125 恋人たちの泉
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
追加しました。
125 恋人たちの泉
王都の目抜き通りを進んでいくと、広場がある。
そこには〝恋人たちの泉〟と呼ばれる噴水があって、王都のデートスポットになっていた。
けれど、そこもいつもの賑わいはなく、閑散としていた。
そんなところに彼女がいた。
綺麗に梳られた髪はツヤツヤで、新調されたドレスはオレンジを基調にした明るいものだったが、彼女の表情は暗かった。
デートかと思ったが、誰かと一緒ではなく、ぽつんと、噴水のへり縁に座っている。傍には侍女が控えているだけだ。
すぐさま、彼女の元へと向かった。
「おい、テオドール」
「悪い、大切な用事だ」
ジンを置き去りにして、俺は彼女の前に立った。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは……?」
久々に見たミュリエルはやっぱり可愛かった。
困惑した表情で、俺を見上げている。
やっぱり、思い出してもらえない。
でも、聖女祭の夜のことを覚えていないだけでもありがたい。
あのときは魔王だと疑われていたからな。
結界のひとつを壊した成果かもしれない。
「隣、いいですか? いいですよね」
無理やり隣に座った。
「えっ、あっ、そ、その、困りま……あうぅ……」
俺の素早い行動のせいで、断れなかったためか、ミュリエルの語尾が変になる。
笑いかけると、顔を真っ赤にして俯く。
くそう、めげるもんか。
邪険にされないだけでも、進歩だろうが。
それにミュリエルは、チラチラとこちらを見ては、俯き、ぶんぶんと首を振って、ため息を吐いて、また俺を窺って、視線が合うと、慌てて目を逸らすのを繰り返している。
可愛い。
好意を持ってくれているのだろうか。
そうだったらいいな。
希望が出てきたので、ミュリエルとの距離を詰めようと思う。
物理的に。
つまりはミュリエルに座りながら近寄ったのだ。
すると、ミュリエルは驚いたようで、すっと、俺から離れた。
俺はすっと、ミュリエルに近寄る。
そうしたら、また、すすっと離れた。
また、すすっと近寄る。
すすすっと、離れる。
すすすっと、近寄る。
すすすすっと、離れる。
すすすすっと、近寄る。
すすすすすっと、離れる。
すすすすすっと、近寄る。
そうして噴水を、くるりと一周してしまった。
「な、なんで近寄ってくるんですかぁ!」
「君が、大好きだからだ!」
「うぇええ!?」
いつものとおりにミュリエルに告白したけど、変な叫び声で返事をされた。
普段ならめっちゃ嬉しそうに照れて「私もです」って言ってくれてたのにな。
くそう。
「そこまでです!」
ミュリエルの侍女である、シーラが俺とミュリエルのあいだに入って止めた。
「どなたかは存じ上げませんが、お嬢様を追いかけ回すのはやめてください!」
「テオドールです、よろしく!」
知らないと言うので、自己紹介したら、ミュリエルにもシーラにも目を丸くされた。
「な、名前を言えばいいというものではございません!」
「ふっ……ふふふふ……」
シーラに怒られてしまったが、口元に手を当てて、ミュリエルが楽しそうに笑いだす。
「ははっ。あはははははは!」
俺も一緒に笑う。
「おうおう、見せつけてくれるじゃねぇか」
笑っていたら、チンピラ三人が因縁を付けてきた。
「いいねぇ、若い者は。お兄さんたちにも幸せを分けてちょーだい」
「ぎゃはは。そうそう、ほんの少し、分けてくれたらいいんだよ。具体的に言うとぉー、コレ?」
掌を上に向けて指で丸を作る。
金か。
「それとぉー、お嬢さんたちは俺たちと一緒に遊んでもらいますー」
「やめろ」
ミュリエルに手を伸ばしてきたので掴んで捻り上げる。
「いでででで! は、離せ、離しやがれ!」
痛がるので、離してやった。
「こ、このヤロー」
チンピラが睨むので、ミュリエルが見えないように、前に立つ。
珍しいな、こんなチンピラが白昼堂々、往来でこんなカツアゲをするなんて。
閑散としているといっても、王都の目抜き通りにある広場だ。人がまったくいないわけじゃない。
周囲を見回すと、野次馬や関わりたくなくて無視する通行人がまばらにいるなか、路地に入る角の影で見知った顔が並んでいた。
意地の悪そうな笑みを浮かべている。
中等部でミュリエルをイジメていたクラスメイトの令嬢たちだ。
なるほど、ミュリエルが困る顔を見たいのか。
悪趣味な連中だな。
「おいコラ、無視しているんじゃねぇよ」
胸倉を掴んできたのを、そのまま躱しながら腕を引っ張る。
重心を前に移動させたところを足払いをすると、そいつは盛大に転んだ。
「この、やりやがったな!」
「覚悟はできてんだろうな!」
残りふたりが一斉に襲いかかる。
だが、連携はできていない。
ひとりが殴りかかってきたところを、一歩下がって躱しながら、土魔術でそいつの足を固める。
そいつがつんのめったところを、もうひとりがぶつかって自滅した。
三人目も土魔術で拘束する。
もちろん、最初に転がせた男の手足を、土魔術で拘束しておくのも忘れない。
言っておくが、俺はみんなより弱いが、護身術くらいは身につけているからな。
これくらいの動きはできる。
