142 犬も食わないのはよくわかる
コミカライズの続報です。
【WEBコミックガンマぷらす】にて第1話が公開されました。
ぜひ、ご覧ください。
142 犬も食わないのはよくわかる
腰の剣を抜いたラモーナは、切っ先をヴィンスに突きつけて挑発した。
「さあ、ヴィンス。構えなさい。それとも、お得意の言い訳――女に剣は向けられないと言って、逃げる気かしら?」
「…………」
それでもヴィンスは躊躇った様子で動かない。
それが余計にラモーナを苛つかせたようだ。
「私よりあの女がいいのなら、正直に言ったらどうなの? 筋も通さす、断りもせず、だらだら関係を続けようだなんて、礼儀を失しているのは、貴方ではなくて?」
「そ、そんなつもりは……」
「ぐだぐだ言い訳するなと言っているの。きちんと正面から私の目を見て話しなさい! 貴方、それでも騎士なの!?」
怒ったラモーナは怖かった。
だけど、ド正論だから、なにも言えない。
だから、俺に助けを求めるなって。
捨てられた子犬のような目をしたって、駄目だからな。
「早く構えなさい。貴方の本気を私が見定めてあげるわ! 貴方が本気であの女を――好きなのかどうか」
「それは……違う」
「どう違うの? 貴方があの女に言い寄っていたのは事実だわ」
「それはそうだが……」
おい、そこで口ごもるな。
はっきり言わないと、ラモーナだってわからないだろ。
素直に目が覚めたと言えばいいんだ。
なのにヴィンスは黙ったままだ。
「ああもう、煮え切らないわね。いいわ。甘んじて卑怯の誹りを受けるわ。行くわよ」
言うが早いか、ラモーナはヴィンスに斬りかかった。
慌てて剣を構えながら、ヴィンスが受け流す。
ラモーナはヴィンスが躱すのを見越していたようで、続けざまに剣を繰り出す。
ヴィンスはその悉くを防いだ。
だが、反撃の隙がないのか、防戦一方だ。
それとも、反撃を躊躇っているのか。
「迷いすぎだわ、その剣。いい加減にしなさい。目の前のことに集中して。いま、貴方の相手をしているのは、私よ!」
吠えたラモーナの剣戟が激しくなる。
ヴィンスはかろうじて躱しているが、反撃らしい反撃をしないでいる。
それがラモーナをさらに苛つかせた。
「――いい剣筋だ。勇猛果敢にして可憐。素晴らしい女性だな。名はなんという?」
いつの間にか側に来ていたジンが、面白そうにラモーナを見つめていた。
「……人間の名前は、覚えないんじゃないのか?」
「女性は別だ。特に、あれほど素晴らしい魂の輝きを持つ者ならな。さぞ美しい名前だろう」
早く教えろと、視線で急かされるので、仕方なく教えてやった。
「ラモーナ。ラモーナ・ガーネット侯爵令嬢だ」
「ラモーナか……うん、いい名だ」
「お前ら、なにを話している!」
ラモーナを相手にしながら、ヴィンスが俺たちに向かって叫ぶ。
彼女の話題を耳ざとく聞きつけたようで、こちらを気にしているようだった。
「余所見をしない!」
ラモーナはヴィンスの剣を弾き飛ばした。
そして、切っ先をヴィンスに突きつける。
「……ヴィンス。貴方、本気でやる気があるの? 貴方に危害を加えようとした者に対して、その覇気のなさはなに!?」
「怪我をさせる気はなかったと、わかっているからな」
「――私を馬鹿にしているの? 本気で斬りかかったのよ」
「馬鹿になどしていない。君の技量は確かなものだ。だからこそ、わかる」
まぁ、ラモーナは剣の扱いをよくわかっているからな。
下手に相手に怪我をさせないで、無力化することぐらいできるだろう。
「……当然でしょう。私は修練を怠ったことは一度もないわ」
「知っている」
照れくさそうにしているラモーナに、ヴィンスが笑いかける。
なんで、さっきの殺伐とした雰囲気から一変していい雰囲気になっているんだよ。
こいつら、いつもわかんないんだよな。
喧嘩していると思ったら、なんかすぐ仲直りしているし。
そのいい雰囲気を壊すように、隣から拍手が鳴った。
「いや、いいものを見せてもらった。剣の聖女の腕前が見られるとはね」
……こいつ、男と女とで態度違いすぎだろう。
