147 とある侍女の呟き
コミカライズ【WEBコミックガンマぷらす】にて第3話前半が公開されました。
ぜひ、ご覧ください。
147 とある侍女の呟き
「なんなのよ! なにがどうなっているの!?」
人気のない林に逃げ込んで、私は変化を解いた。
あの巨体ではすぐに見つかるため、岩山を越えたらすぐに体を小さくした。普通の蜥蜴と比べると大きかったが、岩陰に身を隠せば、追っ手には気づかれなかった。
追っ手を撒いたあとは、こうして人気のないところで人間の姿に戻れば、あの蜥蜴が私だとわかる者はいないだろう。
だが、安心はできないでいた。
魔素溜まりを浄化するような相手だ。用心に超したことはないだろう。
『ヴィオラ、大丈夫?』
私と同化した蜥蜴の魔物が、心の中に問いかける。
レイヴンのように抵抗したわけでもないのだが、なぜか私と蜥蜴の意識は同化しなかった。
そのかわり、こうやって時折話しかけてくる。
『あいつら、怖かったよねぇ』
幼さの残る口調で、蜥蜴が話す。
実際、この蜥蜴は同化したときから子供のようだった。数百年経っても、それは変わらない。
『でも、どうしよう。浄化されちゃったねぇ。どうしたらいいかなぁ?』
「どうもこうも、そのまま報告する以外ないでしょう」
ヴィンスとラモーナが学園を出たことに疑問を持って追いかけてみたら、結界石が破壊されて、魔素溜まりが浄化された。
報告をするなら、そう言う以外にない。ほかにどう言えというのか。
そもそも、伝令役のレイヴンはどうしたのだろう。
なにか変わったことがあるなら、あいつが報告しなければならないのに。
「だいたい、どうして人間如きが魔素溜まりを浄化できるのよ」
できないはずだ。
あれはあの憎たらしい小娘――アイリーンの闇の魔力を変化させ、凝縮した結界石を要としている。さらには人間たちの恨みや憎しみをありったけ詰め込んだ。怨嗟の声は極上の呪いに変化し、王国を滅ぼす毒となる。
さらには太古では魔力の流れの要とされていた場所――いまでは忘れ去られている場所を選んで設置した。
六年をかけて設置したそこは、〝黒い稲妻〟の合図で発動し、魔素溜まりを生み出し、王国全土を覆い尽くす。
そして影たちは魔物の体を得て、魔王様の国となった王国で幸せに暮らすのだ。
たとえ気づかれたとしても、ただの人間には対処できない。
魔素溜まりはただの魔力ではない。
安らぎを与えるはずの闇の魔力は、闇に葬られた恨みや憎しみ、人間の負の感情を与えられ
、恐ろしい闇へと変じたものだ。
もともとアイリーンの魔力はそういった負の感情と馴染みやすく、また、強い。
並みの人間以上の魔力は、魔王様の魔力に匹敵し、そう簡単に破れるものではない。
そのはずだ。
それこそ、聖女でもなければ、打ち払うことなどできないだろう。
今代の聖女カトリーナは学園にいる。まだ、聖女として覚醒はしていないはずだ。
だが、あの短剣で魔素溜まりを浄化したのは、男だった。
たった一撃。しかも短剣で結界石を破壊し浄化するなんて。
魔素溜まりを利用して、影たちを呼び出すこともできなかった。
いまだ影としてしかこちらに現れることができないが、それこそ、あいつらに恐怖と混乱を与えて蹴散らせるはずだったのに。
『あたしもヴィオラも戦えないものねぇ』
「元踊り子だった私に、そんなもの期待しないで。それこそ、あんたの領分でしょう」
『あたしも炎のブレスを吐くだけしかできないもん。はぁ……蛇を連れてくればよかったねぇ』
それは言っても仕方がない。
ヴィンスとラモーナの動向を探るだけのつもりだったのだから。
アイリーンと離れられないはずのヴィンスの様子も気になるが、まずはあの短剣を持つ男だ。
あの男、今度会ったら、絶対に殺さなければ。
罠でもなんでも使って捕まえてやるわ。
そして、あの綺麗な顔をズタズタにして、輝く金髪を切り刻んで――金髪ですって!?。
「まさか、テオドール!?」
私はテオドールの姿を知らない。
学園では寮に籠もっていたし、姿を見る必要を感じなかった。
呪いで精神を殺したはずだったし、その後も周囲に忘れ去られたあと、魔王様の身代わりとして人間どもに追い回され、処刑する予定だった。
『テオドールなの? まだ死んでなかったんだ。〝黒い稲妻〟のあとに立ち上った、光の柱が原因なのかなぁ? どうりで、レイヴンからテオドールの死亡報告がなかったわけだねぇ。さすが六騎神の末裔って感じかなぁ?』
まだ生きているのだ、あいつは。
わずか三歳で母ターラの計画を見破り、追い詰めたあいつが。
なんらかの方法で、呪いを避け、魔素溜まりを浄化する手段を手に入れたのだ。
「ほんと、しぶといったら……!」
毎度毎度、悉く邪魔してくれるわね。
『だけど、それならそれで、鴉の奴、テオドールが生きているって報告をしてくれればよかったのにねぇ』
「役立たずの無能なんか、どうだっていいわ」
『そうだねぇ。あいつ、魔王様に反抗的だったし。逃げちゃったのかも』
「予定変更よ。先にテオドールを殺すわ。報告はそれからよ」
早く殺しておかないと。
これ以上、予定を狂わされるのはごめんだわ。
『うん。そうしよう。殺したあとなら、怒られないよ』
すみません遅れました。
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