133 獅子は我が子を千尋の谷に落とす
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133 獅子は我が子を千尋の谷に落とす
「テオドール殿。実はもうひとつ、頼みたいことがある」
クリムゾン将軍が改まって話しかけてきた。
「申し訳ないのだが、荷物をひとつ、預かって欲しいのだ」
「荷物ですか? どんな?」
なにを言い出すかと思ったら、荷物の話だった。
真剣な表情だったから、もっと深刻なことかと思ったのに。
「これだ」
そうして騎士たちが持ってきた袋は、人ひとりが入るほど大きなものだった。
しかも、中身が動いている。
「あの、これは……?」
「気にしないで頂きたい。実力はそこそこあるはずなので、足手まといにはならないはずだ。役に立たないようであれば、すぐに捨てて頂いて結構」
……いや、その言い方だと、中身って、人だよね?
もごもごとなんか聞こえるし、芋虫みたいに動いているし。
「最近、目に余る行動が多く、どうにかせねばならぬと考えていたところ、この話を聞いてな。精霊王の護衛という栄誉を与えれば、こいつの目も覚めると思ったのだ。……しかし、こいつは学園を――好いた女の元を離れられぬと抜かしたので、こうして荷物とした。このような腑抜けに育つとは……ガーネット家にも、ラモーナ嬢にも申し訳が立たん。悪いが、性根をたたき直すために、貴殿らと共に連れて行ってはくれぬだろうか?」
ヴィンスかよ!
え? 学園から攫ってきたの!?
「デクスター、貴方って人は……。仮にも自分の息子なのですから、そういう扱いはやめなさい」
父上がクリムゾン将軍に注意するが、逆に反論された。
「我が家の教育方針に口を挟むな。モーリスよりもはるかにマシだ。あの馬鹿、『面白そうだから、このまま様子を見る』と抜かしたんだぞ。しかもだ、『この程度の誘惑で簡単に落ちるようであれば、神官はもちろん、六騎神にも相応しくないから、勘当も当然ですね』とな」
「……モーリスらしいと言えばらしいですが、もう少し機会を与えてもいいでしょうに……」
父上が頭を抱える。
モーリスって、確か、シミオンのお父上であるコバルト司教だったな。
あの、穏やかな顔で毒を吐く司教を思い浮かべて、そういうことをしてしまいそうだと、納得してしまう。
すると、ベイツも話に加わった。
「あー、それを言うなら、あの人もルークを放置しているらしいですよ。『なにか魔術的な干渉が見られるから、経過観察しておく』と。それを聞いた兄貴が、『息子が大切ではないのか!』と、ぶち切れてました」
ルーク……。
なんだろう。なんか、目から汗が出そうだ。
この人たち、嬉々として我が子を谷に突き落としてないか?
父上も頭を抱えている。
「貴方たちは……」
「そう言うお前こそ、どうなんだ。もし、お前の息子が悪女に誑かされているのを知ったら、俺たちと同じことをするだろうが」
クリムゾン将軍が父上に突っかかる。
父上はチェスターの頭を撫でながら、チラリと俺を見ると、
「そうですね……。私の息子はどちらも優秀ですので、そんな心配はしていませんよ」
きっぱりと言い切った。
「むしろ、異常にいち早く気づいて、解決のために自ら動くと思います。――そう、誰も、私たちですら気づいていない事柄に人知れず対峙するような……そんな誇らしい息子だと、そう信じます」
「……そうか」
なぜか父上もクリムゾン将軍も俺を見つめている。
ええと、もしかして、記憶が戻っている?
まさかな。
レックスもフレドリックも、そしてケヴィンもまだ俺を思い出していない。
父上たちもまだだろう。
さっきの、俺の父上発言を信じているのかもしれないな。
聖女祭の夜に、父上に相談しようとしたのは間違いじゃなかった。
やっぱり父上はどんな人間だろうと、ちゃんと話を聞いてくれる人だ。
嬉しくなっていると、足下で袋が暴れた。
そうだった。
ヴィンスを袋から出してやらないと。
いくらなんでも窮屈だろうし、下手したらエコノミークラス症候群みたいに、血流が悪くなるぞ。
慌てて袋の紐を解いてやると、猿ぐつわを噛まされたヴィンスの頭が出てきた。
なぜかギロリと睨まれる。
いや、こんな目に遭わせたのは、お前の父親だから。
そして猿ぐつわを解いてやった途端、怒鳴られた。
「俺は騙されないからな! 精霊王だとか魔剣使いだとか胡散臭いことを言って、父上たちを騙そうとしても無駄だ。正統な六騎神の末裔である俺が成敗してくれる!」
……ヴィンスって、こういう奴だったっけ?
