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35 抜け殻は魂

35 抜け殻は魂


「父上はちゃんと研究用に聖杖を提供しています。ふざけたことは言わないでください」


 ルークがお怒りだ。白衣(ベイツ)は肩を竦めて、わかっているさと、ぼやき、眼鏡(トレヴァー)は苦笑してる。


「じゃ、俺、カウンターで魔導具弄ってますんで、なんかあったら呼んでください」


「待て、テッド。どうしてこいつを連れて来た」


 店番なのか、バンダナ兄ちゃんが戻って行こうとすると、ルークが呼び止めた。


「いや、ルーク坊ちゃんのお友達でしょう? だって、ルカおばさんのドーナツ持って来てくださったんですよね? さっき、買い損ねたって言ってたじゃないですか」


 ああ、さっきの食堂のドーナツか。

 持って来たつもりはないんだけど、まぁいいか。


「いるか?」


 リチャードから受け取って、袋をルークに見せる。ルークは真剣な表情で、呻いた。


「……賄賂か」


「ぶはっ、何でドーナツ程度で賄賂になるんだよ。いらないんだったら、俺が食うぞ」


「待て!」


 袋を引っ込めようとすると、ガシッと腕を掴まれた。


「キミがそこまでボクに食べて欲しいと言うなら、貰ってあげようじゃないか」


 ルークが言うと、ベイツが吹き出し、他の大人達も苦笑していた。

 そんなに美味かったか? 普通だと思ったんだけど。

 それでもルークの手は死んでも離すもんかと握り締められていた。


 そうか、そんなに欲しいのか。


「じゃあ、魔導具について教えてくれ」


「くっ、やはり賄賂か。くそっ」


 悔しそうなルーク。いや、本気で悩むなよ。


「はぁ、いいよ、教えてくれなくてもやるよ。だから、睨むなって」


 袋をルークに押し付ける。

 ルークは嬉しそうに、袋を抱きしめて――我に返った。顔が赤くなってる。


「か、菓子ごときで、キミの事を認めたわけじゃないんだからな」


 ……ツンデレ?


「ああ、わかってるって。さっきの礼だよ。面と向かってはっきり言ってくれたお陰で、俺のやるべき事がわかったからな。ありがとう」


 頭は下げずに、礼だけ言った。

 ルークが呻く。大丈夫か?


「ふ、そこまで言うなら、ボクが直々に教えてやろうじゃないか」


「あ、うん、ありがと。けど、できればベイツさんに教えてもらおうかなって」


 自信満々に言うルークに悪いと思いつつ、もっと詳しそうなベイツに頼んでみる。

 そしたらもう、ベイツは大爆笑で、トレヴァーに背中をさすられていた。しばらく治りそうになかった。大丈夫かな?

 ルークはぶすくれている。もう、拗ねるなよ。



 ◇



「――で、テオドール君だっけ。何を俺に聞きたいのかな?」


 バンダナ兄ちゃん(テッド)が店番に戻り、一息つけようと、従者達が手分けしてお茶を入れてくれた。ようやく回復したベイツが、お茶を飲みながら訪ねた。


 んー、結局のところ、何で目の敵にされているか、ってのと、それを回復する手段があるのかって事なんだけどな。


「魔法省って、俺の父上を目の敵にしてるの?」


「魔導具の事について聞きたかったんじゃないのか」


 ルークが不貞腐れながら、ドーナツを頬張って、顔が蕩けてる。

 見てて面白い。

 本当に好きなんだな。


「いや、それも聞いてみたい気がするけど、さっきの議論聞いても、ちんぷんかんぷんで、俺に理解できるとは思えない。だから、気になる事に絞ろうかなって。魔力残滓なんて言われてもなぁ」


「魔力残滓ってのは、その名の通り、魔導具に残っている魔力の残りカスだよ。普通の家庭魔導具にはあまり見当たらない現象だけど、強力な魔導具には、稀に見る現象なんだ。魔導具の寿命を終えて、使う事も出来ないのに、魔力が留まるという現象がね」


