132 信じる者は救われる
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132 信じる者は救われる
「こちらにおられましたか、ベイツ殿。護衛の話があるから執務室へ来るよう、お伝えしたはずですが、どうやってこちらに?」
にこやかに父上がベイツに話しかける。
でも、怒っているのがよくわかる。
けれど、そこはベイツ。父上の嫌みはまったく通じない。
気にもしないで、軽く謝った。
「いやぁ、早く魔剣使いと精霊王に会いたくて、案内してくれた従者に無理を言いました。すみません」
「はぁ……。今度から、気をつけていただけますか?」
「それはもちろん」
全然守る気がない返事をして、ベイツはジリジリとジンに近づく。
しかし、ジンは俺を盾にしながらベイツを警戒している。
父上はそんな状況も気にせずに、俺とジンに向き直ると、いきなり跪いた。
隣にいるクリムゾン将軍も同様だ。
それに習って、全員が膝をつく。
驚いているチェスターも、父上の目配せですぐに膝をつき、従者のバーニーも慌てて跪いた。
立っているのは、盾にされている俺と隠れているジン、そして空気を読まないベイツだけになった。
「お初にお目にかかります、精霊王。私はオーウェン・ゴルドバーグと申します。伝説上の方にこうして拝謁賜りましたこと、望外の喜びにございます。さらに、この度は我が国の危機にご助力を頂けるそうで、感謝申し上げます」
「僕の本意じゃないけどね」
ぼそりと、ジンが呟く。
「私は、デクスター・クリムゾンと申す。将軍職を賜っております。此度の調査隊には我が軍より精鋭を同行させます。本来であれば、最低でも一個小隊を同行させなければならないところ、ケヴィン殿の忠告により、少数とさせて頂きました」
「そんなにたくさんの人間と、一緒にいたくない」
ジンがうんざりした様子でぼやいた。
「今回は急ぎますからねぇ。少人数のほうが小回りが利くんで。将軍には無理を言いまして、申し訳ないです」
ケヴィンが謝る。
「それに、現地にはちゃあんと、ゴルドバーグ軍がおりますので、ご心配なく」
「わかっている。大勢で動くと気取られるかもしれんからな。精霊王よ、御身には人間の護衛なぞ不要かもしれませんが、この者たちだけはぜひとも連れて行ってもらいたい」
クリムゾン将軍の後ろから、ふたりの騎士が膝をついたまま、進み出てきた。
「挨拶はいらない。名前なんかどうでもいいし、覚えるのは面倒くさい。人間なんか嫌いだ。ただ、大地母神のせいでこいつと契約を交わしただけだから、感謝なんかしなくていい」
しっしと、追い払うように、ジンが手を払う。
あまりにも邪険に扱うので、思わず口が出た。
「そういう言い方はないだろ。みんなお前に敬意を払ってくれているのに」
「利用しようとしているの間違いだろ」
こいつの人間嫌いは筋金入りだな。最近は少しマシになっていたのに。
「申し訳ありません。我らは貴方に縋るしかないのです」
父上が深々と頭を下げる。
「それなら、こいつに頼むんだね。僕を使える唯一の人間だ」
「魔剣使い殿、よろしくお願い申し上げます」
ジンの言葉を真に受けた父上が、俺にも頭を下げた。
「ちょ、頭を上げてください、父上! おいこら、ジン! てめぇ、父上に頭を下げさせるんじゃねえ!」
慌てて膝をついて、父上に頭を上げてもらう。
「知るか。お前の父親なんぞ、どうでもいい。どうせ、お前のことなんか忘れているんだ。それこそ敬意だけ受け取っとけばいいだろうが」
「ふざけんなよ、てめぇ」
「なら、最初からこんな大仰なことをやめさせるべきだったな。こんな面倒くさいこと、付き合っていられるか」
「いいか、精霊はどうだか知らないが、人間社会では挨拶は基本なんだよ。どうせお前のことだから、挨拶しなかったならしなかったで、礼儀知らずだとか文句を言うんだろうが」
「よくわかっているじゃないか」
こんの、クソ野郎。
捻くれているのもいい加減にしろよ。
「僕のことは放っておいてくれ。お前がどうにかするんだろうが」
「そうだよ。俺がどうにかする。だけど、みんながお前を道具として見ていないからこそ、礼を尽くしているんだと、理解しとけ」
「どうだか。人間は頭を下げながら、相手を見下す生き物だよ。あの里のようにね」
ぐっ……。
そりゃ、〝隠れ里〟の連中がジンにしたことは許せないけどさ。
「でも、そんな人間ばかりじゃないんだ」
「知ってる。でも、そいつらがそうとは限らない。だから、僕を使うなら、お前が見極めろ。親だから、身内だからと言って、簡単に信じるな。利用されるな。疑え」
ジンの言葉には重みがある。
長年、あの寂しい空間に閉じ込められていた者しかわからない苦しみがある。
だけど。
「俺は、信じるよ。父上やクリムゾン将軍には守るべきものがたくさんある。その中で打算もあるだろう。けど、それはみんなを幸せにしたいという思いがあるからだ。だから、信じられる。お前も信じていいよ。俺が保証するから」
「……ふん」
鼻を鳴らして、ジンは自分のあてがわれた馬のところへ向かった。
もう、話すことはもうないと言わんばかりに。
「……魔剣使い殿、精霊王を説得して頂き、ありがとうございます」
「だから、頭を下げないでください。俺は俺ができることをするだけです」
「感謝致します。魔剣使い殿」
「テオドールです。テオドールと呼んでください」
そして、みんなに立ち上がるように促した。
「……魔剣使い……いえ、テオドール殿。先ほど、私のことを父と呼ばれていましたが、どういう意味なのでしょうか?」
「そのままの意味です。――そうだ。この柄に触れてもらえますか? クリムゾン将軍も」
父上は戸惑いながらも、魔剣の柄に触れた。
そして、衝撃を受けた手を眺めている。
クリムゾン将軍もだ。
「……これは……」
「……なるほど」
ふたりとも、確認するように頷き合っていた。
「俺も触っていいかい?」
わくわくしながら聞いたのは、ベイツだ。
「ああ、いいぞ。でも、絶対に抜くなよ」
「心得ているよ。精霊王の怒りに触れたくはないからね。――と、ふむ。なにかが俺の中で弾けたようだけど、違和感を解消するほどの衝撃ではないね。これがなんなのか、君にわかるかい?」
魔剣に触れたまま、ベイツが感想を述べる。
「さあ? 魔族の術に対する抵抗が少し増すらしいけど。というか、魔族からかけられている術がほんの少し緩くなる感じかな?」
俺には術がかかっていないようなので、憶測でしかないけれど。
「ふぅむ……。魔力を吸い取られている感覚があるが、俺の魔力そのものではない気がする。魔導具の効果が切れたような感じにも似ているし……外付けの魔力が剥がれた感じか?」
ベイツが解説しながら考え込む。
「ちょっと抜いてみていいかな? 俺が駄目なら、君が抜いて見せてくれ」
「駄目だって言ってるだろ。それに、俺はこんなところで抜くのは嫌だ」
慌ててベイツから魔剣を取り上げる。
第一、魔剣を抜くのって、ものすごく気合がいるし、必要以上に抜き差ししたくない。
「そうか、それは残念だ」
ベイツもあまり期待していなかったようで、あっさりと引き下がった。
「僕も触っていい?」
「もちろん」
興味津々に魔剣を見ていたチェスターが聞いたので、即座に許可した。
「すごいね。なんか、ビリッときたよ」
しびれた手を、チェスターはなぜか嬉しそうに眺めていた。
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