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45 とある魔導具研究所元所員の呟き その2

45 とある魔導具研究所元所員の呟き その2


 ペロリとトレヴァーが流れた血を舐め取った。

 一回り大きくなった身体を確かめるように、腕を回し、肩をほぐしている。余裕があるのか、囲まれているのにも関わらず、こちらを何も気にしていない様子だった。

 浅黒く変化した肌には、黒緑色の粒子が吸収され、炎のような刺青となって剣と化した右腕に刻まれている。


「ようやく現れてくれたな、魔族」


 トレヴァーに幅広の剣を向けて、クリムゾン将軍が獰猛な笑みを浮かべ見据えている。

 この四年、探し続けていた手掛かりだ。嬉しくて仕方がないようだ。


「気をつけてくださいよ。あの刺青、じわじわと増えていますからね」


 コバルト司教が注意を促す。

 言葉の通り、黒緑色の粒子はまだ集まってきてはトレヴァーの右腕に吸収されていく。


「一体、何の現象が起こっているんだ……?」


 聖女の封印が解かれたと言っていたが、別働隊でもいたのか?

 そういえば、トレヴァーの持ってきた報告書に封のされた手紙も添えてあった。破いて読む。


「……あの人は、何を考えているんだ!」


 グリーンウェル伯からの手紙にはトレヴァーの提唱した実験を行うと書いてあった。虎穴に入らずんば虎子を得ずの精神らしいが、罠だとわかっているのに、わざわざ飛び込むなんて俺以上の馬鹿だろう。


「つまりはその刺青がグリーンウェル伯爵の生命力か」


「その通り。罠だとわかっていても、実験して証明したくなるのが研究者の(さが)だからね」


 ククッとトレヴァーが笑みをこぼす。

 確かにそうだが、あの人は自分を大事にしなさすぎる。直系なら他の兄弟でもいいだろうに。


「でもそのおかげで、貴方が魔族だと証明されたわけです。グリーンウェル伯には感謝しないといけませんね」


「まったくだ。こうして面と向かってやり合える」


 コバルト司教の言葉にクリムゾン将軍が頷いて、トレヴァーに襲いかかる。

 ギィンと、金属音が響き、連続して硬い音が響く。

 クリムゾン将軍の連撃に、トレヴァーが右腕の剣で応戦していた。

 くるくると目まぐるしく体の位置が入れ替わり、何が起こっているのかさっぱりわからない。絶え間無く響く剣戟の音と、机が吹き飛ばされ、棚が壊れ、床が削られていくのだけがかろうじて認識できる。吹き飛ばされてくる瓦礫は全て青い膜が防いでいた。おそらく、コバルト司教の結界が守ってくれているのだろう。

 周囲を囲んでいる警備兵達も手を出し難いのか、剣を構えたまま逃さないようにするのが精一杯だったようだ。

 一瞬ごとに攻防が変化する戦いに、俺ごときが見えるはずもなく、ただただ圧倒されていた。


「埒が明きませんね。いい加減、遊ばないでください」


「わかっている」


 クリムゾン将軍が答え、トレヴァーに下から斬り上げる。紙一重で躱すトレヴァーの鼻先で炎が襲いかかった。


「くそっ、魔法か」


 一瞬、視界を奪われたようで、そこにクリムゾン将軍が炎を纏わせた剣を振るう。トレヴァーは防戦一方になったが、不意にクリムゾン将軍がよろけた。そこにトレヴァーの斬撃が襲いかかる。

 ギィンと嫌な音がして、今度は一転してクリムゾン将軍が防いでいる。一体どうなっているんだ。


「ち、足元を取られましたか」


 コバルト司教が舌打ちする。見ると、クリムゾン将軍のいる場所だけがぬかるんでいた。


「今はまだこの程度だけどね、完全復活すればこの辺り一帯を沼地に変えてやれるよ」


 不敵に笑うトレヴァーを、コバルト司教が鼻で笑った。


「まだ完全ではないのでしょう。この程度如きで遅れを取る将軍が悪いんです。腕が鈍ってませんか。ねぇ」


 そう言い放つと同時に、一気に気温が下がり、氷の床が出来上がる。

 トレヴァーは氷を踏み割り踏ん張って耐えたが、クリムゾン将軍が足を滑らせた。


「てめぇ、俺まで被害が出てるだろうが!」


「ち、転んで頭打って死ねば良かったのに」


 何で喧嘩してんだ、この人達は!

 仲が悪いとは聞いていたけれど、こんな状況ではやめてくれ!


