128 従者の仕事は大変
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3巻が6月18日に発売されます。
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128 従者の仕事は大変
めでたく猫カフェ〝猫御殿〟の居候になった俺は、フレドリックに手紙を書いた。
従者登録はしているけれど、ジンが学園には行かないほうがいいと言うので、フレドリックに来てもらおうというわけだ。
「オーガストさん。俺、ちょっと出かけてもいいですか? 手紙を出したいので」
エプロンを外しながら、厨房にいるオーガストさんに声をかける。
「いいよ、行っておいで。開店前には戻って来られるかい?」
「大丈夫です。行ってきます」
ちょうどそのとき、扉が開いて客が来た。と思ったら、ケヴィンだった。珍しいことに、旅装姿だ。
どこかに行ってたのか? それとも出かけるのか?
「……誰だ?」
俺を見るなり、ケヴィンが警戒も露わに尋ねる。
「テオドールだよ。見てのとおり、ここの従業員だ」
軽く挨拶をすると、ケヴィンは胡散臭そうに俺を見た。
「……お前、どこかで会ったことあるか?」
どきりとする。
ひょっとして、俺を思い出したのか? それとも、聖女祭後の二次会での騒ぎの方か?
「うーん、思い出せん」
ケヴィンはやっぱり俺を思い出せないようだった。
くそう。
いや、二次会の方を思い出されたら困るけど。
「ああ。ケヴィンさん、こんにちは。この子は新しく入った子だよ。ジンくん、ちょっと出ておいで」
奥から出てきたオーガストさんが、考え込んでいたケヴィンに説明してくれる。
厨房にいたジンも呼んで、俺たちをケヴィンに紹介してくれた。
「テオくん、ジンくん、こちらはケヴィンさん。オーナーであるゴルドバーグ侯爵家の騎士さんだ。ときどき、ウェンディお嬢様の様子を見に来られるんだよ」
「ただの従者なんで、そんな騎士なんてたいそうな者じゃねぇですよ、オーガストさん。――ケヴィンだ。あんたたちも、気軽に接してくれ」
「わかった。よろしく、ケヴィン。テオドールだ。テオって呼んでくれ」
「ふん」
俺が挨拶をしたというのに、ジンは興味ないとばかりに、さっさと厨房に戻って行った。
ケヴィンの眉が上がる。
「悪い。あいつ、無愛想なんだ」
「それで接客業が務まるのかよ。――あれで、大丈夫なんですかい?」
呟いたケヴィンが心配そうにオーガストさんに尋ねると、オーガストさんは苦笑していた。
「これでも、よく働くいい子たちなんだよ」
「……そうですかい。オーガストさんがいいってんなら、俺が口出しすることじゃあねぇです」
そうして、オーガストさんにウェンディのオーナーとしての働き方や、店舗運営における不足や不満などないかを聞いて、最近物騒だから戸締まりはしっかりするように念を押して、出て行く。
その際、俺も一緒に付いて行った。
馬を引くケヴィンの隣を一緒に歩く。
「なんで着いてくるんだ」
「手紙を出すんだよ。フレドリックに」
「フレドリック……って、おい、まさか……」
驚きながら警戒を見せるケヴィンに、チラリと身分証明を見せる。
「従者だと? 聞いたことねぇぞ」
「最近なったばかりだからさ。それより、頼まれてくれないか?」
「なにを」
「この手紙なんだけど、できたら、お前からフレドリックに直接渡して欲しいんだ。郵便は時間がかかるし、学園には近づきたくないからさ」
「……お前、図々しいと言われないか?」
「よく言われる。でも、緊急だから仕方がない」
またケヴィンの眉が上がる。
「〝黒い稲妻〟のことなんだ。俺は南――ブラッドの隠れ里に行ってきた。そこで調べたあれこれを報告したいから、会って話したいんだ。できれば、『猫御殿』の俺の部屋で」
ケヴィンの顔色が変わる。
そして、低い声で忠告してきた。
「こんな往来で話すな。なんでお前がそれを調べている。あの方もわかっているはずだ」
「わかっている。でも、俺にとって重要なことなんだ。俺が売られた喧嘩だから」
「どういう――いや……俺もその報告を聞いてもいいか?」
問いただすのはそのときだと、ケヴィンの目が語る。
「うーん、そうだな。そのほうがいいな。じゃあ、あいつに手紙を渡したときに一緒に聞きたいって言ってくれ。俺が許したってことにすればいいさ。しばらく王都の屋敷にいるのか?」
「ああ。王都に来たばかりだからな。侯爵様にいろいろと報告しなければならないこともあるし、当分は動かない」
「だったら、相談するにはちょうどいいな。言っておくけど、ほかの人間は連れてくるなよ。お前だけだ。たぶん、あいつが嫌がるから。ちち……じゃない、卿が来たいと言っても、連れてくるな。奴らに気づかれたくない」
「奴ら?」
「わかってるだろう?」
意味深に言うと、ケヴィンは戸惑いながらも頷いた。
