137 とある公爵令嬢の呟き その12
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137 とある公爵令嬢の呟き その12
カップリングが成立しなくても、私が魔王を倒すと決めたはいいれど、どうしたら倒せるのかがわからない。
こういうときは、攻略ノートの出番よね。
今年がゲーム開始時期なんだから、寮に持ってくるのを忘れるわけないわ。
勉強をするフリをして、寮部屋で攻略ノートを取り出し、打倒魔王のヒントがないか読み返してみたんだけど、内容がおかしい。
どうして、ミュリエルの相手がデュークじゃなく、テオドールというキャラクターなのか。
そして、デュークが魔王なのか。
攻略ノートは間違っていないはずだ。
だって、前世の記憶を覚えているうちに、しっかりと書いたし、ときどき読み返して内容を確認している。
ちゃんと、高等部入学直前にも復習した。
そのときには、こんな衝撃を受けたことはない。
どちらかというと、いまの私の記憶のほうが、あやふやな気がしている。
「そうよ。アイリーンに従兄がいて、それがミュリエルの相手で攻略対象者なんてことがおかしいのよ」
ヒロインに従兄はいない。
攻略対象者は同年代。
隠しルートで現れるのは、フレドリックと魔王のふたり。
そこまで考えて、頭痛が酷くなった。
ひょっとして、この頭痛が原因なのかしら。
「……ありうるわね。最近、なにか思い出そうとするたびに、頭痛が酷いもの」
どうして頭痛がするのかわからないけれど、私の記憶がはっきりしないのは、この頭痛のせいだ。
そしてそれは、きっと魔族の策略なのだろう。
だって、私の記憶をねじ曲げて、魔王であるデュークを攻略対象者と認識させている時点で怪しすぎる。
「こんな展開なかったわよ。どうしてこうなっているのよ」
頭痛に耐えながら、毒突く。
考えられるのは、このテオドールというキャラクターがなにかしらの鍵だろう。
このキャラが、ミュリエルの相手だということは、彼が魔族にとって脅威だったから?
ミュリエルが去年――ううん、この前の聖女祭の直前まで攻略対象者とラブラブだったのは、私がよく知っている。
だから、私は安心していた。
ヒロイン――アイリーンがあんな子でも、黄色カップルがきっとエンディングまで導いてくれるって信じていた。
そう考えれば、このテオドールというキャラクターの記憶がないことにも説明がつく……と思う。
ミュリエルや周囲に忘れられることによって、テオドールとミュリエルのカップリングが成立しないからだ。
「……相手も考えているわね。……そりゃ、そうか。魔族にとっては生存競争なんだもの」
聖女祭で落ちた、あの〝黒い稲妻〟にはそういった、記憶操作の術式が組み込まれていたに違いない。
思い返してみれば、あの頃から頭痛が酷かったもの。
「それに、アイリーンの従兄がデュークだって知っていたのも、聖女祭だったわね」
初めて姿を見たはずなのに、従兄だと知っていた……ううん、私、あのとき、デュークを魔王だと思っていた……。
自分自身で否定したけど……そうだよ、あのときから変だったんだ。
あぁー! もう、魔王だって暴露しておけば、捕まえることができたかもしれないのに、私の馬鹿ー!
いまさら言っても仕方がないわ。切り替えるのよ、私。
「それにしても、アイリーンはなにを考えているのかしら……?」
あれは、きっと、なにもわかっていないんじゃないだろうか。
たぶん、シナリオが滅茶苦茶に崩壊していることにも気づいていないのだろう。
……と、思う。思いたい。
わかっていたら、いくらなんでも、あんな能天気に攻略行動を取らないだろう。
「しかも、逆ハーレム狙いだもんね……ひょっとして、デュークが従兄になっているのも攻略ルートのひとつだと思っていたりして」
……ありうる。
「あー、もう! 少しは考えて行動しなさいよ、馬鹿ー!」
ひょっとしなくても、魔族のほうはアイリーンをいい隠れ蓑だと思ってるわよね?
魔王のデュークが王宮を歩いていても咎められなかったし。
待って。
それどころか、六騎神のひとりとして認識してたわよ。
ぞわりと、背筋が震えた。
「あれ? これって、結構ヤバくない?」
だけど、どうにかしたくても、この記憶操作の解決方法はわからない。
攻略ノートにも載っていない。
考えてもわからないので、ともかくいまはテオドールをどうにかするべきだと思う。
彼は、魔族側に脅威に思われた。
だから、排除された。
じゃあ、いまはどこにいるの……?
ゴルドバーグ侯爵が匿っているのだろうか?