「いいからさっさと決めてください。『炎の魔剣士』の名が泣きますよ」


「てめぇだけだ、そんな恥ずかしい名を付けて喜んでんのは! 後で殴る!」


「余裕だな、貴様ら」


 コバルト司教とクリムゾン将軍の掛け合いに、トレヴァーが冷めた口調で睨みつけていた。


「だが、グリーンウェルの命はもうすぐ終わる。僕は封印の一つを手に入れる。残念だったな」


 トレヴァーの言葉通り、右腕の刺青はびっしりと二の腕にまで広がりつつある。あれがグリーンウェル伯爵の命ならば、今すぐトレヴァーを倒さないと。


「将軍、早く何とかしてください! あの人が死んでしまう!」


 思わず叫んだ。

 クリムゾン将軍が無言でトレヴァーに斬りかかる。しかし、だんだん押されている様子だ?

 まさか、トレヴァーが強くなっていっているのか!?

 コバルト司教も氷の礫をトレヴァーに飛ばすが、弾き返されている。


 その時、キラキラと輝く金色の粒子が流れてきた。

 また、封印が解かれたとでも言うのか!?


 だが、金色の粒子はトレヴァーに纏わりつくと、細い金色の鎖となってトレヴァーの動きを阻害したのだった。


「くそがぁあッ!! またゴルドバーグかっ!!」


 トレヴァーが叫んだ瞬間、奴の右腕が斬り飛ばされた。

 クリムゾン将軍だ。


「ぐあぁあっ!」


 コバルト司教がすかさずトレヴァーの足元を氷漬けにして捕らえる。足元の氷と、金色の鎖に捕らえられているトレヴァーに、追い打ちをかけるように、今度は新緑を思わせる粒子が流れてきた。

 新緑の粒子はトレヴァーに纏わりついて、鎖へと変化した。


「ぐぅあぁ……」


 言葉が発せなくなったのか、トレヴァーが大人しくなる。

 さらには、大きくなっていた身体が元の人間の状態へと戻っていた。


 終わったのか……?

 トレヴァーは確かに捕らわれている。

 先ほどまで周囲に漂っていた黒緑色の粒子はすでになく、今は金と新緑の粒子が漂っている。

 重く息苦しかった空気が、澄んだ空気へと変わっていた。

 辺りは壊れたテーブルや棚、魔導具や書類が散乱してるが、ようやく終わったのだと実感できた。



 ◇



 その後、トレヴァーの取り調べが行われたのだが、人が変わったように言葉を発しなくなった。

 金と新緑の鎖を外そうかという意見も出たが、何が起こるのかわからない以上、手出しはできなかった。それに、黒緑の粒子が封印の解除なら、金と新緑の鎖は封印の証だろうと予測され、外す事はできないとの結論が出た。

 そのため、調査は何一つ進まず、トレヴァーは結界を強化した牢に放り込まれただけだった。


 また、金色の粒子の正体は、スフェーン伯爵の報告で判明した。

 テオドールが解明した古代語の発音を参考に、ゴルドバーグ卿に行ってもらった実験によって発生したらしい。

 黒緑色の粒子と新緑の粒子についても、グリーンウェル伯爵からの報告でわかった。

 黒緑色の粒子はトレヴァーの罠だったが、そこにオリアーナが持ってきた文言を言った事によって、新緑の粒子に変化したらしい。変化した粒子はグリーンウェル伯の生命力を奪う事なく逆に活性化したそうだ。良かった。

 そして、オリアーナが持ってきた文言もまた、テオドールからもたらされたものだった。


 これらのことから、テオドールにいくつか質問したのだが、偶然だと言い張るばかりで、何もわからなかった。

 ゴルドバーグ卿からはしばらく様子を見るので、そっとしておいて欲しいと頼まれた。

 何か知っているのなら、教えて欲しいが、無理も言えない。

 それに、テオドールもまたライラック公爵令嬢と同様、何も知らないままお告げのような形で言葉を発しているように見受けられる。やはり様子を見守る以外ないようだった。




 そしてもう一つの実験が行われる。

 テオドールの解明した発音で、セレンディアス王、クリムゾン将軍、コバルト司教、ブラックカラント公爵が、それぞれが所有する聖女の装飾品で実験したところ、それぞれの色――セレンディアス王が白、クリムゾン将軍が赤、コバルト司教が青、ブラックカラント公爵が黒――の粒子が立ち上り、牢にいるトレヴァーを鎖となって捕縛した。


 この事から、テオドールをはじめとする、それぞれの家の子供達には、六騎神の末裔として見守っていこうという事になった。

 特に、六騎神の片鱗を見せているであろうテオドールの動向には細心の注意を払うように通達がなされた。


 また、装飾品の実験を継続させるため、五家全てから、装飾品の返納が決定した。

 まぁ、秘密裏に行われたため、他の家は知る由も無い。が、噂というものはどこからでも流れるものだ。

 これで少しはテオドールの婚約話も良い方向へ進むのではないかと思う。


 ただ一つ、気になる事がある。

 クリムゾン将軍が斬り落としたトレヴァーの右腕。それが跡形もなく消えていた事だ。

 魔力の供給が無くなったため、消滅したのだろうと、兄貴もあの人も言うが、俺にはそうは思えない。

 何か嫌な予感がする。外れてくれていたらいいんだが。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

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