121 魔力の元は厄介
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121 魔力の元は厄介
俺たちはダンの案内で、〝黒い稲妻〟が落ちた地点へ向かっていた。
森を歩くことに慣れているダンに置いていかれないよう、必死で後を追う。
ちなみにレックスもサディアスも、平然と歩いている。
チラリと後ろを見ると、ジンもまた、苦もなく付いて来ていた。
くそう、余裕かよ。
ジンと目が合うと、フッと鼻で笑われた。
負けねぇからな!
◇
ジンは俺と一緒に来てくれた。
――あのとき。
レイヴンが死んだとき、目が見えないはずの婆様には、ジンだけが見えていたようだった。
消えるレイヴンには目もくれず、真っ直ぐにジンに歩み寄り、里から出て行かないでくれと、頭を地面にこすりつけて懇願したのだ。
「新しい岩は必ず用意します。ですからお願いです、精霊様。我らを見捨てないでくださいませ」
勝手な言い分だった。
ジンにまたあんな暗くて寂しい場所に戻れと言うのか。
ひとりぼっちのまま、ただ里人のためだけにそこにいろと。
ジンは冷めた目で婆様を見ていた。
レックスもサディアスもだ。
たぶん、俺も。
婆様はジンが戻らないとわかったのだろう。今度は俺に向かって怒鳴りつけた。
「――なんて、なんてことをしてくれたんだ。〝精霊の守護を持つ者〟だからこそ、丁寧に対応してやったというのに。これでは里が立ちゆかなくなる。我らに死ねと言うのか!」
「婆様、この方たちは魔族に狙われた精霊王をお守りしていたのです」
「そうだ。レイ……いや、魔族は精霊王を狙っていた。婆様、精霊王を守ってくれたことに対して礼を述べずに、罵倒するのは間違っている」
「うるさい! お前は……お前たちは、この里がどうなってもいいのか!」
ドナやダンが取りなしても、婆様の怒りは収まらない。
矛先をふたりに向けて怒鳴り続けた。
始末に負えない。
しまいには、ひきつけを起こして倒れてしまった。
里人たちは事情がわからないのでオロオロしていたが、婆様が倒れてしまったので、慌てて運んでいく。
「こっちだ」
そのどさくさに紛れて、俺たちはダンの家に匿われた。
「精霊王様、申し訳ありませんでした」
「婆様がすまなかった。助けてくれて感謝している」
ドナとダンはただ謝り、言い訳はしなかった。サディアスの傷を治し、ささやかな食事と寝床を提供してくれた。
そうして、疲れていたのだろう、泥のように眠るドナを置き去りにして、俺たちはダンとともに夜明け前に里を出たのだった。
◇
「ここだ」
ダンに連れて来られた場所は、ほかの場所と、なんら変わりないように見えた。
森のなかに黒い岩があちこちに見えるのはいつものとおり。
でも、なんか肌がザワザワして、気持ちが悪い。妙な気配がする。
「あの岩が里の結界石だったものだ」
ダンが示したひときわ大きな岩を見た瞬間、ぞわりと肌が粟立った。
「あれが触媒にされたのか?」
レックスが尋ねる。
聖女祭での〝黒い稲妻〟は王国を囲むように五カ所に落ちた。
その場所を線で結ぶと五芒星になる。
フレドリックの予想では、その五芒星を使って、魔族が王国に対し、なんらかの術を施したというものだった。確認のために俺が調査に来たんだけど……ビンゴみたいだ。
里の結界石を利用して、五芒星の頂点のひとつとしたんだろう。
「たぶん」
ダンが頷く。なぜか額から汗が滲んでいた。
「すまないが、俺はここから近づけない。あそこから漂う気配に、俺は耐えられない」
「だろうな。この濃い魔素の中では、普通の人間には厳しいだろう」
顔を顰めたジンが、説明してくれた。どうも、ここが気にくわないみたいだ。
「魔素?」
あんまり聞いたことがない言葉だ。
「意思のない魔力だ。魔力の元と言ってもいい。しかし、ここまで魔素濃度が高いと、生命には害になるな」
「なんでだ?」
「そもそも、アレは害のないものだ」
ジンによると、魔素は空気と一緒で、普通にそこらに漂っているものらしい。
魔術を使って魔力を消費すると、体内で取り込んだ魔素が魔力に変わって、魔力が回復するんだそうだ。
一晩寝れば、魔力が回復するのは、そういう仕組みらしい。
「ただ、魔素は多く取り込み過ぎると、体内に溜まるからな。弱い魔力しか持たないものだと、魔力に変わることなく体内に溜まり続けて、そのうち魔物になる」