それに、なんか、変なのよね。
攻略ノートに書かれているテオドールは、いつも穏やかで柔らかな物腰で、神秘的な雰囲気を纏い、微笑みを絶やさない、丁寧な口調の優男だった。
イラストも描いてあるから、間違いない。
でも、私の感覚では、ミュリエルの相手である攻略対象者は、元気いっぱいのやんちゃ坊主感が抜けない、健康優良児だ。
「……おかしい」
攻略ノートが間違っていないのは、確かなのに。
気になるので、自分の感覚に従ってイラストを描いてみた。
うん、やっぱり元気が有り余っている青年になった。
そしてどことなく、攻略ノートの神秘的なテオドールに似ており、魔王デュークのイラストとは全然違う。
「よしっ、この人をテオドールと仮定しよう。この人を探して、ミュリエルと会わせてみよう。きっとなにか反応があると思う」
お父様に頼んで、探してもらおう。
緊急事態だもの、少しくらい権力を使っても構わないよね。
理由を聞かれたら、魔王を倒せる可能性がある人と答えればいいし。
だって、ミュリエルと愛し合ったら、きっと、騎神と聖女として魔王を倒せるんだから。
そしてもうひとつ。
魔王を倒せる可能性を見つけた。
騎神ブラッドの〝隠れ里〟で出会える、精霊の王の存在だ。
ここでヒロインは精霊王から剣を渡され、言われるままその剣で精霊王を刺す。
そのとき、剣が壊れる音と演出がされて、画面が真っ白になったあと、里に戻る。
すると、精霊王に会うための出入り口だった岩が粉々に砕けていて、
『精霊が解放されました』
というテロップが流れるのだ。
そのとき、ヒロインのパラメータは大幅にアップされる。
精霊王を刺すなんて、ゲームしていた当時も驚いたけどさ、選択肢がないんだよね。
断りたくても、一択しかなくて、どうしようもなかったんだ。
そのあと、精霊王がどうなったのかゲームにも公式ガイドブックにも記述はなかったから、文字どおり精霊と一緒に解放されたんだと思う。
能力値アップは、ノーマルエンドでも、ヒロイン同様、令嬢の能力値もアップしていたはずだ。
私は悪役令嬢だけど、もし、精霊王が私を認めてくれたら、私が魔王を倒せる〝力〟を得ることがきっとできる。できるはずだ。できるといいなぁ……。
精霊王が待っているのは、ヒロインじゃない『聖女』だもの。
いまは私が聖女として認められているから、通用すると思う。
詭弁かもしれない。
でも、詭弁でもなんでもいい。
精霊王に納得してもらって、なにがなんでも〝力〟をもらうんだ。
そうして、エリオットたちを幸せにする。
「よしっ、決めた! 夏休みにお父様に許可をもらって、〝隠れ里〟に行こう!」
さすがにこんな理由で学園を長期間休みたいなんて、言えないものね。
◇
聖女祭から、もやもやとした状態で、一ヶ月半も経ってしまった。
相変わらず、彼を――ミュリエルの相手を思い出そうとすると、頭痛が酷いし、記憶が曖昧になるけれど。
そして、学園ではアイリーンは自由気ままに動きながら、順調に攻略しているように見えた。
けれど、それはやはり歪なものとしか思えないものだった。
ゲームのようにだんだん仲よくなることはなく、アイリーンが話しかけると、唐突にエリオットたちの態度が変化する。
アイリーンを気遣い、忠告や助言を与え、手助けをするのだ。
いまもそう。
「えーっ! ヴィンスってば休みなのー!?」
ヴィンスの従者がラモーナに話をしている横から、アイリーンが口を出していた。
教室中に響き渡る声に、従者の顔が引きつっている。
おそらく、ラモーナだけに話をするつもりだったのだろう。
「どこに行ったのよ」
「申し訳ないが、貴女に伝えることはできない」
従者が答えると、アイリーンは口を尖らせた。
「どうしてよ。なんであたしに教えられないのよ。少しくらい教えてくれたっていいじゃない」
「いい加減にしたら? お家のことなんだから、部外者の貴女に言うわけないでしょう」
ラモーナがアイリーンを睨みつける。
「こわー。そんなに怒らなくてもいいんじゃない? あたしは聞いただけなのに」
「だから、答えられるものと答えられないものがあるって言ってるの。それくらい理解できないの?」
アイリーンとラモーナが睨み合う。
目をそらしたのは、アイリーンだ。
「エリオット、怖ーい。ラモーナってば、あたしを睨むのよ。酷いでしょう」
「本当だ。酷いな」
あまり感情がこもっていない声で、エリオットがアイリーンを慰める。
「はいはい。私が悪かったわ。これでいいでしょ」
言い捨てて、ラモーナは従者を教室の外へ出るよう促した。
従者が視線で感謝を示して、帰って行く。
ラモーナがあっさり謝ったのが悔しいのか、アイリーンはラモーナを睨んでいた。
しかし、ラモーナは気にもしていない。
さっさと自分の席に戻った。
「大変ですね」
そう声をかけると、ラモーナは肩をすくめて言った。
「そうでもないわ。あんなの相手にしなければいいとわかっているもの」
思わず笑ってしまう。
ラモーナはアイリーンをかまってちゃんだとわかっているのだ。
「大変なのは私じゃなくて、彼女ね」
ラモーナが示した先に、シェリーがいる。
彼女は、アイリーンの一挙一動に神経を尖らせていた。
元々の生真面目さと、レックスの代わりに彼女の素行を糺すという使命感のせいで、シェリーの心が安まる暇がない。
「あとで愚痴を聞いておきますわ」
「申し訳ありませんけど、そうしてもらえます? 私だと怒らせてしまうから」
さっぱりとしているラモーナは、早々にアイリーンを見限っている。
そのため、注意など無駄なことはしようとしない。
その態度がシェリーの勘に障るようだった。
「それと、もうひとつお願いがあるのですけど」
「なにかしら?」
小声で話すラモーナにつられて、私も小声で聞いた。
「……貴女の警護から外れたいの」
びっくりした。
え? ラモーナって、私の警護をしていたの!?
