127 とある精霊王の呟き
お久しぶりです。
遅くて本当にすみません。
ずいぶん前になりますが、124話と125話が差し込んであります。
よろしければ、ご確認ください。
それから、告知です。
3巻が、6月18日に発売予定です。
予約も開始されています。
よろしくお願いします。
127 とある精霊王の呟き
真夜中過ぎに、与えられた部屋に訪問者があった。
この店の看板猫だという、太った猫だ。
「ぶみゃあ」
「久しぶり――って、なにをするんだ!」
ブタ猫はいきなり僕に襲いかかってきた。
「ぶみゃっ!」
「わかったわかった、鏡を出す」
真実の鏡を出す。
猫が映るはずのそこには、男性が映っていた。
この世界では見かけない、ビジネススーツというものを着ている。
『なんで、お前がここにいるんだ。結界はどうした』
開口一番、男――確か、タクミという名だった。
「こいつが僕の鎖を切って、出てきたら、壊れた」
ベッドに寝ているテオドールを示し、答えると、タクミは頭を抱えていた。
『シナリオ崩壊もいいとこじゃねぇか。俺は元の世界に帰りたいってのに。ああでも、事故ったから、帰っても捕まるのか……とういうか、死んでいるんじゃね? くそう、猫に生まれ変わるわ、しかも、長寿だわ、何百年生かされるんだよ。そのくせ、チート能力はさっぱりないわ、無駄に長生きしてるぶん、ストレスが溜まりまくりだ』
「文句を言いたいのはこっちだ。君、全部黙ってたな。あのときになぜ教えてくれなかった」
そう、この男は、僕が結界内に閉じ込められていたときに、突然、猫の姿で現れたのだ。
あのときは確か、娘のことを思っていた。
ときどき思い出しては悼んでいたのだ。
もしも生まれ変わることができたのなら、今度こそ幸せになって欲しいと。
そのとき、その瞬間、どこかと繋がった。
それがどこだかは、僕にもわからない。
そして魂がひとつ、流星のように流れて行ったのを感じた。
そのあとに、いくつかの魂が続けて流れて行ったのだ。
そのうちのひとつが戻ってきたと思ったら、猫の姿で現れたのだ。
僕はもちろん、こいつ自身も驚いていた。
話を聞きたかったが、精霊ならともかく、猫と話をするのは困難だったので、鏡を作った。
魂を映すことができるなら、会話が可能だろうと思ったのだ。
そうして僕たちはたくさん話をした。
そして、セレが僕を訪ねてきたときに、タクミは彼女とともに外へ出て行ったのだ。
「セレの次は、可愛い女の子が聖女だって言っていただろう。なんで男が来るんだ。しかも、君が教えてくれたTSっていうのでもなかったし」
『俺だって知りたいよ! なんでシナリオが変わっているのか! いくらゲーム制作ディレクターつってもな、予定外のことなんかさっぱりだ! ああもう、あのシナリオライターの締め切りが間に合ってりゃ、こっちは三徹した末に車で事故なんか起こさなくてすんだんだ! だいたい、セカンドプロジェクトだっていうのに、なんで違うライターに頼むんだよ! 元々のライターなら、余裕で納期に間に合ったのに! 大企業やスポンサーの意向なんて知るか! 資金が多くなったぶん、逆に自由度がなくなるなんて、思ってなかったよ! 零細企業なめんな、このヤロー!』
意味不明な言葉ばかりだったが、タクミの愚痴は続く。
『そりゃ、ソシャゲに進出したかったよ! けど、メインシナリオはあの人だろ! 違うライターにするなら、百歩譲って、数百年後の違う聖女の話にしたほうがいいだろうが! 人気あるキャラを持ってきたいってのはわかるし、新しいキャラにするならもう新作ゲーム作ったほうがいいのもわかるけど、だからって、延々イチャイチャするだけの話なんて、初期から楽しんでいるユーザーが離れていくのは目に見えてるだろ! だからパソゲーでよかったんだよ、ウチは! 結末あってこその乙女ゲー、ギャルゲーだろうが! イベントじゃねえ、本当の意味で結末が作れねぇソシャゲとは相性が悪いんだよ!』