「マジか」
なんだよ、それ。いつの間にか魔素が溜まってたら、怖いだろうが。
「普通に暮らしてたら、大丈夫なんじゃないか。たぶん」
無責任に言うジン。
「そうですね。そんなに危険な代物であれば、注意喚起が行われているはずです。ひょっとしたら、宮廷魔術省や魔導具研究所でも知っている方は少ないのではないでしょうか?」
「今度、ベイツ先生に聞いてみるか。あの方なら、ご存知だろう」
サディアスとレックスが、話す。
そうか。ベイツなら、こういうことに詳しいはずだ。
もし、知らなくても、嬉々として調査に来るに決まっている。
「それはともかく、あの周辺をどうやって調べるか、ですね」
「危険でも行くしかないだろう。ほかに方法がない」
そう言って、レックスが進もうとすると、サディアスが羽交い締めにして止めた。
「サディアス!」
「申し訳ありません、レックス様。危険とわかっている場所へ、貴方様を向かわせるわけには参りませんので」
暴れるレックスを押さえ込むサディアス。
細身に見えて、以外と腕力があるんだよな、アイツ。
「幸い、ここには適任者がおります。ねぇ、テオ」
「俺かよ!」
「ええ、よろしく頼みましたよ」
とてもいい笑顔を見せて、サディアスが俺を指名した。
「お前は図太いから、大丈夫だ」
なぜかジンも太鼓判を押した。その言い方はないだろうが。
でも、誰かが調べないといけないからな。不安だけど、やるしかない。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
ジンはニヤニヤと笑っているだけだ。
くそう、からかわれているのか、本当なのか、どっちだ。
――まぁ、おそらく平気だろう。お前ならな。
黄色もいちおうの保証はしてくれた。でも、確証じゃないんだよな。
「本当の結界石は、あの巨石の陰に隠れている小さな岩だ。あれは偽物なんだ。……レイヴンはわかっていたから、誤魔化せなかったけれどな……」
巨石に向かおうとした俺に、ダンが詳しく教えてくれた。
「そうか、ありがとな」
お礼を言って、俺は巨石に向かって、ゆっくりと慎重に歩き出す。
なんか空気が重い。それに息苦しい。足まで重くなってきた。
――気をしっかり持てよ。辛ければ、魔剣を少し鞘から出せ。
黄色の言うとおり、魔剣の根元部分だけを鞘から抜くと、楽になった。
え、なんで?
――魔素を取り込んで魔力変換しているんだ。だからって全部を抜くんじゃないぞ。暴走してしまうからな。
ふぅん。よくわからないな、魔剣って。
昨日はあれだけの魔力を放出したのに、いまは取り込んでいるって……。
もしかして、出した魔力を補充しているのかな?
――まぁ、そのようなものだ。
それ以上、黄色の奴は詳しく教えてくれなかった。
なんだよ、もう。
近くで見た黒い巨石は、そこそこ大きかった。
ジンが囚われていた岩ほどじゃないけど、俺たちが里に入ったときの岩くらいはある。
その周辺を探すと、結界石はすぐに見つかった。
両手で抱えられるくらいの小さな岩だが、見た瞬間、気持ち悪いと思った。
もう、妖気と言ってもいいくらい、不気味なオーラを撒き散らしている。
「それで、これをどうすればいいんだ?」
――魔剣で刺せ。
「わかった」
ゆっくりと魔剣を引き抜く。
相変わらず、気を抜くと暴走しそうだけれど、いまはなんか落ち着いているような気がする。
剣先を岩の表面に当てて、そのまま突き刺そうとしたとき、すすり泣く声が聞こえた。
『やめてやめて! 私たちがなにをしたっていうの!? 私たちは幸せになりたかっただけよ! ここにいれば幸せなの! どうして邪魔をするの!?』
『やめろ! 俺たちの居場所を奪うな!』
泣く女性の声や、怒る男性の声が聞こえる。
――聞くな! ただの亡霊の声だ。いいからさっさと刺せ!
『やめろぉぉぉ!』
鬼のような形相の亡霊が襲いかかってくる。
「テオ!」
レックスたちが叫んだ。
「ごめんな。安らかに眠ってくれ」
ゆっくりと魔剣を刺し込むと、亡霊が一気に吹き飛んだ。
そうして軽い音を立てて、小さな岩は粉々に砕けた。
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