116 立っている者は親でも使え
宣伝です。
2巻、8月31日に発売予定です。
よろしくお願いします。
116 立っている者は親でも使え
レイヴンに魔剣を突きつけられたジンは、溜め息を吐いて、俺を恨めしそうに見た。
「ほら、お前がさっさと僕を刺さないから、余計な邪魔が入ったじゃないか」
ちょっと待て。俺のせいなのか。違うだろ。
「まぁいいや、僕はどちらでもいいし。とりあえず、いちおう理由は聞いておこうかな。どうして〝力〟が欲しいんだい」
「あっさりしてるなぁ、あんた。仮にも命を奪おうってヤツに理由を聞くか。隠すほどのものでもねぇから、教えてやるけどさ。王国を――正確には王を殺すためだな」
ジンもレイヴンも軽く言い過ぎだろ。
「魔王に期待したが、あのお坊ちゃん、ちっとも動かねぇ。大がかりな仕掛けをしたかと思えば、その坊主の記憶を人間たちから奪うってだけの代物だった。まぁ、聖女が施した結界に対しても多少の影響はあったみたいだがな。お陰で里の結界にも干渉したようで、こうして壊して入ることができた」
さらにはとんでもないことを、なんでもないことのように言いやがった。
やっぱり魔族の策略だったか。
でも、なんで俺をピンポイントで狙うんだよ。
俺はなにもしてねぇぞ。
「わかってねぇって、顔だな。無意識ってのは怖いねぇ。運が味方してるヤツらは、たいがいそういう連中だったな。まぁいいさ。魔族側が一方的に坊主を一番の障害だと認識したってだけの話だ。気にすんな」
レイヴンはククッと笑ったが、目が笑っていない。
そういう運が働くような偶然を憎んでいるようだった。
「けどなぁ、魔王のほうも気が長いにもほどがある。王国を恨んで憎んでいるくせに、やっていることが回りくどい。さっさと滅ぼせばいいものを、なにを悠長にやってやがるんだか。魔族ってのは、長生きしすぎて、時間を気にしないのかね。〝蛇〟の野郎は、シナリオに沿ったバッドエンドを目指したほうが効率がよさそうだとか、わけのわからねぇことを言いやがるしよ……」
『魔王様を侮辱するな、人間!』
レイヴンの肩にいた鴉が羽を広げて、騒いだ。しかも、人間の言葉で。
ひょっとして、魔物なのか?
うわ、初めて見た。
ほら、魔王のヤツは人間形態だっただろ?
あとは黒猫だけど、あれ、猫だったし。「にゃー」しか鳴かなかったからな。
喋る鴉の魔物だ。すげー。なんかすげー。
冷静に考えると、気持ち悪いけど、わくわくするな。
でも、あいつと戦えるかどうかは、別問題だ。
だって俺、ケヴィンと稽古しかしてねーし。魔物と戦うなんて、考えたこともなかった。
「あー、うるせー。馬鹿にしたんじゃねぇ。事実を言ったんだ。お前もおとなしく俺の力でいろや。ここに入った途端、分離するなんて聞いてねぇぞ」
『お前が俺の依り代になったんだ。お前こそわきまえろ!』
鴉とレイヴンが言い合っている。
ふたりの仲はよくないようだった。
「依り代ねぇ……。どちらが主導権を握っているのかなんてどうでもいいさ。やっぱりデュークは魔物と融合して魔族になったんだな」
ジンが呟く。
「ああ、そうみたいだな。俺も融合してわかった。大昔の伝承にあったとおり、一族の一部、引き籠もるのをやめて復讐を誓った連中は魔族と融合して長寿になったんだろうよ。俺も里の一族の人間だからな。資格はあったんだろう」
くそう。ショートカットして重要地点に来たのはいいけど、超重要すぎて、情報が多すぎだ。
やっぱりショートカットはクリア後の強くてニューゲームからが本番だった。
ともかく、いま、魔族の秘密をサラッと聞いた気がする。
「それじゃ、もう質問はねぇな。さっさと終わらせようか」
言うや否や、レイヴンはジンに斬りかかった。
ジンはというと、逃げる気配がない。
ちょっ、なにを考えてるんだ!