「はぁ……初対面の小僧に使いっ走りにされるなんてな。それを億劫だと感じねぇ自分が、馬鹿に思える。いいさ、学園高等部にはリチャードがいるからな。様子を見がてら、行ってやるよ。……侯爵様の気まぐれで、従者クラスとはいえ高等部に行かされていたあいつが、こんな風に役に立つとはねぇ……」
わかんねぇもんだと、ケヴィンが首を傾げる。
なるほど、俺がいないから、そういう解釈になってるのか。
ともかく、ケヴィンとリチャードのお陰で、フレドリックと密に連絡が取れそうだ。
「ありがとな。助かる」
礼を言って、手紙を渡す。
ケヴィンがそれを受け取りながら、さらに首を傾げて呟いた。
「なんで、用事を言いつけられて、嬉しく思うのかねぇ」
「気が合うからだろ」
「……そうかもしれねぇな」
ポンポンとケヴィンが俺の頭を軽く叩く。
それが妙に嬉しかったのは俺もだった。
◇
ケヴィンは上手くフレドリックに手紙を渡せたようで、翌日にはリチャード経由で俺に手紙が届けられた。
うん、リチャードが『猫御殿』に飛び込んできたのだ。
「なぜ、貴方がフレドリック様と繋がりがあるのですか!」
場合によってはただじゃ置かないと、リチャードの目が据わっている。
授業が終わってすぐに外出してきたのだろう、外套を着たまま厨房に突撃してきたリチャードは、俺を見つけるなり問い詰めてきた。
「ちょっと待て。落ち着け。ここじゃ話せない。部屋に行こう」
俺とジンが間借りしている部屋へ、リチャードを連れて行く。
そこで身分証明を見せると、胡散臭そうに睨まれた。
あれ?
「私はなぜか幼いころからフレドリック様に目をかけていただいておりますが、貴方のような従者がいると窺ったことはありません。何者ですか」
「最近従者になったんだ。ええと、一カ月半くらい前かな」
「聖女祭あたりですか? 確かに聖女祭以降から私はフレドリック様にお会いしておりませんから、最近のことは存じませんが……」
さらに、キッと睨まれた。
「貴方のような、従者のなんたるかも知らないような者を、従者だなどと、認めるわけにはいきません!」
「……あー、うん。従者らしくないのは認める。でも、俺がフレドリックの従者だって決めたのは、当の本人だからな。そこは、理解しろ」
リチャードは従者ということに誇りを持っているからなぁ。
俺みたいないい加減な奴が従者の仕事をしてるってのは、許せないんだろうな。
「ぐっ、ああ言えばこう言う……。しかも、それがなぜか嘘ではないとわかってしまうのが、また腹立たしいです」
心底悔しそうに、リチャードが睨む。
「ともかく、手紙を届けてくれて、ありがとな。助かったよ」
「いいえ、どういたしまして」
それきり動かない。
部屋を出て行く素振りも見せない。
「ええと、手紙を読みたいんだけど」
「読めばよいでしょう。どうぞ」
内ポケットから、ペーパーナイフを取り出して、渡してくれる。
まぁいいか。『猫御殿』にいつ来るのかという、連絡だけだろうし。
リチャードからペーパーナイフを受け取って、封を切る。
読んだ途端、後悔した。
滅茶苦茶怒っているのがわかる文章だったからだ。
なんで学園に戻らずに伝言を頼んだとか、自分の忠告を聞かずに南に行ったのかとか、ブラックカラント宰相から釘を刺されたとか、そういったことを、一見、懇々と小さい子供に聞かせるような丁寧な文章で整えつつ、嫌みったらしく書いてあった。
あー。そういや、フレドリックの怒り方って、しつこいんだよなぁ……。
「どうしました?」
「うん、マジで怒ってる。どうしよう」
「真摯に謝る以外、ないと思いますが」
リチャードは、正直に話せばフレドリックは許してくれると言うが、なんか火に油を注ぎそうな内容になりそうな気がする。
「それと、今度の休みの日に、ここに一泊するから部屋を押さえろって言ってる」
「わかりました。オーガストさんに聞いてみましょう。ここが駄目でしたら、この近くにある宿を当たってみます」
「悪い、助かる。なんだったら、この部屋を使ってくれていい。俺とジンは店で寝てもいいから」
「そういうわけには……え……? いい、ですよね? 貴方は従者なのですから」
「うん。いいと思うぞ」
着々と段取りを決めていたリチャードが首を傾げる。
なんだ?
「と、ともかく、オーガストさんに聞いてきます」
そう言って、リチャードは部屋を出て行った。
しばらくして、廊下を走る音が近づいてきたと思うと、扉が勢いよく開かれた。
「これは私の仕事ではなく、貴方の仕事でしょうが!」
そしてリチャードに、従者の在り方というものを懇々と説教された。
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3巻は6月18日発売です。
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