26 とある公爵令嬢の呟き その2
26 とある公爵令嬢の呟き その2
まずは言葉を覚える事、話す事、読む事を頑張った。
誰かが話しているのを聞いては、繰り返し真似していった。
おかげで普通の子供よりも早い段階で、話せるようになった。
文字が読めるようになったら、貪るように本を読んだ。
ゲームの設定と、この世界での歴史のすり合わせをしたかったから。
大幅に違う事はなく、『聖女伝説』も設定通りで、ゲーム世界である事を裏付けた。
本当は違うんじゃないかという希望は、へし折られてしまった。
ペンを持てるようになったら、今のうちに、『聖六』で覚えている事全部を、日本語でメモった。記憶が曖昧になる前に書き留めておかないと。日本語で書いたのは誰にも読まれないための措置だ。
それぞれのキャラの攻略ルートに、逆ハーレムルート。前提条件や、趣味、キャラ好感度アップ用のアイテムに食べ物。ついでに誕生日と星座と血液型。
うん、あるんだよ。異世界設定なのに、暦は三百六十五日、十二ヶ月、星座も血液型も日本仕様だ。さすが乙女ゲー。
好感度アップアイテムには、チェスもリバーシも、ストラップに誕生石だって揃ってる。
食べ物だって、攻略対象者が好きな物は、オムライスやラーメン、パフェにプリン、お好み焼きだったりするから、当然のようにこの世界に存在する。
公爵家なのに、ハンバーグ定食が出てきた時には、ガッカリ感というか、貴族なのにという、何故か残念な気持ちになった。日本風すぎて、異国情緒を堪能できない感じかなぁ。
美味しいから良いんだけどね。
毎日フランス料理フルコースよりはマシかもしれない。貴族に対する偏見かもしれないけれど。
なので、厨房にはコンロと冷蔵庫、オーブンに炊飯器まで常設だ。さすが乙女ゲー。
さらにさらに、お風呂もシャワーもあるし、トイレも水洗だ。洗濯機まであるよ。
うん、乙女ゲームなら、みんなキラキラしてないとね。
中世ヨーロッパのようなインフラじゃあ、乙女の心はときめかない。
下着だって水着だって揃いまくりだ!
なんたって、超有名イラストレーターさんがキャラデザしたんだもの、衣装だって素敵デザインが揃ってますのことよ! コスしたいくらいに!
……婚約破棄後の前世知識チートぼったくり作戦は無理ですか、そーですか。くすん。
そんな感じで、この世界の知識や歴史、常識をできるだけ詰め込んでいると、いつの間にか神童とか呼ばれてましたよ。
お父様は大喜びです。
聖女の再来だなんだと、騒がれてしまいました。
……どーしてこうなった。
◇
三歳になる頃には何故か来る客が、色々な問題をわたしに聞くようになってきた。
足し算とか、引き算とか、本当に頭が良いのかを確認しに来たのだろう。その割に、質問はお子様がお勉強してるの、偉いね、程度のものだったけれど。うん、わたしも有り難かった。お父様の自慢を本気にして、本当の悩みや問題なんか持ち込まれても答えようがないもの。
中には因数分解なんかを持って来て、小馬鹿にしようとする大人気ない人もいた。
親バカのお父様を嗤うために見えたから、つい腹が立って、解いてしまった。
そしたら、もう、お父様が大喜びしてしまって。大人気ない人は悔しそうだったから、良かったと言えば良かったんだけど、失敗したかも。
でも、そのおかげ? で、王家から王太子との婚約話が来たらしい。
一応シナリオ通りだから、順調と言ってもいいだろう。
そんなある日、お父様にネイト・ゲイソン男爵と名乗る男性を紹介された。
四角い顔の、がっしりした人だった。アメフトとかラグビーとかでもやっていそうな感じ。笑うと爽やかスポーツマン風で、ガチムチ系が好きな人には垂涎モノだろう。
そんな外見なのに、魔導具を研究している人らしくて、お父様に資金提供のお願いに来ていたんだそうだ。他の人にも援助してもらっているらしいが、事業拡大を狙っているようで、お父様にも援助して欲しいらしい。
今日は挨拶のみで、すぐに領地に帰るらしいけど。ゴルドバーグ領の近くだそうだ。
「ライラック公爵様と、カトリーナお嬢様に、我が研究の成果をご覧頂こうと思いまして、持って参りました。どうぞ、お納めください」
そう言って、宝石箱を開けると、中には紫水晶のネックレスと指輪があった。
公爵令嬢のスチルに常に描かれていたモノだ。
彼女がいつも身につけていた、妖しげに光るネックレス。
――これは、ダメなヤツだ。
何がどうダメなのかわからないけど、身につけちゃ絶対にダメだ。
ユーザー経験が、警鐘を鳴らしてる。きっとこれがきっかけだ。
「ほう、見事な紫水晶だが、魔導具には見えんな。これはどういった効果を持つのかね?」
「気分を落ち着かせる効果がございます」
「それだけかね? わざわざ魔導具にせずともよいのではないか? この程度の研究結果しか出していないのなら、資金援助は諦めて貰うしかないが」
「いえ、それはただお近づきの印に持って来た物です。どうか、手に取ってご覧ください」
ダメだ!