無口で、あまり自分の考えを言う奴じゃなかったしなぁ。
口を開けば、稽古とか、剣術とかの話しか聞いたことないや。
「黙れ」
ゴスッと、ヴィンスの頭にクリムゾン将軍の拳が落ちた。
うわ、痛そう。
手足を縛られているのか、未だ芋虫状態のヴィンスは袋に入ったまま、もだえていた。
「……ち、父上も父上です! このような妄言を吐く輩を簡単に信じるとは!」
「その判断はお前がすることではない」
あっさり主張を切って捨てられたヴィンスは、俺を睨みつけた。
「貴様! 貴様は魔族の手のものだろう! 俺を愛しのアイリーンから引き離すために、このような茶番を演じるとは……」
いやいやいやいや。
ちょっと待て。
なんか変な言葉が聞こえたぞ。
「お前が好きなのはラモーナだろうが。彼女が難しい技の剣術を披露したときなんか、自分のことのように喜んでいただろ。なんでアイリーンなんだよ。あいつ、お前の稽古の邪魔しかしないって、愚痴っていただろう?」
「ふん、やはり魔族か。聖女であるアイリーンを貶めるために、父上たちを洗脳するとは……。六騎神たる俺、ヴィンス・クリムゾンが絶対に許さんぞ」
「馬鹿言え、聖女はカトリーナだろうが」
「カトリーナ嬢は、偽物だ。アイリーンがそう言っていた」
「そんな嘘を信じているのか?」
「嘘ではない! アイリーンは聖女なのだからな!」
重症だ。
困惑してクリムゾン将軍を見ると、苦々しい表情でヴィンスを睨んでいる。
これはやっぱり、額に魔剣の柄頭で突いたほうがいいかな?
ヴィンスに近づくと、なぜか芋虫状態のまま、ヴィンスが逃げる。
「おい、ちょっと待てよ。ちょっと額にこれを軽く突くだけだから」
「そんなことを言われて、おとなしく従えるか!」
「テオドール殿、お早くお願いする」
クリムゾン将軍が芋虫ヴィンスを捕まえて、俺に向き直らせた。
「ありがとうございます」
そして、ていっと、突くと、すんでのところで躱された。
おい。
ヴィンスは器用に頭だけを動かして、魔剣の柄頭を避けたのだ。
ドヤ顔でニヤリと笑っている。
そうか、わかった。
絶対、手加減してやらねぇ。
「うらぁ!」
ヒョイ。
「このっ!」
ヒョイッ。
「このこのこの!」
ヒョイヒョイヒョイ。
「だあぁ! 頭だけで器用に避けるな!」
「ふはは! そんな遅い動きで俺を突けるものか!」
怒鳴ると、ヴィンスが高笑いし、周りの騎士たちもなぜか頷く。
あれ、俺ってそんなに遅いのか!?
「ともかく、おとなしく突かれろ!」
「断固断る!」
きっぱりとヴィンスが宣言した。
「……うるさいな。出発するなら、さっさとしてくれ……。――重症だな」
ジンが文句を言いつつ戻ってきた。と思ったら、ヴィンスを見るなり断言する。
「ふん、貴様が精霊王を騙る魔族か。俺は貴様の術中に嵌まるほど愚かではないぞ!」
「やかましい!」
俺から魔剣を奪い取ったジンが、鋭くヴィンスの眉間を突いた。
ゴスッと痛そうな音が響く。
おい、なんか、赤くなった額から煙が出てるぞ。
お前、思いっきり突いただろ。
少しは手加減してやれよ。
柄頭とはいえ、大怪我になったらどうするんだ。
気絶したヴィンスを尻目に、ジンはまた馬のところへと戻る。
「その荷物、持って行くならとっとと積め」
ジンの言葉に、騎士たちが慌ててヴィンスを袋ごと馬車に放り込んだ。
続いて馬車に乗り込んだベイツが、興味深そうにヴィンスを覗き込む。
絶対、あの目はヴィンスを研究材料として見てるな。
ヴィンスが可哀想に思えてくるのは、なぜだろう。
「申し訳ないが、よろしく頼む」
クリムゾン将軍が、再度、深々と頭を下げた。
◇
そうして俺たちは父上やクリムゾン将軍たちの見送られながら、ゴルドバーグ領都へと旅立った。
「いってらっしゃい、兄様。気をつけてね」
「おう!」
チェスターが手を振ってくれるので、腕を上げて応える。
――え?
まさか……。
ブンブンと手を振るチェスターが、笑顔になる。
サムズアップすると、チェスターも同じように親指を立てた。
「頑張ってね!」
「任せろ」
さっきの父上といい、チェスターといい、嬉しいことをしてくれる。
ちゃんと思い出してもらえなくても構わない。
またきっと家族になれる。
そう信じられた。
そのためにもまずは、ゴルドバーグ領の魔素溜まりを解消してやる。
希望を胸に抱いて、俺たちは旅立った。
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