴んだ。
「何?」
「や、お前らしくないからさ。何があった」
「別に何も。だいたい、君に僕らしくないなんて言われたくないんだけど。君は僕の何を知ってるのさ」
「いや、知らないけど。心配ぐらいしてもいいだろ」
「何それ、憐れみなんていらないんだけど」
「そうじゃなくて。何があったか知らないけど、エリオット殿下を放って帰るなんて、お前らしくないんじゃないか」
いつもシミオンは、エリオットの側に付かず離れずにいる。
常にエリオットの側で動いて右腕と呼ばれている黒髪と違い、なんだか猫みたいに距離を取りながら、それでもエリオットの側で様子を見ているのが、こいつだ。
なのに、今日は一人だけ先に帰るなんて変だ。
いつものふてぶてしいお前はどうした。
「いいのか、アレを放っておいて」
雰囲気が悪いのに、エリオットは我関せずといった様子でお茶をしている。
一見、普段と変わらない様子に見えるが、アレは周囲を遮断して何も聞かないようにしている、エリオットの悪い癖だ。
それだけ心が不安定なのかもしれない。
いつものように、俺に敵意剥き出しにしてる方が、まだ精神状態はマシな方だと言える。
そんなエリオットを放置するなんて、シミオンらしくない。
「……だから、君も嫌いなんだ」
余計な事を言ったようで、苦虫を噛み潰した表情で睨まれたけど、出て行くのは諦めたようだ。
でも、部屋にも戻れないようで、扉に背を預けている。
「何を無駄話しているんだ。全員、さっさと入って来い! シミオン、お前もだ!」
なかなか部屋に入らない俺達にしびれを切らしたのか、黒髪の怒声が飛んできた。
◇
「で。喧嘩の原因は何なんだよ」
カトリーナに見舞いの挨拶を済ませてから、みんなに単刀直入に聞いてみた。
未だに震えて怯えているミュリエルのためだ。
理由ぐらいは教えてくれたっていいと思う。
「どうして君に理由を話さないといけないんだい」
「まったくだ」
「当然だな」
うわ、三人ともひでぇ。
「じゃあ、理由が言えないなら、そんな険悪な雰囲気を撒き散らすなよ。もうすぐ、ルークや黒娘嬢達も来るんだろ? こんなギスギスした状態で迎え入れてやるなよ」
「わかっている。――シミオン。カトリーナ嬢に謝罪しろ」
「嫌だね」
レックスがため息まじりに言ったが、シミオンは即答で拒否したため、再び激昂した。
「貴様、わかっているのか!」
「わかってるよ。でも、今は譲れない。そして謝罪しないせいで僕がどうなろうと、知った事じゃない」
「わ、私は気にしておりませんわ。ですから、皆様もどうかお忘れになってくださいませ」
「本当にわかってないんだね。バカなの、君は」
「シミオン!」
投げやりに言うシミオンを庇うカトリーナだったけれど、当のシミオンから馬鹿呼ばわりされて、カトリーナは言葉に詰まる。
ますますレックスが青筋を立てて怒り出した。
「いや、もうちょっとわかるように言えよ、シミオン。それじゃ、何にもわかんないぞ。ちゃんと、カトリーナ嬢にエリオット殿下を構ってやって欲しいって言えばいいだけだろ」
俺が口を挟むと、一斉に凝視された。
な、なんだ!?