「お父様! 私、この宝石が気に入りました。お母様にもお見せしたいと思います。持って行ってもよろしいでしょうか」
言いながら、宝石箱ごと持ち去る。許可なんか待っていられない。
「カトリーナ様! ここで、身につけられてはいかがでしょう」
「いいえ。こんな素敵な紫水晶はお母様と一緒に見たいですわ。ゲイソン男爵様、ありがとうございます。失礼しますわね」
部屋でお父様と男爵が叫んでいるけど、構ってられない。
そのまま、裏口を抜け、庭師の小屋の裏まで走る。
「お嬢様、お嬢様、どうされたのです? あの様なお振る舞いは淑女として、してはならない事でございますよ。今すぐお父上様と男爵様に、お謝りにならなければ……」
侍女のメリエルが追って来るけど、お願いだから後にして。
宝石箱を逆さにして、ネックレスと指輪をぶち撒け、そこにあった大きめの石で叩き潰す。
「お嬢様!」
何回も何回も石で叩き、大粒の紫水晶がヒビ割れるまで、台座が壊れるまで、ついでに宝石箱もグチャグチャに叩き壊した。
「お嬢様、お嬢様! 誰か、お嬢様が!」
それから私は気が狂ったと、無理矢理連れて行かれて部屋に軟禁状態にされた。
けれど、すぐに解放された。
十数日後に、ゴルドバーグ領でゲイソン男爵が捕縛されたそうだ。
「ゲイソン男爵は、危険な魔導具を作っていたそうだ。カトリーナが壊した紫水晶も危険な術式が刻んであったそうだ。お前は知っていたのかい」
「いいえ、お父様。私は何も知りませんわ。でも、あれは駄目だと思ったのです」
「そうか」
でも、前もって相談する様にと、注意された。
それ以上は何も言われず、また普通に生活できるようになった。
そうして数日すると、王家からの召喚があった。
わたしと王太子エリオットの顔合わせの為だ。
王宮で国王陛下にご挨拶し、今回の魔導具についてのお褒めの言葉も賜った。
そしてエリオットと面会した。
相変わらず、仏頂面だ。何もかもが面白くなさそうで、つまらないといった表情。
両親とも、フレドリックとも碌に合わせてもらえず、王になる為の勉強を強いられる日々。
フレドリック大好きの癖に、庶子であるフレドリックに会えない不満が渦巻いて、何故か恨みにまで思って病んでしまっている可哀想な子。
ごめんね、わたしじゃ癒せない。
ヒロインちゃんに癒されてください。
形式だけのお見合いが終わり、帰る途中、遠くの庭園でこちらを伺う子供が見えた。
フレドリックだ。
一目でわかった。
寂しそうに、ひっそりと誰にも顧みられない日々を過ごす少年。
言いたいな。友達になろうって。
でも言っちゃ駄目だ。
ヒロインちゃんがきっと見つけてくれるから。だからごめんなさい。
でも……でも、言いたいよ。
ああ、やっぱり、わたしはフレドリックが大好きだ。
でもそこに居るのに、手を伸ばせない。伸ばしてあげられない。
ごめんね。本当にごめんね。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。




