138 とある公爵令嬢の呟き その13
コミカライズの続報です。
竹書房さんのWEBコミックガンマぷらすにて、連載が決まりました。
描いてくださるのは、下田将也先生です。
嬉しいです。ヽ(´▽`)/
コミカライズ続報は活動報告でしていますので、よろしければご覧ください。
138 とある公爵令嬢の呟き その13
授業が終わり、寮部屋に戻るとすぐに帰る準備をした。
ラモーナは早退してすでに学園を出たらしい。
私も急がないと。
けれど、侍女のメリエルが部屋に飛び込んできた。
「お嬢様、お待ちください。旦那様からのご伝言です」
昼間のうちに、お父様に許可をもらうため、メリエルに行ってもらっていたのだ。
こんなに早く戻ってくるとは思わなかったけれど。
メリエルに手渡された手紙は、お父様からだった。
急いでいたのか、簡潔な文章なのに字が乱れている。
『親愛なるカトリーナ。騎神ブラッドの〝隠れ里〟へ向かうことを許可することはできない。その件は解決済みだ。また、カトリーナが以前言っていた、〝魔王を倒す可能性のある者〟はすでに確認済みだ。いまはゴルドバーグ侯爵の監視下にいる。精霊王も彼に同行していると聞いているので、心配しないでもらいたい。我らが不甲斐ないばかりに、お前に不安を感じさせてしまったのは、申し訳ないと思っている。だが、聖女の助けがもっとも必要なのは、我らではなく、王太子殿下であることを重々承知願いたい。できるだけ殿下の傍にいて、殿下を惑わす者からお守りし、六騎神への目覚めを促してほしい。愛する娘へ。父より』
……んん?
許可がもらえなかったことより、なんか妙な言葉がいっぱい綴られていることが気になる。
えっと、〝隠れ里〟の件は解決済みって、どういうこと?
それから、〝魔王を倒す可能性のある者〟って、誰よ。
精霊王なんて単語もあるんだけど……誰に同行しているって?
もう一回、読んでみよう。
ええと、つまり、精霊王は解放されていて、〝隠れ里〟に行ってもいないってこと?
ということは、能力値アップは無理?
「………………………………うっそだぁ……」
「お嬢様ー!?」
パタリとベッドに倒れたら、メリエルが叫んだ。
◇
こうして、私の目論見はあっさりと砕かれた。
なんで、精霊王が住んでいたところから出てきているのよ!?
これじゃ、私の能力値アップ作戦ができないじゃないの!
しかも、〝魔王を倒す可能性のある者〟って、なんなの?
いや、イラストを手渡したのは私だけど……だけど、本当に精霊王を従えるなんて、思わないじゃないかー!
……ああ、もう、予定外だよー!
「どうかされましたか、カトリーナ様。お顔の色が優れないようですが……」
いつの間にか傍に来ていたミュリエルが、心配そうにしていた。
「い、いえ。なんでもありませんわ」
慌てて、机の上に出しっぱなしだった教科書を片付ける。
予定が狂ったので、いつもどおり登園したのだけれど、これからのことを考えるので頭がいっぱいで、授業なんてほとんど聞いてなかった。
「つ、次の授業は……」
「今日はもう、すべて終わっています。本当に大丈夫ですか? お休みをされたほうがいいのではないでしょうか?」
「大丈夫ですよ。少し、気がかりなことがあっただけです」
「そうですよね。カトリーナ様のご心痛をお察しします」
ミュリエルの視線の先にはエリオットとアイリーンがいる。
いや、そっちも頭痛のタネだけど、今回は違うんだ。ごめんよ。
「そうなの? 夏休み前は、舞踏会があるのね?」
教室の真ん中では、アイリーンがエリオットたちと舞踏会の話をしていた。
アイリーンが可愛らしく首を傾げながら、初めて聞いたと驚いている。
いや、貴女、知っているでしょうが。
七月の半ばには、学園の恒例行事として舞踏会がある。
三年生でメインイベントになる婚約破棄イベントが発生するのだが、一年生では壁の花となっていたのを、現在の時点で好感度の高い攻略対象者がお庭デートに誘ってくれるのだ。
まぁ、現状を鑑みれば、下手したら一年生で婚約破棄イベントがあるかもなんだけど。
そんな私の心配をよそに、アイリーンはエリオットに流し目をしつつ、おねだりをした。
「でもぉ、あたし、着ていくドレスは持ってないの。お祖母様のお古は嫌なのよね~」
いやいや。
どうして自分から言うの?
ゲームではお祖母様からもらったお古を用意していたところを私にからかわれて、好感度の高い攻略対象者が流行のドレスを用意するのが筋書きだけど、その言い方は図々しすぎるでしょう。
「わかった。僕が用意するよ」
それなのに、シミオンがあっさりと言った。
いやいやいや。
シミオン、君は嫌みを言うのが仕事でしょ?