散々愚痴を吐き出したタクミは肩で息をするほど興奮していた。
それだけ腹が立つことであったようだ。
……よくわからないけれど。
タクミは創造神のような存在だという。
創造神を詐称するのかと聞いてみたら、ある意味では創造神より格上の存在だと豪語した。
その神がどうして人間の魂なのに猫の姿なのか、魔力もまるでないのかわからないが、セレのことや、僕やデュークの過去を詳しく知っていたので、とりあえずは信じたのだが……。
『すまん、熱くなった。いま、王都の状況がバッドエンドへ向けてのフラグが立ちまくりで、焦ってたんだ。俺は長寿だけど、魔族の作る、あんな世界で死にたくない。精霊の守護があるテオドールが帰ってきたなら、まだ逆転の目がある……よな?』
この際、聖女でなくても構わないと、タクミが言う。
どうやら、テオドールがミュリエルという娘と仲よくしているときは、ノーマルエンドという結末へ向かう予兆があったから、大丈夫だったはずらしい。
「僕に聞かれてもわからないよ」
『とりあえず詳しく教えてくれ。テオドールがお前を訪ねてきたときからで構わないから』
聞かれるままに説明してやると、タクミは悶絶した。
『なんだよ、記憶操作って! 〝黒い稲妻〟にそんな術式設定してねぇよ! ただの王都の結界を破壊するためだけのもので、順調にゲームを進めていたら白い柱で相殺されるよう、プログラムしてたんだよ! ただの引き設定なのに、余計な効果を付けるんじゃねぇよ!』
「――僕は君の言っている意味はほとんどわからない。けれど、そう悲観することはないんじゃないか? たぶん、こいつが頑張るだろう。それに……」
『それに、なんだよ』
「いや、やめておこう。君の足掻く姿を見ていたいからな」
テオドールがまた縁を結んでいっているのを、教える必要はない。
『……悪趣味だな、お前』
「ここにいる以上、君もこの世界の一員だ。ここで生きていくしかない。この世界の神の一柱として言うよ。できれば、君にはこの世界を謳歌して欲しい。長年、あの空間で僕と話をしてくれた君への礼だ」
『…………』
「次元を、世界の壁を越えるなんて、神である僕もできない。もっと高い次元の話だ。そう簡単に帰れないだろうし、帰っても犯罪者だというのなら、ここで生きてもいいだろう。猫の姿を与えられたのなら、意味もあるだろうさ」
『猫になったことがないから、そんなことが言えるんだ。俺は人間だ。人間として生きたかった』
深くため息を吐くその姿は、疲れた老人のようだった。
『でもまぁ……見届けるくらいはするさ。どんな結末でも。それが、ゲーム制作に携わった者の務めでもあるだろうから』
そうしてタクミ――ブタ猫は、ベッドで眠るテオドールの傍で丸くなる。
『こいつがハッピーエンドへ導いてくれることを祈ってるよ』
「そうだな。――僕も、できるなら幸せな結末がいいと思うよ」
セレを奪ったこの国には思うところがあるし、娘を奪った昔の国に対してもそうだ。
けれど、いまを生きる者たちに関係がないこともわかる。
きっとデュークもわかっているはずだ。
けれど、あいつは復讐を捨てることができない。
そんなことをすれば、娘の存在自体がなかったことになってしまうと思っているのかもしれない。
許してしまったら、自分自身が許せないのだろう。
僕も同じだ。
だから、僕ではデュークを止めることができない。
だがもしも――もしも、止めることができたなら。
僕は再びこの世界を祝福しよう。
お久しぶりです。
遅くて本当に申し訳ありません。
書籍3巻が、6月18日に発売されます。
詳しくは活動報告で。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