「け、剣の聖女だなんて、そんな……こと、ありません」
ラモーナが嬉しそうに照れる。
そういや、ラモーナは剣の聖女に憧れていたんだっけ。
「……精霊王。ラモーナは手練れだが、聖女ではない。そのような言い方は誤解を招くと思うが」
ムッとしたヴィンスが、ジンに向かって文句を垂れた。
こいつのイヤミって、初めて聞いた気がする。
「いや。あのような素晴らしい剣舞なら、剣の聖女と言っても差し支えないだろう」
「真の聖女がいる以上、紛らわしいと言っている」
「へぇ、真の聖女ねぇ。お前の言う聖女って、誰だ?」
「決まっている。カトリーナ嬢だ!」
おい、言い切ったぞ。出発前とは大違いだな。
でも、これで魔剣の効果が実感できた。手応えがあると、やる気が出てくるな。
ラモーナも気づいたのか、驚いたようにヴィンスを凝視していたと思ったら、嬉しそうに涙ぐんだ。
だけどヴィンスは自分がなにを言ったのか、気づいていない様子だった。
「そうかい。――でもさ、彼女もイケてるよな?」
ジンが満足そうに頷く。
「俺に聞くなよ。まぁ、ラモーナは強いからな。だけど、聖女は言い過ぎじゃないか? 俺なら、そうだな……剣姫とかいいと思うけどな」
前世のゲームとかアニメとかでよく見る呼び方だ。
「剣姫ねぇ……うん、いいね。悪くない。剣姫ラモーナ。そう呼ぶよ」
「……は、はいっ。それでお願いします!」
そして、ラモーナはすぐにジンに向かって跪いた。
「精霊王とは知らず、失礼致しました。私はガーネット侯爵が娘、ラモーナと申します。父から、貴方様と魔剣使い殿が異変を止めるために各地を訪れてくださるのだと聞いております。その旅に私も同行させて頂きますよう、お願いするために参りました」
いや、どう見ても、ヴィンスを追いかけてきたとしか見えないんだけど。
でも、それだけじゃ付いていく理由として弱いから、建前を用意したのかな?
「また、素晴らしい名をつけて頂き、感謝申し上げます」
「構わない。花があるのはいいことだ」
ジンがラモーナの同行を勝手に決めてしまった。
「お待ちください、精霊王! 確かにラモーナは剣の腕が立ちますが、女性です。危険な場所へ赴く我らに同行することは、賛同しかねます!」
「そうだよ! 女の子をあんな魔素溜まりに近づけるのは、危険すぎる!」
ヴィンスも俺も、反対する。
魔素溜まりの周辺はかなりキツイ。
いくらラモーナが強くたって、あんなところに連れていけるか。
「ヴィンス。なにを言っているのかしら?」
ラモーナが笑いながら怒っている。
だけど、こればっかりは許可できない。
「むさい男ばっかりだから、女の子がいると嬉しい。お前たちもそうだろう」
「そうだけど、そうじゃねぇだろ!」
「あら。魔剣使い殿は、私の腕前が信用ならないと仰るのね」
ラモーナが不満を露わに、俺に詰め寄る。
「そんなことは言っていない! 君が俺より強いのは知っているけど、それとこれは別だ。本当に危険なんだよ、あそこは。ジン! お前、無責任に同行を許可するなよ!」
ラモーナから逃れ、ジンに怒鳴るが、どこ吹く風だ。
「まぁ、お前たちが置いていきたいなら、それでもいい」
どっちでもいいなら、口を挟むなよ。
「私は付いていくわよ」
だが、ラモーナは行く気満々だった。
「もともと、お父様の名代でもあるもの。私には結果を報告する義務があるわ」
「ラモーナ」
ヴィンスが咎める。
「置いていくなら、どうぞご勝手に。私は私でその魔素溜まりに行くわ」
ラモーナの意思は固かった。
睨み合っている俺たちの間に、家令のセバスがお辞儀をしながら静かに割って入ってきた。
「皆様、そこまでに致しませんか? 湯浴みの用意が整いましたので、どうぞお入りになってください。その後、夕食をご用意しております」
気づくとすでに太陽は落ちかけており、夜闇がそこまで迫っていた。
「さぁ、皆様。こちらへ」
セバスの圧力に負けた俺たちは、素直に従うのだった。
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