 トレヴァーが軽い感じで教えてくれる。


「その魔力残滓のあるなしが、普通の魔導具と伝説級の魔導具の違いになるのか? 聖女のティアラとかが、そうなの?」


 へえ、魔導具って、そういう区分が普通みたいなんだな。計測器とかあるのかもしれない。

 なんか、ゲームみたいな扱いだなぁ。


「そうだね。製作時に込められた魔力量が増大である程、魔力残滓が多く残る傾向がある。数百年も魔力残滓が残っている聖女の装飾品は、本当に稀有なケースだね。だからこそ、伝説の魔導具と言われているんだ」


「それに、魔力残滓には特徴があってな、同じ性質を持つ魔力残滓はないんだ。それを利用して、君のお父上が返納したティアラも、その魔力残滓パターンを照合して、下賜された本物だと判定された」


 ベイツが追加で説明してくれた。


「でもって、これを解明する事によって、装飾品の復活を試みているんだ。魔力残滓が多く残っていても、魔導具として使用出来ないから、研究所では魔導具でないと一応結論付けたけどな。可能性は大いにあるはずだ」


「でも、大昔の品だろ? 復活なんてできるのかな? ――あれ? でも、研究所は魔導具じゃないって判断を下したんだろ? 何で、元だけど、研究所員だったベイツさんが研究してるの?」


「――君はお父上から何も聞いていないのかい?」


 何故か驚いたように、ベイツが俺を見た。

 へ? 何で父上が出てくるの?


「……そうか。これは俺が先走り過ぎたな。どの子もルークみたいな子じゃない事を忘れてた」


 ベイツが呟いて、謝った。


「すまない、その事は忘れてくれないか。いずれ、君のお父上から話があるだろうしね。――そうそう、魔法省が君のお父上の事を目の敵にしているのか、だったな」


 あからさまに話を変えられた。

 どうやら、ベイツさんが聖女の聖杖を研究しているのは、機密情報なのかもしれない。けど、俺にはいずれ教えて貰えると確信してるようだ。つまり、立場上、俺は知っておかなければならない事か。俺に教えるのは吝かじゃないが、父上の許可がいるって事だな。

 ……何だろう。何か起こるんだろうか。


「はっきり言って、していない。魔法省はゴルドバーグ卿の返納を大いに歓迎した。研究対象が増えるからだ。実際、研究は行われている。ただ、あの人の態度が悪いせいで誤解を招いているだけだ」


 は? それ、どう言う意味?


「グリーンウェル長官はね、酷い皮肉屋でね。聞いた話では、返納を通達してきたゴルドバーグ卿に『君には五家の誇りというものがないらしい』って、言ったらしいよ」


 トレヴァーが苦笑して言った。


「本当は嬉しかった癖に……。人の目を気にし過ぎなんだ、あの人は」


「仕方がないでしょう。王家から賜った宝物ですよ。それを返納だなんて、いらない噂を呼び込んでしまうに決まってる。父上はゴルドバーグ卿のことを心配して言ったんです!」


ルークが抗議するが、ベイツが不満げに吐き捨てる。


「言い方が問題だ。あれは文句を言っているようにしか聞こえない。後でウチの兄貴が謝って、研究所(ウチ)はゴルドバーグ卿を支持したんだ。そしたら、魔法省(あっち)が対抗しやがって……」


「言っておきますが、父上は抑えようとしたって言ってました」


「ああ、うん。『ゴルドバーグ卿の事は関係ない』といつも言っているけど、そういう意味かぁ。みんな、逆の意味で取っているみたいだけど」


 ルークの擁護は、トレヴァーに切って捨てられた。


 ……という事は……


「全部、誤解から生まれてるって事!?」


「まぁ、そうなるな」


「そんな……じゃあ、ミュリエルと婚約出来ないままなのかよ……」


 両手をついて、項垂れてしまった。ちょっともう、勘弁してほしい。

 魂が抜けそうなんだけど。


「どう言う事だ?」


 ベイツが訊ねるので、もうヤケだ。全部話した。


「……あの人は……」


 蟀谷(こめかみ)を押さえ、ベイツが嘆息した。

 そして、俺の肩に手を置き、


「強く生きろ」


 とだけ、言った。


「――っ、ふざけんなぁああああああああ!!」


 もう暴れてもいいよね、コレ。

読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。


ルカおばさんのドーナツ:緑の好感度アップアイテム

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