「……なんで、そういう事になるんだ?」
シミオンが唸る。
「あれ、違うのか? カトリーナ嬢が六属性で、エリオット殿下は五属性だったから、ああやって不貞腐れてるんだろ? こればっかりは生まれ持った才能みたいだから、どうしようもないじゃないか。カトリーナ嬢に慰めてもらったらいいんじゃないか?」
「誰が不貞腐れているんだ」
それまで何の反応も見せなかったエリオットが、俺を睨みつけた。
「不貞腐れているでしょう? 気を回したシミオンが、カトリーナ嬢にそれとなく忠告しているし」
「忠告じゃなく、暴言だったぞ、アレは」
ヴィンスが呟くが、気にしない。
「そして、レックスとヴィンスは身分を越えて過激な口調で忠告したシミオンの身を案じて注意している」
「ちゅう……ん。まぁ、そうか。そうだな」
レックスが口籠る。シミオンが「反射的に怒っただけだ」と反論したが、気にしたら負けだ。
「それなのに、貴方は何もしない。これが不貞腐れていなくて、何なんですか。もう少し、自分を気にかけてくれる臣下を大事にしたらどうです」
「貴様に何がわかる」
「わかりませんよ。わかるわけがない。だって、貴方は何も話をしてくれないでしょう。不満があるなら言ってくれないと。改善のしようもないじゃないですか。俺に話せないのはわかります。けど、側にいてくれる者には相談した方がいい。特に、ここにいる者達には。貴方の臣下ですよ」
偉そうに言ってしまったけど、エリオットはもう少し誰かに相談した方がいい。
だって、何もかも溜め込んでいて、今にも爆発しそうだ。
ガス抜きをしてやらないと、いつか暴発しそうで怖い。
それでも解決は難しいようだけど。
というか、そもそもの喧嘩の原因は何だったんだろう。
エリオットを元凶にしてしまったけど、大丈夫かな。
「はぁ……。的外れもいいとこだね。エリオット殿下を元凶にしないでよ。僕が元凶なんだから。僕がカトリーナ嬢に暴言を吐いたんだよ。聖女だか何だか知らないけど、何でも知ってますって顔してるくせに、僕らを見ていないんだ。君もそんな風に見られているの、わかってる?」
「いや、わからん」
そんな風に見られてた事すら知らなかった。
ただ、ミュリエルと一緒の時は、生暖かい目で見られているなぁとは思っていたけど。
「別に気にしない。そんなの気にしたって何になるんだよ。相手の心の中までなんてわかんないんだから、気にしてもしょうがないだろ」
カトリーナが俺を馬鹿にしてようが、どうでもいい事だ。
重要なのは、目に見える形できちんと尊重してくれている事だし、危害を加えられない事。信頼できる事。
カトリーナはそれができているし、それで充分だと思う。
第一、貴族なんだから、腹の探り合いは日常茶飯事なんじゃないのか?
俺には腹芸は無理だけど、鈍感力と忍耐力なら鍛えている。相手の心の中にまでいちいち目くじらなんか立てる必要なんてない。
目標は父上の、笑顔でスルーなんだから。
だいたい、心の中で鬱憤を溜めて、そのくせ不満すら言うこともなく、周りに働きかけもしない方が問題だろう。
エリオットはわかっているんだろうか。何の為に俺達が側にいるのかを。
いつも無関心で、感情を出しているのは、俺とフレドリックに対してだけだ。
レックスもシミオンもヴィンスも、カトリーナだって心を砕いているのに、何の関心も見せない。
こいつらがどれだけ不安になっているのか、知ろうともしてない。
「それよりも、俺が相手に対して何をしてあげられるかの方が重要だろ。なぁ、ミュリエル、何をしてほしい?」
「ひ、ひゃいっ! え、えと、テオドール様が元気でお過ごしくださって、私と会ってくださればそれでかまわないです。あ、あと、皆様と仲良くしてくだされば、それで……」
急に話を振られて、ミュリエルは慌てていたけど、嬉しい答えを言ってくれた。
「俺も、ミュリエルが元気で毎日会ってくれたら嬉しい」
「テオドール様」
ミュリエルと手を取り合って、見つめ合う。
もう、瞳がキラキラしていて可愛いなぁ。
「僕は帰るよ。茶番に付き合っていられない」
苛立たしくシミオンが席を立つと、エリオットも無言で立ち上がった。
付き従うように、レックスとヴィンスも立ち上がる。
「お、お待ちください。まだ、シェリー様達が来られておりませんわ。もう少しお待ちになられてはいかがでしょう。ルーク様も魔術講師の方を連れて来られるのでしょう? ですから……」
「エリオット殿下、カトリーナ嬢、喜んでください! 最高の講師を連れてきました!」
開口一番、緑髪が空気も読まずに、喜色満面で部屋に突入してきた。
後ろには、やる気のなさそうなベイツと、なんだかワクワクした表情の緑娘がいる。
「まあまあまあぁ~。皆様、素敵な感じで議論なされていたようですわねぇ~。私達も混ぜていただいてよろしいでしょうか~?」
「勘弁してくれ……」
部屋の空気を感じ取ったベイツが、天井を仰いだ。
うん、わかる。
ホント、この学級会、なんとかならないのか。
遅くなってすみません。
気に食わなくて書き直してたら、予定より遅れました。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




