117 月は綺麗だった
しつこく宣伝です。
8月31日に2巻が発売されます。
また、出版社の紹介ページに、本文とイラストのチラ見せがされていますので、ご覧ください。
下記にある、2巻書籍情報画像をクリックすると、紹介ページに行けます。
よろしくお願いします。
117 月は綺麗だった
白い光が収束すると、あたりはまた暗くなった。
けれど、少し冷たい風が吹いているのに気づいた。
木々の匂いが風に運ばれてきて、同時に木々のこすれ合う音や、虫の声が聞こえる。
見上げると、中天に真っ白い満月が輝いていた。
ひょっとして、外に出たのか?
すっかり夜になっているけれど、昼間に案内された、神殿の裏庭だった。
俺がドナに連れられて入った黒い大岩は、粉々に砕けていたけれど。
その手前に、キラリと光るものが落ちていた。
あの魔剣だ。ついでになぜか鞘も一緒に落ちていた。
魔剣を持っていたはずのレイヴンは、姿が見えなかった。
あいつ、あの光の中で魔剣を落としたのだろうか?
レイヴンに気をつけつつ、魔剣を拾う。
相変わらず、刀身から放たれる魔力がすさまじい。
ゆっくりと鞘に収めた。
レイヴンに奪われないよう、いまのうちに剣帯に引っかけておく。
そうして警戒しながら、もう一度、周囲を確認した。
黒い大岩の瓦礫の陰に隠れるように、ドナが倒れているのが見えた。
そしてもうひとり。
「ははっ。ちゃんと、出られたじゃねぇか」
俺はドナの隣に倒れている男――ジンに声をかけた。
「おい、ジン。起きろ。ドナも無事か?」
しばらくふたりを揺すっていると、ドナが先に目を覚ました。
「こ、ここは……帰ってこられたのですか……?」
ガバリと起き上がったドナは、すぐにキョロキョロと周囲を確認した。
神殿の裏庭だと、わかったようだ。
「そうみたいだ。無事に帰ってこれてよかったよな」
声をかけると、ドナはほっとした。
だが、またすぐに周囲を警戒して、あたりを窺う。
「れ、レイヴンは……?」
「さあ、いまのところ見当たらない。ともかく、あいつが持っていた魔剣は回収したから、少しは安心していいと思うぞ」
腰に差した魔剣を見せると、ドナは力が抜けたようで、へなへなと座り込んだ。
一方、ジンはというと、いつの間にか起きたらしい。
呆けたように夜空を見上げている。
「……月……か……?」
「そうだよ、満月だ。綺麗だよな」
「……ああ、綺麗だ……」
ぼそりと答えたジンの瞳が潤む。そして、一筋、涙がこぼれ落ちた。
「本当に、綺麗だ」
そしてジンは、びっくりするぐらい嬉しそうな笑顔を見せた。
一体、こいつはどれほどの長い年月を、あの暗い空間で過ごしたのだろう。
誰が閉じ込めたのか知らないけど、酷いことしやがる。
――あのときは本当に、こいつの回復が優先だったからな。奪われた魔力を回復するために安全な場所で長い眠りにつく必要があった。その場所を提供してくれたのが、この里だ。
黄色の声が、俺の頭の中でした。
外に出た途端、こいつら魔力たちは俺の中に戻ったようだ。
――だが、里の一族たちも自身の身を守るために、ジンを要として結界を作ったのだろう。そのため、ジンはあの空間に縛られた。
そしてこの里は〝隠れ里〟になった、か。
確か先代聖女よりもさらに昔の話だって言っていた。
それだけの長い年月をひとりきりで過ごしていたら、多少性格が捻くれてしまうのも無理はないだろうな。
――ひねくれ、ひねくれ!
――ひねくれー?
――ダメ……。言っ……ちゃ……メ……!
