143 ひょうたんからコマ?
すみません。遅れました。
コミカライズの続報です。
ニコニコ静画でも第1話が公開されています。
ぜひ、ご覧ください。
143 ひょうたんからコマ?
早朝、俺たちは手早く準備をすると、ケヴィンの案内で魔素溜まりへと向かった。
ケヴィンやアランたちは、家に帰ったようで、スッキリした様子だった。
「さあ、なにが起きるか、楽しみだな」
朝から元気なのはベイツだ。
昨日までの疲れはどこかへ行ったのか、張り切っている。
そして。
重い雰囲気を漂わせているヴィンスと、気分がよさそうなラモーナが対照的だった。
「ねぇ。昨日のあれはなんだったの?」
俺の姿を見るなり、ラモーナが尋ねる。
夕食のあと、ラモーナにも魔剣に触ってもらったのだ。
「軽く衝撃はあったけれど、なにも変化はなかったわ。なにかの儀式?」
「そんなところだ。ラモーナにはなにもなかったかもしれないけどさ、あいつには結構効いたみたいだな」
と、ヴィンスを見る。
「学園にいたころより、マシになっていると思わないか?」
「そうね。そのとおりだわ。それなら、私は貴方にお礼を言わないと。ヴィンスの目を覚ましてくれてありがとう。私ができなかったのは残念だけど、正直言って、解決策なんてなかったもの。とても助かったわ」
「そいつはよかった。――まぁ、実際にやったのはジンだけどな」
「あら、それならお礼は精霊王に言うべきだったわね。でも、正直に言わなくてもよかったのに」
ラモーナがクスクス笑う。
「黙ったままだと、モヤモヤするんだよ。だいたい、俺は魔剣が使えるってだけで、なんの力もないしな。借り物の力を、自分の実力だとは思わないよ」
「――それだけでも、十分立派よ。勘違いする人もなかにはいるもの」
ラモーナが笑った。
◇
目的地の村は、領都の北西にある。
途中までは整備されていたのだが、だんだん道が細く、荒れてきた。
踏み固めてあるが、整備された道ほど早く走れなかった。
でも、行軍が緩くなったお陰で、ヴィンスと話ができそうだった。
「でさ、正直なところ、ラモーナをどう思っているんだよ」
「唐突になにを言い出すんだ、お前は」
迷惑そうに、ヴィンスが言う。
「いいじゃん。答えろよ。いまなら、ラモーナからも遠いから聞かれないぞ」
ラモーナは行軍の中央に配置された。
ジンと楽しく話している。
その姿を見たヴィンスは不機嫌が増した。
「……前に言ったとおりだ。俺は彼女に相応しくない」
そうじゃないだろ!
「相応しい、相応しくないとかじゃなくて、お前の気持ちを聞きたいんだ。ラモーナより、アイリーンが好きなのか?」
「それは……ない、はずだ」
困惑したように、ヴィンスが答えた。
「はっきりしないな」
「……お前にはわからないだろう。俺もなぜ、アイリーン嬢にいいよっていたのか、わからない。こんな妙な感覚は、はっきり言って、気持ちが悪い」
どうやら、言い寄っていたという記憶はあるらしい。
だが、理由がわからないらしかった。
ひょっとして……
「なぁ、魅了の魔術って、あるのか?」
振り返って、馬車にいるベイツに聞いてみる。
ジンが男は嫌だと、ベイツの馬車を先行させたのだ。
窓から身を乗り出して、ベイツが話した。
「そういう精神に影響を与えるような、魔術や魔導具は禁止されているね。研究もされていない。ただ、昔は研究されていたようだよ。ただ、眉唾ものかな。精神に影響を与えると言っても、その効果をはっきりと確認はできないからね。個人の思想、感情、経験などによって効果は様々だ。ただの思い込みだってある。それらと魔術の影響でなったなんて、どう判断しろって言うんだい?」
ベイツはそういう類いの魔術は嫌いなようだ。
「俺が読んだことのある文献には、無理やり人の理性の箍を外して、欲望を増進させて狂わせたりしたそうだけど、そんなもの、よくある話だろう? それを発展させて精霊を狂わせる研究していたとか、記述されていたけど、胡散臭いしね。ともかく、魅了ってのは、個人の資質に左右されるものだから――」
「いや、それだ」
「魅了があるということか?」
ヴィンスが聞く。
「違う。精霊を狂わせる魔術だよ」
ベイツが馬鹿にしたような顔になった。
「さっきも言ったように、そんな魔術は――」
「ある。ジンの娘が人間に狂わせられた。魔素溜まりを使って」
ジンの過去はまだ誰にも話していない。
ジンが話したくなかったようだから。
だから、概要だけ話した。
「それが魔王誕生のきっかけになった」
妙な沈黙が下りる。
「……つまりは、この先にある魔素溜まりが、精霊をも狂わせる元凶なのか。結果として、魔王を生み出した……?」
ヴィンスが呟く。
「そうなるな」
「危険じゃないか!」
「だから、浄化しに行くんだろ。俺しか魔剣を使えないし。これでしか、浄化できないし」
「そんな重大な役目を果たすのに、そんなのんきにしているな!」
なぜかヴィンスに怒鳴られた。
「いや。下手に気負って悲壮になられるより、マシだろう。――これは、調査のしがいがある」
ベイツは不敵に笑っている。
どうやら、研究者としてのスイッチが入ったようだった。
あ。
ヴィンスにラモーナのことを聞きそびれてしまった。
◇
領都から北西にある小さな村に着いたのは昼前だった。
すでに封鎖された村は、武装した兵士たちが警戒しており、村人たちは近隣の町へと避難したそうだ。
兵士たちはケヴィンの姿を見つけると、挨拶もそこそこに報告をしてきた。
魔素溜まりはうっすらと光る壁が、押しとどめているらしいのだが、少しずつ広がってきているそうだ。
「光る壁?」
「〝黒い稲妻〟が落ちたあと、光の柱が立ち上っただろう。その光はゴルドバーグ領都の神殿から発せられたらしいが、その後、ここに集まって壁になったようだ」
ケヴィンが説明してくれる。
そして、その場所に案内された。
岩山を中腹まで登ったそこは、あたりに魔素が漂っていた。
光る壁があっても、気分が悪くなってくる。
兵士たちは念のため、三時間ごとに交替しているらしい。
いい判断だ。
魔素溜まりの中央には、女神像があった。
「あれは?」
尋ねると、ケヴィンが答えてくれた。
「遙か昔に建立された、大地母神像だ。かつての聖女が現れる前からあったらしい。昔は近隣の村々から参拝に来ていたようだが、各村々に神殿が建てられ、聖女像が祀られてからは、忘れられたようだ」
ああ。日本でもそういうのあったな。
山奥に祀られていた神社が荒れているのを、なにかで見た気がする。
「ともかく、あの女神像が元凶かな?」
そう言うのは、ベイツだ。
魔素の栄養で顔色は悪いが、興味津々で女神像を見ている。
「いや――違うと思う」
黒の樹海で見た要石のように、妖気とも呼べる気配がない。
「そうだな。たぶん、あれも偽物だろう」
道中、ラモーナと楽しく話していたジンも、気を引き締めたようだ。
ともかく、ここからじゃあ、詳しくわからない。
「……仕方ない、行ってみるか」
俺は覚悟を決めて、光の壁をくぐった。
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