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36 両親は慈愛

36 両親は慈愛


 ベイツの店から帰る俺の足取りは重かった。

 もう、噂が一人歩きしていて、収拾がつけられないなんて……。


 でも。

 その事がわかっただけでも良しとしよう。無理矢理でも何でもポジティブに考えろ。後ろ向きでいい事なんて、何一つない。


 ルークのお陰で、俺の評判が悪いのもわかったし、色々な事情が絡み合って、俺に不利に働いているってだけで、父上とルークのお父上の仲が悪くはない、って事がわかったんだ。

 本人同士がちゃんと話し合っているなら、事態を覆す事が出来る可能性がある。


 それに、ベイツが「いつでも店に来てもいい」と言ってくれた。

 研究所所属だったベイツと、魔法省所属のトレヴァー、この二人と誼を結べたのは大きい。二つの組織の内情を教えて貰えたのも。

 そして、ルークと友達になれた事に、ルークのお父上の人柄がわかった事。

 うん、収穫はあった。


 精神的にボコボコにされたけど、ボコボコにされた甲斐はあったんだ。


 ――でも、ちょっと、誰か癒してほしい。

 よし、早く帰ってウェンディの笑顔見よう。


「テオドール様、大丈夫ですか?」


 大通りに出て馬車に乗り込む頃になって、リチャードが心配そうに訊ねてきた。

 いままで声もかけられないくらい、落ち込んでたように見えてたのか。ごめんな。

 なので、大丈夫だと笑ってやった。

 これくらい、何てことないんだから。そう、何てことない。


「おう、今日はまだ立ち直れないけど、明日になったら大丈夫だ。それよりリチャード。パーティーの招待が来ていたら、参加するぞ。フレドリックとエリオット殿下が出席しているのを優先してくれ」


 まずは、実践だ。フレドリックとエリオットの仲を取り持つ。数年はかかるだろうけど、多分、これが一番の近道だ。

 噂を払拭するには、それを上回る実績を出してやる。

 その上で、再びミュリエルに申し込む。


「はい。畏まりました」


 ホッとした様子で、リチャードが答え、ケヴィンが笑う。うん、頑張ろう。



 ◇



 夕暮れ時、王都の館に着くと、玄関先に馬車が止まっていた。ウチの紋章が付いているから、父上が出かけるのかな?


「ああ、テオドール、帰って来たね。おかえり」


「ただいま帰りました、父上。どこかへお出かけですか?」


「うん、ちょっと夜会にね」


 夜会かぁ。父上が行く姿を見るのは初めて見た気がする。俺が知らない時に行っているんだろうけど。いっつも昼にあるパーティーの方に、一緒に行っているせいかな。

 昼の装いとはまた違って、夜の装いは煌びやかに見える。


 じゃあ、今日は話を聞くことは無理かな。


「父上、お話があるのですが、帰って来られてから、お時間を取ってもらえますか?」


「今夜は遅くなるから、明日でもいいかい? 朝食の前に執務室においで」


「はい、それで構いません。今日あった事を聞いて頂きたいのと、聞きたい事があるので」


「わかった。必ず空けておくよ」


 頭を撫でられる。なんか、それだけで癒された気がする。


「――ああ、来たね」


 父上の目線の先、玄関ホールの階段上に、ドレスアップした母上がいた。

 ……すっごく綺麗なんですけど。俺、こんな母上、見た事ない。どうしたんだ。

 母上はゆっくり階段を降りて来た。


「おにいちゃま、おかえりなさいまちぇ。おかあちゃま、おきれいでちょう?」


 母上と一緒に降りて来たウェンディが、駆け寄って来た。

 ああ、ごめん。母上に見惚れて、気付いてなかったよ。


「ただいま、ウェンディ。うん、母上はとってもお綺麗だね」


「まぁ、テオドール。おかえりなさい。あまり遅くなってはいけませんよ。次はもう少し早く帰って来なさい」


「はい、母上。ご心配をおかけして申し訳ありません。ただいま帰りました。母上も父上とお二人でお出かけになるんですね」


「ええ。待っていてね、テオドール。きっと母が何とかします」


 へ? 何が?

 母上は俺をぎゅっと抱き締めた。


「ごめんなさい、今まで社交界に出ていなかった私を許してね。これからたくさん夜会に出るわ。一緒にいてあげられる時間が少なくなるけど、我慢してね。私もオーウェンと一緒に戦ってくるわ。あなたの為なら私は頑張れるから」


 ええと、ママン? 自分を追い詰めないで。

 ちょっと話がわからない。


「セリーナ、テオドールが驚いているよ。そろそろ出かけよう。遅れるわけにはいかないからね。時間も無駄にしたくない」


「ええ、オーウェン。テオドール、行ってくるわ。ウェンディ、タリアの言う事をよく聞いていい子にしているのよ」


「はい、おかあちゃま」


 侍女のタリアに抱っこされたウェンディが、母上に手を振る。


「父上、母上、行ってらっしゃい」


 二人は微笑んで、馬車に乗り込んだ。

 一体、何だったんだろう。



 夕食後、それとなくマーサに聞いてみた。


「奥様は、ご自分が社交界で果たさなければならない務めを疎かにしてきたと、悔やんでおられましたものですから……。ウェンディお嬢様もいらっしゃったのですから、仕方のない事ですのにね」


「うん、そうだね」


 気にしなくていいのに。

 この辺り、母上は思い込みが激しい。

 でも、父上も母上も考える事は一緒かぁ。評判を上げて行くしかないんだよな。


「でも、頼もしいよ。さすが母上だね」


「そうでございますとも。自らの子を守る為なら、母親はどこまでも強くなれるものなのです。坊っちゃまは、お気になさらず、旦那様と奥様に全部お任せしておけばよろしいのです。ご自分の事だけをお考えくださいませ」


 暖かい言葉に、心が癒されていく。

 気遣って貰えるのって、本当にありがたいな。

 俺も頑張ろう。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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