赤と青が俺に同調したのを、黒が窘めた。
はは、悪い悪い。
――と、誰か来る。
神殿のほうから幾人かの気配がしたので、警戒した。
「遅い、貴様ら! 一体いつまで、人を待たせている! さっきの爆発音はなんだ!?」
現れたのは、怒り心頭のレックスとサディアス、ダンだった。
あ……、ごめん。忘れてた。
どうやら、俺たちが帰ってくるのが遅かったので、神殿に戻って待っていたようだ。
それで急に爆発音が聞こえたので、様子を見に来たらしい。
爆発音って、黒い大岩が砕けた音だったのだろうか。
「いやその、ちょっと色々あったんだ、ごめん」
「その色々とやら、たっぷり聞かせてもらおうか。なに、時間はいくらでもある」
レックスは真っ直ぐ俺に近づくと、肩をがっしり掴んで、笑った。
わぁい、目が笑ってねぇや。
「中でどのような話があった。その男は誰だ。そして、なぜ貴様が入った黒い大岩が破壊されている。私が納得できるまで、とことん説明してもらうぞ」
「勝手ながら、お茶も用意させていただきました。存分にお話しできますよ。よかったですね」
サディアスもがっちり俺の腕を掴んでいる。
逃がしてくれそうもない。くそう。
「痛すぎるんだけど、手加減してくれない?」
「無理です」
とてもいい笑顔でサディアスが答えた。
ダンはというと、座り込んでいるドナを起き上がらせていた。
そしてジンを見て驚いていた。
ダンにはジンが精霊の王だとわかったのかもしれない。
そうして俺はレックスたちに連行されることになった。
そのとき、カラリと黒い岩の欠片が落ちた音がした。
気になって振り返った瞬間に、黒い大岩の瓦礫が弾けて、土煙が上がる。
煙の中から、人影が現れた。
「レイヴン!?」
レックスとサディアスを振り払い、警戒する。
ふたりもまた、緊急事態と判断したのか、俺と同様に周囲を警戒した。
「てめぇ、マジでムカつくな。ここまで運に愛されてるなんざ、尋常じゃねぇぞ」
現れたレイヴンは、黒い空間とは違った姿をしていた。
あれだけ余裕を見せていたのに、なぜか服がボロボロで、どこかダメージを受けているのか、頭から血を流していた。
そして左肩から先が鴉の羽に変化していて、両足も鴉の脚になっている。
「まさか……本当に……!」
ドナとダンがレイヴンの姿を見て驚いている。
知り合いが、異形の姿になったんだ。ショックを受けるのも当然だろう。
だけどダンはすぐに気持ちを切り替えたのか、ドナとジンを守るように、ふたりを後ろに下がらせた。
「くそう、下手に融合しちまいやがった。クソッタレが!」
毒づいたレイヴンが、ジンではなく、俺に向かって襲いかかる。
融合したって、あの鴉とか?
――そのようだな。黒い空間では分離していたが、元に戻ったようだ。いや、アレを元に戻ったとは言い難いが……。
黄色が答えてくれた。
そうだよな、無理にくっつけられた感じだ。それでダメージを受けているのかもしれない。
余計なことを考えていたせいか、目前にはすでにレイヴンがいた。
そして、鉤爪になった右手で頭から攻撃してくる。
寸前で、サディアスがレイヴンの鉤爪を鞭で弾いてくれた。
「貴方、呆け過ぎではありませんか。緊張感を持ちなさい!」
「悪い!」
サディアスがレイヴンを相手してくれている隙に、レックスとともに下がって距離を取る。
レイヴンは舌打ちして左の羽を広げた。
すると魔力を帯びた羽根の矢が俺たち目掛けて放たれる。
「壁!」
土壁で、それらを防ぐ。
同時に、ダンたちの前にも作っておいた。
あれ? なんか、魔力の流れがスムーズだ。
いつもより、すんなり壁が作れる。
視界の端で、ぷい、とジンがそっぽを向いた。
なるほど。あいつと契約したお陰っぽい。
サディアスはというと、鞭で羽根を薙ぎ払いながら、俺たちのいる壁へと避難してきた。
すげぇな、こいつ。万能執事じゃねぇか。……ちょっと変わっているけど。
羽根は土壁に刺さるが、貫くほどの威力はない。
よかった、鴉のドリルほどの貫通力はなかったようだ。
「なんだ、あいつ。魔族なのか!?」
「ああ。婆様の息子で、先代巫女の弟、そしていまは魔族になった、レイヴンだ」
レックスに答える。
「中で、なにがあった!」
「襲われてたんだ、あいつにな」
端的に話すと、レックスが理解を示した。
「なるほど。ともかく、私が貴様から詳しい話を聞くには、あいつをどうにかするのが先ということか」
「ああ」
「では、あとは任せろ。戦うことが苦手なお前が、よく頑張った」
レイヴンを見据えて、レックスは剣を構えた。
「え……? 俺、苦手って言ったっけ?」
確かにみんなと稽古していて、一番弱くて、そんなこと言った記憶があるけど。
ひょっとして、思い出してくれたのだろうか。
「動きを見ていればわかる。素人は黙って見ていろ。まったく、このように使えない者を、なぜフレドリック殿下は使うのだろうな」
あ、ああ、そうか。びっくりした。
なんだよ、ちょっと期待したじゃねぇか。
読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
出番がわりと多くて、紹介がまだのキャラクターたちの一覧です。
感想であったので作ってみました。
◆ゴルドバーグ家
チェスター・ゴルドバーグ:弟。金髪。侯爵子息。占い好き。
キャロル・ゴルドバーグ:末妹。金髪。侯爵令嬢。縦ロール似合う。
◆ブラックカラント家
エイベル:レックスの従者。まとめ役。
サディアス:レックスの従者。サドでマゾ。
◆〝隠れ里〟の里人
ドナ:現役の巫女。
ダン:里人のまとめ役。
婆様:先々代巫女。
◆魔族側
レイヴン:魔族。元、〝隠れ里〟の里人。シスコン。
鴉:レイヴンと融合した魔物。
ヴィオラ:魔族。ターラの娘。ぼんっきゅっぼん。アイリーンの侍女。
◆精霊側
ジン:精霊の王。
大地母神:大地母神。太古の神の一柱。
セレ:先代聖女。〝隠れ里〟の里人。
サブタイトルは、すみません。このままです。
次も来週土曜日ぐらいに、更新したいと思います。




