126 侯爵令嬢の呟き
124話と125話を追加しました。
すみません、遅れました。
ストックが尽きたんです……。
126 侯爵令嬢の呟き
「はぁ~……。どうしましょう。どうすればお客様は戻ってこられるのでしょうか?」
先ほどから幾度となく同じことを呟いてしまう。
溜め息ばかりついていても、問題は解決しないというのに。
「そうですね……。申し訳ありません、ウェンディお嬢様。私にもどうすればいいのか、見当がつきません」
私の従者であるリチャードも、気を落としている。
「ぶみゃぁ」
このお店の看板猫である、ブタ猫ちゃんも悩んでいるようで、一緒に帳簿を見てくれていた。
ここ、猫カフェ『猫御殿』は私がオーナとして経営しているのだけれど、聖女祭が終わったころから、なぜか客足が落ちてきたのだ。
経営方針を変えたわけではないし、なにか特別な企画をしたわけでもない。
これまでどおりに運営していたはずなのに、ひとり、またひとりと、常連のお客様をお見かけしなくなった。気づいたときには、手遅れだったのだ。
代わりに、少し素行の悪いお客様が来るようになった。
猫を乱暴に扱うし、従業員に対しても、横柄な態度を隠そうともしない。
そうなれば、猫だって近づかなくなるし、従業員の対応だって鈍くなる。
そうしたらますますお客様が来なくなった。
「はぁ~……」
「溜め息ばかりでは、気が滅入りますよ。よろしければ、どうぞ」
元々の店主であるオーガストさんが、珈琲を持ってきてくれた。
ミルクと砂糖も用意されている。至れり尽くせりだわ。
「ありがとうございます」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。お手伝いすることがありましたら、なんでもお申し付けください」
「いえいえ、とんでもない。私はこれが本業ですからね。お任せください」
「ふふっ、リチャードもいただきなさいな。せっかくご用意してくださったのですから」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
リチャードは一礼してから、一緒の席に着いてくれた。
オーガストさんも席に着いて、ブタ猫ちゃんにもミルクをお皿に入れてあげていた。
なんだかホッとする。
しばらく、こんな温かい雰囲気は味わっていなかった気がするもの。
そう、たぶん、聖女祭が終わったあたりから。
そのころから、なにかが変だった。
なぜか、以前から私がこの猫カフェのオーナーだったはずなのに、そのことを忘れていた。
ううん。それどころか、オーナーだったことに驚いたのだ。
あの滅多に失敗をしないお父様ですら、戸惑っていらしたような気がする。
やっぱり、あの〝黒い稲妻〟のせいだろうか。
聖女祭は無事に終わったけれど、妙な不安が胸の奥で渦を巻いているのだ。
あの稲妻は、聖女様であるカトリーナ様が、白い光の柱で打ち消したはずなのに。
はぁ、ダメね。
聖女様の奇跡を目の当たりにしたのに、不安がるなんて、どうかしているわ。
でも、どうしても、この不安を拭うことができない。
それに、変な噂を聞いた。
高等部では、エリオット殿下とカトリーナ様が不仲だということ。そして、エリオット殿下は特待生のアイリーン様を気に入られているということを。
本当なのかしら?
だって、あんなに仲がよろしかったのに。
私、羨ましかったもの。
カトリーナ様がエリオット殿下に愛されていて。
おふたりがお互いを尊重されているのがわかって、心に芽生えた想いを、諦めようとした。
だけど、無理に押さえ込まなくていいって言われて……。
――誰に?
ああ、なにかがおかしいのに、その変化がわからない。
不安だけが募る。心は焦るばかりだ。
こんなとき、頼れる人がいたのに。
相談したいのに、どうしても誰だったか、思い出せない。
ピクン、とミルクを飲んでいたブタ猫ちゃんが、突然顔を上げた。
店中の猫たちも、緊張した様子で店の扉を見つめている。
一体、どうしたのかしら。
妙に張り詰めた空気が店中に漂う。
そして――扉が開いた。
「こんにちはー! オーガストさん、いますかー?」
「「「にゃーっっっ!!」」」
一斉に、猫たちがその人に襲いかかった。
「ぎゃーっ!」
猫たちに押し倒された人は、叫び声をあげると、床に倒れた。
私は――私たちみんなは、突然のことに驚いて、どうしていいのかさっぱりわからなかった。
「た、大変!」
そう、大変だ。ここに来るということは、お客様だ。
猫たちがお客様に襲いかかるなんて、あってはならない。
怪我をされる前に、助けないと!
慌てて駆け寄ると、倒れたその人に、猫たちが体をすり寄せながら乗っていた。
体はもちろん、手足まで。
「にゃー、にゃー、にゃー!」
猫たちは嬉しそうに、その人に体をこすりつけている。
そしてブタ猫ちゃんは、その人の顔面にのっしりと座っていた。
「だー! もう、お前ら! いい加減に退きやがれ!」
ガバリと起き上がって猫たちを振りほどくけれど、猫たちは構わずその人にまとわりついていた。
「ぶみゃぁ」
ブタ猫ちゃんはその人の顔面を離すものかと、爪を立ててへばりついている。
「痛い痛い痛い……って、ゴルァ! てめぇ、このブタ猫! 相変わらず過ぎて、腹立つ!」
ようやくブタ猫ちゃんを引き剥がした人は、私を見るなり笑顔になった。
「ただいま――って、違った。ええと、悪い。住み込みで働かせてくれ」
その笑顔を見た瞬間、なぜか私の不安は綺麗さっぱり消えてなくなったのだ。
読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
ストックが尽きたので、また引きこもります。
すみません。




