120 レイヴンの最期
先週、2巻が発売されました。
そして昨日から電子書籍が配信されています。
よろしくお願いします。
120 レイヴンの最期
とっさに魔剣を抜いていた。逆手に持って、胸の前で構える。
それしかできなかった。
その瞬間だった。
魔剣から勢いよく魔力が放射されて、鴉を飲み込む。
『ぎゃぁあああああああ……!』
断末魔を上げて、鴉は黒い塵となって消えた。
「へ……?」
なにが起こったんだ。
「――僕を殺せる魔剣だ。果てしなく長い間、魔力を溜め込んでいたからね。たった一匹の魔物なら一瞬で消えるだろうよ」
ジンが言う。
「な……こんな、えげつない凶器、簡単に渡すな、馬鹿野郎!」
慌てて鞘にしまい込む。
これ、魔剣に触れるだけで消えてしまいそうじゃ――。
「――おい、ジン」
「なんだよ。よかったじゃないか、魔族を倒せて」
「そうじゃねぇよ。お前、俺に殺させようとしたな。自分を」
睨みつけると、睨み返された。
「そうだよ。嘘を吐いていたわけじゃない。僕が死ねば、君に僕の〝力〟が与えられた。それのどこが不満なんだい」
「そういうことを言っているんじゃない! ふざけんなよ。敵対していたならともかく、騙して俺を人殺しにさせるなって言ってるんだ!」
敵対していたのなら、戦闘をしていたのなら、人を殺すことだってあるかもしれない。
ケヴィンには、敵を倒すことをためらって、自分が傷つくような真似はするなと、教えられた。
……まだ、覚悟なんてないけれど。
だけど、これは違うだろう。
あんな嘘を吐いて、自殺に加担させるなんて、卑怯すぎる。
「僕は人間じゃない。お前の庇護の対象にはならないはずだ」
「だから、そうじゃないっての! お前が死んだら、黄色たちが悲しむんだぞ。あのセレさんだって、大地母神だって悲しむんだ。ひとりで勝手に死ぬな、馬鹿!」
「知らないよ、そんなの。僕はもう疲れてるんだ。眠らせてくれたって構わないだろうに」
淡泊にジンがぼやく。
なにもかもが煩わしいといった感じで、言葉が届かない。
「――もういい、俺は絶対に、この魔剣をお前に向けない。俺が一生与っておく」
「そう。好きにすれば。だいたい、その剣は僕と契約した時点で、すでにお前のものだしね。だけどいいのかい? 僕から〝力〟を得てないと、魔王は倒せないよ。さっきの雑魚とは違うんだから」
「うるせえ! そんなもの、どうにかする!」
そうだよ、どうにかしてやるさ。
道筋はちっともわからないけれど、俺が魔王をぶっ倒してやるよ。
◇
「テオ! 貴様、そういうものがあるなら、なぜさっさと使わなかった!」
我に返ったらしいレックスに、怒鳴られた。
「や、生け捕りする予定だったし? 第一、抜く気はなかったし……」
「馬鹿者! 使えるものをもったいぶるな! 使わずに殺されてしまったら、元も子もないのだぞ!」
そう呟いたら、ますます怒られた。
「いいか。力を得てしまったのなら、それをどう使えば正しく使えるのか、すぐに考えろ。自分が使うのが嫌なら、誰か責任を負ってくれる者に託すのも、選択のひとつだ。時間があるならともかく、切羽詰まっているときに、ぐずぐずと中途半端に悩み続けて、結論を先延ばしにするほうが迷惑だ」
うう、ごめん。
「貴様がその魔剣を使いたくないのなら、陛下にに献上しろ。報告は俺がしておく」
「ふざけんるんじゃないよ。王なんかに渡したら、なにに使われるかわからないだろ。だいたい、この魔剣は、いま、こいつしか使えないようにしたからね。死にたくなかったら、黙ってろ」
そうレックスが言うと、ジンがレックスを睨みつけた。
「おい、ジン。レックスに変なことはするなよ。俺の友達なんだから。――ごめんな、レックス。そういうわけだからさ、この魔剣のことは内緒で頼むよ」
「それは貴様の報告を聞いてから判断する。それと――私は貴様の友達などではない」
レックスに冷たくあしらわれて、ちょっと寂しい。
ま、魔王の仕業なんだから仕方がない。
「そっか。思い出してもらえるよう、頑張るよ」
なにか言いたげなジンを押さえて、俺はレックスに笑った。
「レックス様、尋問をお急ぎください。この者、持ちそうにありません」
サディアスが俺たちに忠告してきた。
見ると、レイヴンの息が絶え絶えになっている。
そうだった、まだあいつが生きていた。
「レイヴンだな。単刀直入に聞くぞ。魔王はどこだ。なにを企んでいる。あの〝黒い稲妻〟はなんだ。意味があるなら教えろ」
「……へっ、俺が答えるとでも?」
鞭でぐるぐる巻きになったまま、レイヴンが不敵に答える。
体中――特に異形の部分から、黒い煙のようなものが立ち上っていた。
そうして、煙になった部分から少しずつ消えていっている。
なんだ、どうしてこんなふうになっているんだ?
――魂はあの魔物と繋がっていたからな。魔物が消えれば依り代も消える。
黄色が答えてくれた。
「いいから答えろ!」
「ああ、あのトロくせぇ魔王をぶっ倒して、さっさとこの国を滅ぼしたかったなぁ。あの〝蛇〟、シナリオ強制力がどうのとか、わけわかんねぇこと言いやがって……」
レックスの質問には答えず、レイヴンは意味不明なことを言った。
そして俺と視線が合うと、妙なことを頼んだ。
「……坊主、もし、お前に慈悲があるなら、俺の娘を救って――いや、いいわ。忘れろ。馬鹿に付ける薬はねぇしな……」
死なせてやるのが、せめてもの慈悲だろう。と、レイヴンは呟いた。
なんなんだ。
娘がいたのか?
「助けろというなら、助けるぞ。俺ができる範囲でだけど」
レイヴンが目を見開く。次いで、吹き出した。
「自分を嵌めたヤツを匿っている女を助けるってか。本物の馬鹿だな、お前」
どういう意味だ。
「ま、そんな馬鹿だから運が味方するのかね……クソッタレが」
レイヴンの体はどんどん消えていっている。
レックスがいろいろ質問するが、笑うだけで答えなかった。
そして、首だけになったとき、
「レイヴン!」
武装した男たちを連れたダンと、婆様を連れたドナが戻ってきた。
「うぁ……サイテーだ……」
さっさと消えりゃよかったと言い捨てて、レイヴンは塵となって消えた。
あとにはなにも残さずに。
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