いくら好感度が高くても、君なら、
『人に頼ってないで、自分で工夫でもしたら? ああ、そう言えば、ソニアは最新の流行が好みでね。今度のドレスもいろいろ考えているみたいだよ。それに、新調していないドレスや流行から外れた古いドレスでも、流行を取り入れたアレンジをして、古着を流行ドレスとして見せることができる特技があるんだ』
なんて、嫌みなのか、アドバイスなのかわかんないことを言うはずでしょうが。
どうして、そんな簡単に助けるの。
乙女ゲームのシナリオにすらなっていない。
「じゃあ、ボクからは靴や鞄を贈ろうかな」
「なに言っているのさ。僕が一式、すべてを揃えるよ。そうでないとデザインが統一しないだろ」
ルークが言うと、ムッとした顔でシミオンが反論する。
いやいやいやいや。
なにを争っているんだ、君たちは。
ちょっとは婚約者たちのことを考えろ。
ほら、オリアーナもソニアも不安そうに見ているし、シェリーはあからさまに怒っている。
ミュリエルも眉をひそめている。
いくらシナリオ強制力だとしても、これはちょっとおかしいかも。
記憶操作と同じように、魔族が絡んでいるかもしれないわね。
もしそうなら、どうすればいい?
「……賑やかだね」
すぐ傍で、いい声が聞こえてびっくりした。
フレドリックだった。
え? どうして、一年生の教室に?
びっくりしていると、フレドリックが苦笑いしながら答えた。
「エリオットの様子を見に来たんだ。……王妃様が気にされていてね……」
後半は誰にも聞こえないように小声で話された。
そうかー。王妃様かー。
もう耳に届いているんだ。
王妃様と聞こえたのだろう、察したミュリエルが私たちから少し距離を取った。
そして、誰も近づかないよう、さりげなく周囲を警戒した。
それに気づいたのか、シェリーとオリアーナ、ソニアもそっと席を立って、ミュリエルと立ち話をする振りをして、私とフレドリックを周囲から隠した。
いつ見ても流れるような行動に感動してしまう。
「皆様、ありがとうございます。――それで、王妃様はなんと?」
「僕にすべて任せてくださったよ」
「そうですか。ですが、この状況では……」
アイリーンたちを伺うと、ルークとシミオンがどんなドレスが似合うか議論している。
そんなふたりのやりとりを嬉しそうに見ているアイリーンを、エリオットが優しげに見つめていた。
「……それでもだよ。なにがなんでも別れさせろ、手段は問わないと、仰せだからね」
それはそれで、ゲームのイベントが来たと、アイリーンを喜ばせてしまいそうな気がする。
ルークとシミオンの口論が白熱する中、アイリーンがようやくふたりを止めた。
「ふたりとも喧嘩しないで。あたしはみんなが揃えてくれたのを着るわ。ね、エリオット!」
着るんかい!
というか、断れ! まずは、断れ! その前に、エリオットにもねだろうとするな!
ああ、駄目だ。
ここ最近、心の中でツッコミが荒れ狂ってる。
でも、我慢しなきゃ。
ツッコんだら、負けだ。
あの娘の喜ぶことはしないって決めたんだから。
胸に手を当てて、心を落ち着けていると、エリオットと目が合ってしまった。
「カトリーナ」
「どうされました、エリオット殿下?」
表情筋を駆使して、笑顔で答える。
「……どうして異母兄がここに?」
私の隣にいるエリオットに気づいたらしい。
さっと、ミュリエルたちが邪魔にならないように、移動する。
「いや。エリオット、君の様子を見にね。駄目だったかい?」
「いいえ。来てくださってありがとうございます」
フレドリックが微笑むと、エリオットが笑顔になった。
よかった。フレドリックに対する感情はそのままで。
これだけで癒やされるわ。
とか和んでいたら、アイリーンが割り込んできた。
「フレドリック! 貴方もあたしを心配して来てくれたのね! どんなドレスがいいと思う?」
頭が痛い。
「アイリーン様。エリオット殿下とフレドリック様のお話の邪魔をされてはいけませんよ」
だって、久しぶりなんだよ。ふたりが話すの。
少しぐらい、ゆっくりお喋りさせてあげなさいよ。
「なによ。あたしが邪魔だって言うの!? そんなことないわよね!」
邪魔だあああああっ!
頼む、これくらいは遠慮してくれ!
私の邪魔はいくらでもしていいから!
