32 子供は誰
32 子供は誰
頭を抱えているルークに、おばちゃんが注文を取りに来た。ルークは慣れた様子で飲み物を頼んだので、俺も同じものを頼んだ。隣のテーブルにいる、リチャードやケヴィン、ルークの従者達も同じだ。
店は小さな大衆食堂みたいな雰囲気の、穏やかな店だ。気の良さそうなおばちゃんが切り盛りしてて、なんか近所にあったお好み焼き屋を思い出すな。
入り口から一番奥のテーブルを俺達が陣取り、そのひとつ手前を従者達が押さえる事によって、俺達のテーブルはちょっとした隔離空間になっていた。へー、面白いな。
おばちゃんが飲み物を運んで来てから、俺はルークに率直に聞いてみた。
「それでさ、魔導具について知らない事だらけで、勉強に来たんだけど、何処で何をどう聞けばいいのかわからないんだよな。だから教えてくれ」
この場所に慣れてそうだし、手掛かりだけでも教えて欲しい。
ルークは何故か溜息を吐いて、苛立たしげに俺を睨んだ。
「何が『それで』なのかわからないし、どうしてボクが教えなければならないのかも、わからない。図々しいにも程がある。魔導具について聞きたいのであれば、キミの領地にも、魔導具研究所があるはずだよ。そこで聞けばいい事だ。キミはいつも領地に引っ込んでいるんだから、帰れば問題解決だね。じゃあ、ボク達はこれで」
いやいやいや。帰れるわけないじゃん。
往復二週間かかるんだよ。急げばもう少し短くできるだろうけど、そんな悠長なことはしてられないんだ。
慌ててルークの腕を掴む。
「頼むよ。魔導具について知りたいんだ。一般の魔導具と伝説の魔導具の違いとか、魔導具研究所と宮廷魔法省の違いとか、何で魔法省が聖女の装飾品を研究してんのかを」
「本当の馬鹿か、キミは」
手を払い退けられ、睨まれた。
「こんな所で、そんな事を聞いてみろ。魔法省に捕らえられるぞ」
へ? 何でそんな事で捕まるんだよ。
「まったく、無知にも程があるだろう。アレを研究している事は、秘密という事になっているんだ。たとえ噂話があったとしてもね。魔導具研究所が発表した内容が公的事実だ。キミはそれを疑うっていうのかい」
あー、建前上はそっちが優先されるのか。もー、めんどくせえ。
「だいたい、何故キミが突然魔導具に興味を示すのか、わからないね。いつものように、女の子みたいにレース編みで遊んでいるのがお似合いだよ。それとも遊び友達もいなくなったのかな」
「う……」
そっか。遊び友達もいなくなったのか、俺。
するとルークは急にニヤニヤしだした。
「そうか、ようやくミュリエル嬢も見放したんだね。キミみたいなヤツと一緒にいたら、お父上に迷惑がかかる。賢明な判断だね」
何も反論できねぇ。全部本当の事だ。
「これでミュリエル嬢も、社交界に戻れるね。良かった、良かった。オリアーナ嬢達も肩の荷が下りた事だろう。彼女達は本当に心配していたからね。キミと一緒にいる事で、ミュリエル嬢が仲間外れにされてしまう事を」
思わず、ルークの顔を凝視した。
そんな事になっていたなんて、知らねぇぞ。
「……キミは、本当に何も考えていないんだね。確かに、あの方の境遇は大変だろうと思うよ。だけどね、国を割るわけにはいかないんだ。ボクらにも守るべき民がいる。ただあの方が嫌っているからとか、そんな子供じみた理由で遠ざけているとでも思っていたのかい? そんな訳ないだろう。みんな背負うものがあるんだから」
――――ッ!
その通りだ。考えなしなのは、俺だった。
父上が言う、「大丈夫だから」という言葉に甘えてた。
子供だからなんて言い訳も通用しない。コイツらは、もうすでに仕事をしてる。日本みたいに学生の間は子供のままでいられるなんて、そんな甘ったれた事、この世界では許されていなかった。
蔑まれた目で見られるのは、当たり前だ。
「ルーク、ありがとう。目が覚めた。その上で頼む、教えてくれ――教えてください。君の父上は、俺の父上を憎んでいるのか? 聖女の装飾品はそれだけ重要なのか?」
ルークは、ジッと俺を見つめて、深く、深ーく、溜息を吐いた。
「その、過ちをすぐに認められるのは美徳だと思うけどね、すぐに頭を下げるのは舐められて当然の行為だと気づけよ。だから、キミに近寄らないんだ。爵位が上のキミに頭を下げられた下の者は、困るんだよ。その事に気づけ。ボクが教えられるのは、それだけだね」
じゃあ、と言って、ルークが席を立つ。
「ああ、そうそう。父上がキミのお父上を憎んでいるか、だって? 見縊らないでもらおうか。父上がたかが返納程度で恨みになんて思うものか。ちゃんとキミの父上はボクら五家全員の家に断りを入れたし、父上達も了承した。騒いでいるのは周りだ。そしてキミの行動がそれを裏付けていただけだよ。あの方は強かだからね。何を吹き込まれているのか知らないけど、人が良すぎるのもいい迷惑だ」
そう言い捨てて、ルーク達は帰って行った。
俺は動くことができなかった。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
な、なんかすごい勢いで慄いているんですが。
ありがとうございます。