「ああ、そうじゃなくて、私が勝手に決めていただけ。私が、貴女を守るって。だって、聖女様の傍に、剣を持つ者がいないなんて、おかしいでしょ?」
「ですが、私はまだ学生ですし……」
「だからよ。同じ学生同士、学園では立場の違いを越えて交流するのが目的だとあるけれど、そんなもの、私たち貴族は建前だと知っているわ。どうしたって、家格や立場で上下関係はできてしまうし、家の事情や派閥を考えれば、自分の立ち回りは決まってくるもの。……建前を全面的に利用している馬鹿な子もいるけれど」
チラリと、アイリーンを一瞥するラモーナ。
「そんな学園で、貴女に危害を加えようなんて人は稀だとわかっているけれど、私は貴女の騎士でいたかったの。私の勝手な事情だから気にしないでくださいます?」
「私は、貴女が私を守ってくれると決意してくださっているだけで、嬉しいわ」
「ありがとう。だから、お願いします。今回は貴女の警護を離れたいの」
「いつでも、離れてくれていいのよ。だって、約束したわけでも、義務でもないのだから」
そう告げると、ラモーナは少しだけ悔しそうな表情をした。
「本当はね、離れたくないの。あの子がここにいるから。あの子が一番、貴女に張り合っているでしょう? いまはなにもされていないけれど、なにをするかわからないもの」
「私は大丈夫よ」
まだ。
まだ、大丈夫だ。
婚約破棄イベントまで時間はある。
「そうね。貴女は聖女だもの。未来だって予言できる。……だからね、それに甘えさせてほしいの。悪いと思っているわ。でも、いまがチャンスだと思ってしまったのよ」
「チャンス?」
「そう。いまなら……ヴィンスがあの子と離ればなれになっているいまなら、ヴィンスを正気に戻すことができるんじゃないかって、そう、思ったの」
驚いて声が出せないでいると、ラモーナは私の両手を包み込んだ。
「ヴィンス様を追いかけるの……?」
ラモーナが頷く。
「お願い。私に力を貸して。きっとヴィンスを正気に戻して、貴女を守る騎士に……六騎神にしてみせる。それが彼の本当の夢で願いだったの。彼の剣は、聖女である貴女に捧げるもの。けして、あの子の取り巻きでいるためなんかじゃない」
ラモーナは真剣だった。
真剣に、ヴィンスを取り戻したいと思っている。
これに応えられないなんて、女がすたる。
「先ほども言いましたように、私の警護なんて、義務ではないのですよ。貴女の好きなようにしていいの。それに、私たちは友人でしょう? 友人の願いは叶えてあげたいわ。ましてや、恋人のために追いかけたいのなら、応援するのが当然でしょう?」
「ありがとうございます、聖女様」
「気をつけてね」
「カトリーナ様も。我儘言って、ごめんなさい」
「いいのよ。私も決心がついたから」
ラモーナが怪訝な表情をするが、笑って誤魔化した。
話したら、彼女は私に付いて来たがるだろうから。
そうだよ。
なにも夏休みが来るまで待つ必要なんてない。
長期休みくらい、家の事情だと話せば、簡単に取得できるのだから。
私も覚悟を決めた。
すぐにでも、騎神ブラッドの〝隠れ里〟へ向かおう。
「貴女に祝福を。きっと、ヴィンス様を取り戻せるわ」
そして、私にも祝福をちょうだい。
きっと、魔王を倒してみせる。
読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
すみません、遅くなりました。
ちょっと腰を痛めてしまって、月曜日に間に合いませんでした。
そのため、今回の文字数は多いです。
……分ければよかったかも?
まだ腰が痛いので、来週月曜日に更新できるかどうかわかりません。
申し訳ないです。
そして、1巻〜3巻発売中です。よろしくお願いします。