「……だ、大丈夫……だ? ねえ、兄上?」
「……そうだね。君が構わないのなら、僕も構わないよ」
頭を抑えて、エリオットが許可し、フレドリックはいつものよそいきの笑顔になった。
アイリーンは勝ち誇ったように、私を挑発した。
「ほら、見なさい。ねぇ、フレドリック。あたし、ドレスが欲しいの」
「――ごめんね。プレゼントは無理かな。僕は庶子だから、お金がないんだよ」
フレドリックは笑顔であっさりと断った。
そういえば、フレドリックの反応は、エリオットたちとは違い、いつもどおりだ。
王妃様の命令も遂行しようとしているみたいだし、彼には影響がなかったのかな?
だったら、いいのだけれど。
フレドリックは残念そうな表情でいるけれど、プレゼントをしようという素振りは見せなかった。
「そうなの。それじゃ、仕方ないわね……」
そう言いつつ、チラチラ見るのはやめなさい。
「アイリーン。僕が用意してあげるって言っただろう」
「そうそう。ボクに任せておけばいいんだよ」
またシミオンとルークが睨み合う。
「ふたりの気持ちはとても嬉しいわ、あたし! でも、エリオットの意見も聞きたいなっ!」
そしてまたエリオットにねだろうとする。
ああもう、いい加減にしなさい。
「カトリーナ」
「はい。エリオット殿下。なんでしょう?」
「アイリーンに似合うドレスは、どういったものがいいのだろうか?」
「…………」
私に聞くな。
でも、エリオットは本当に困った様子で尋ねている。
アイリーンにドレスを用意してあげたいけど、相談できる女性は私だけということかな?
嫌われていても頼りにされているのなら、いいわ。
ちゃんとしたドレスを用意してあげるわよ。
「わかりましたわ。私がアイリーン様のドレスをご用意させていただきますね」
にっこり笑うと、アイリーンの顔が引きつっていた。
「ちょっと待ってよ。カトリーナ嬢が用意するなんて、なにをされるかわかったものじゃない」
シミオンが制止する。
「あら、私の見立てはご不満でしょうか?」
「当然だろう。君はアイリーンを快く思っていないのだし」
「それは誤解ですわ。私はアイリーン様に対してなにも思っておりません」
「どうだか」
こっちは笑顔で対応しているというのに、シミオンは敵愾心むき出しだ。
みすぼらしいドレスでも用意するとでも思っているのだろうか。
そんな、アイリーンを喜ばせることはしないわよ。
最近の流行を取り入れた、似合うものを用意してあげるんだから。
ただ、他の令嬢たちと同じようなデザインになるのは仕方がないわよね。
自分だけ目立たないって、怒らないでよ。
「殿下も殿下だよ。どうして、カトリーナ嬢に任せるのさ」
「……駄目だっただろうか? 私はカトリーナなら、アイリーンに相応しいドレスを用意してくれると思ったのだ」
「どうしてさ」
「だって、カトリーナは私の……あね……ではなく、婚約者? だろう」
なぜ、疑問形なのかな?
けれど、なんか、納得した。
私のことを家族と思ってくれているんだ。
だから、姉である私に相談してくれた。そういうことね。
ここ一カ月、話す機会が全然なくて、嫌われていると思っていたけど、エリオットの心の中では、姉と話ができなかったってことだろう。
なんか、これまで一生懸命、エリオットと仲良くしてきたのが報われたような気がする。
ありがとう、エリオット。お姉ちゃん、頑張るよ。
「ふうん、そうだね。僕もカトリーナ嬢と相談したほうがいいと思うよ」
「兄上! ですよね!」
フレドリックも私を後押ししてくれた。
アイリーンが悔しそうにしているけど、構うもんか。
「ああそう、殿下はカトリーナ嬢を嫌っていると思っていたんだけどね」
シミオンが言うと、エリオットは困惑した様子で、尋ねる。
「……そう、だったか……? 私はカトリーナを嫌っている……のか? どうなっている?」
いや、私に聞かれても、わからないわよ。
「……最近、記憶が変なんだ。私はカトリーナを信頼しているはずで……いや、そうなのか? 僕が好きなのは……彼女――ウェン……」
「エリオット様! 私は、エリオット様にドレスを選んで欲しいです!」
なにかを思い出そうとしているエリオットの思考を遮るように、アイリーンが叫ぶ。
「……ああ、そうだな。そのほうがいいのか。悪いがカトリーナ、そのように」
「……はい。畏まりました。手配致しますわ」
焦点の合わない目で言うエリオットに頭を下げる。
満足そうに私を見下すアイリーンを尻目に、私はさっさと教室を出た。
大丈夫。まだ、彼の中にウェンディ嬢はいる。
必ず、思い出させてあげる。
待っててね。
読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
腰はだいぶ治ってきました。
ご心配をおかけしました。
そして、1巻〜3巻発売中です。
コミカライズもよろしくお願いします。