お前ら如きに後れを取ったら、長年俺を鍛えてきたケヴィンが嘆くだろうが。
「な、なんだ、動けねぇ!」
「しばらくそうしてろ。さて……」
路地にいる令嬢たちのところへ走る。
向かってくるとは思わなかったのか、慌てて逃げ出そうとするが、遅い。
だが、俺が到着する前に、悲鳴が聞こえた。
急いで路地を覗くと、ジンが逃げる令嬢たちの前に立ち塞がっていたのだ。
ナイス。
「言ったよな、次はないって」
喚いている令嬢たちの後ろから、声をかけた。
令嬢たちは、怯えた表情を見せて従者たちの影に隠れていたが、俺がひとりだとわかったのか、居丈高に怒鳴りつけた。
「な、なによ、貴方。誰なのよ! わ、私たちに刃向かおうっていうの!?」
「そ、そうよ、そうよ。生意気だわ!」
「私たちが誰だか知っているの!?」
「知っている。だが、こんな悪趣味な真似をするなら、容赦はしない。生徒会長にも話しておく」
「しょ、証拠はあるの! 私たちがあんな男たちを嗾けたという証拠は!」
「あるだろ。いまの発言だ。俺は悪趣味な真似と言っただけだ。あいつらを嗾けてミュリエルを襲わせたのかなんて、聞いていない」
しまったと、口を滑らせた令嬢が口を覆う。
「平民風情が、偉そうな口を利くんじゃないわよ! 行きましょう。私たちは関係ないんだから。いいわね、私たちは見ていただけよ。あの娘とあんたが仲よくしてたのを……ね」
別の令嬢が意味深に目配せをすると、令嬢たちがクスクスと笑う。
うん?
俺とミュリエルが仲よかったのがそんなにおかしいか?
ああ、そうか。
婚約者のいるミュリエルが平民の俺と仲よくしていたら、それだけで醜聞になる。
それを言いふらすつもりなのか。
……いや、俺はミュリエルと噂されるのは、嬉しいというか、むしろウエルカムなんだが……。
ミュリエルにとっては迷惑だよな。
やめさせないと。
「おい……って、逃げられた!」
考え込んでいるあいだに、令嬢たちに逃げられてしまった。
くそう。
「ジン、なんで逃がすんだよ」
「知るか。僕が興味あったのは、あの娘たちから発せられる魔素濃度を見たかったからだ」
「へ? なんで?」
「あの娘たち、魔素の影響が街の連中よりも濃いぞ。お前が好いている、あの娘もだ」
なんだって!?
「……安全地帯が必要かもな」
「危ないところをありがとうございました」
チンピラたちを憲兵に引き渡し、土魔術で盛り上げた土を均し終えたあとに、ミュリエルが丁寧にお礼を言ってきた。
「お礼はいいから、この短剣の柄を……触ってくれないかな?」
魔剣を鞘ごと見せながら、ミュリエルに頼んでみた。
こんな場所で、柄頭で額に触れさせて欲しいとは言えなかった。
でも、魔素の影響があると聞いては黙っていられない。
せめて、影響を薄めたい。
「これですか……?」
ミュリエルは首を傾げながらも、そっと左手で触れてくれた。
ミュリエルが柄に触れた途端、静電気のような光が発生し、左腕が弾かれた。
「きゃっ!」
「大丈夫ですか!? 腕はなんともないですか!?」
慌てて魔剣を引っ込める。
腕を看てあげたかったが、シーラに睨まれた。
「い、いえ、びっくりしただけです。腕は……さっきより調子がいいような?」
そうだろう。
さっき弾かれたとき、服の上からでも微かに見えた。
黒い蔓草が消えていったのを。
あの野郎、ミュリエルの左腕にまた細工してやがった。
「よかったら、これを包帯代わりに巻いておいてください」
金糸で編んだレースを左手首に結ぶ。
夢の中で作ったヤツだ。
「あ、ありがとうございます。綺麗ですね」
「ええ、俺の自慢の品です」
「改めてありがとうございました。私はミュリエルと申します。先ほどは、大胆な告白をありがとうございます。ですが、私には婚約者がおりますので、お断りさせていただきます。それでは」
ミュリエルはまた深く頭を下げて、今日は諦めると言って、辻馬車を捕まえて帰って行った。
送ると言ったけど、固辞されてしまった。
「イヤリングは渡せなかったな……」
リボンは渡せたけれど、夢の中で作ったイヤリングは、まだ俺のポケットの中だ。
「……『縁と月日はめぐり合う』か……」
ジンが遠ざかる辻馬車を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「なんだ、それ。どういう意味だ」
確か、チェスターが俺を占ってくれたときの言葉だ。
調べようと思いつつ、いろいろゴタゴタがあって、調べられていなかった。
「焦るなということだ。機会は巡ってくるものだからな。良縁を願うときに使う言葉だ」
「そっか、良縁か……そうか!」
つまり、ミュリエルとまた結ばれる可能性があるってことだ。
ありがとう、チェスター。
「それに、縁は結ぶものだ。……切るものでもあるがな」
淡々とジンが話す。
ジンにとってはあたりまえのことなのかもしれないが、俺にとって、その言葉は励ましてくれているように聞こえた。
「よし、希望が出てきた!」
追加です。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年早々なんですが、これでまた引きこもります。
すみません。
遅筆ですが、読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