「壁っ!」
慌ててジンの前に土壁を作る。
よかった。
この空間では、村の外のように魔術が効きにくいなんてことなく、スムーズに発動できる。
その土壁を、ジンが振るった魔剣は易々と斬り裂いて、次々と襲ってくる。
なんだよ、土壁が豆腐みたいじゃないか!
あの魔剣、マジでヤバい。
連続で土壁を作ってレイヴンの攻撃を防ぎながら、ジンを連れて逃げた。
「お前ねぇ、邪魔をしないでくれるかな」
「うるせえ、黙ってろ。俺と契約したんだろうが。だったら、俺に付いてこい!」
ふざけたことを抜かすジンに怒鳴り返して、幾重にも土壁を後ろに作る。
その土壁を難なく切り裂いて迫ってくるレイヴン。
「やめて! やめなさい、レイヴン!」
ドナが静止するが、レイヴンは彼女には興味がないようで、見向きもしなかった。
『うるさいぞ、女! 食ってやる!』
鴉がレイヴンの肩を離れ、ドナへと向かう。
間に合わない!
「そっちは獲物じゃねえぞ。間違えるな」
しかし、レイヴンが鴉に向かって手を突き出すと、突風が鴉を襲った。
突風は鴉を巻き込んだまま、俺たちに向かってくる。
それを特大の土壁で遮った。
『ぐえっ!』
衝突した音と鴉の潰れたような声が聞こえたが、気にしていられない。
距離を詰めたレイヴンの剣戟が、俺の頭の上を掠めていった。
くそ、こっちの体勢が整う前に畳み掛けてきやがる。
土壁をいくつ出しても、スパスパ切り裂かれていくと、マジで心が折れそうだ。
かろうじて牽制になっているけれど、体勢を整えられねぇ。
さらにはジンが非協力的なうえ、黒い鎖が邪魔だ。逃げる範囲が限定されている。
「ちょこまか逃げるな。諦めたほうが、早く楽になれるぞ」
「できるか!」
振り下ろしたレイヴンの腕を狙って、土壁を下から突き上げた。
「ぐっ!」
やった、腕に直撃だ。反動で魔剣を落とすことに成功した。
俺は魔剣を拾おうと手を伸ばす。
だが、顔を蹴られて、弾き飛ばされた。
受け身を取ってすぐに立ち上がるけれど、ヤバイ、ジンと引き離された。
「やるねぇ、坊主。だが、終わりだ」
痛めた右腕をだらりと下げながら、左手で魔剣を拾い上げたレイヴンが、ジンに向かって振り下ろす。どっちも利き腕なのかよ!
――ダメ……!
黒がレイヴンの前に立ち塞がり、魔術障壁を発生させた。
「なにをしているんだ、君は! 逃げろ!」
青ざめたジンが叫ぶ。
振り下ろされた魔剣は、黒の魔術障壁を簡単に破壊した。
「黒!」
駆けつけようとするが、魔術も間に合わない。
凶刃が黒に迫る寸前、大きな土壁が割って入った。
黄色だ。
俺の土壁とは違い、あの魔剣にスッパリと斬られることはなかった。
けれど、斬られていることには間違いない。
――早くしろ!
「わかってる!」
黒を脇に抱え、ジンの腕を掴み、無理やり連れて逃げる。思ったより素直に付いてきてくれたので助かった。
「でも、くそ……。どこに逃げりゃいいんだ……!」
この空間の外に逃げようにも、どうすれば出られるのかわからない。
おまけに、ジンは鎖でこの空間に繋がれている。
くそう。この鎖、どうにかならねぇかな。
土壁で潰してみても、潰れなかった。
なにかないかと周りを見回すと、立ち竦んでいるドナの姿が見えた。
「ドナ! ここから出られるか?」
「は、はい。路は知っていますので……」
「逃がすと思うか?」
土壁の上でレイヴンが俺たちを見下ろしている。
斬るのをやめて、上ったようだ。確かにそっちのほうが早い。
そして、俺たちに向かってなにかを投げた。
「いい加減、ノビてねぇで、ちったぁ役に立て!」
『カー! バカー! 投げるな、馬鹿人間!』
鴉だった。
「仲間じゃないのかよ!」
「立ってる者は親でも使えってな! そこに落ちてたんだ、使うのが人情ってモンだろ」
違うと思う。
鴉は投げられつつも、空中で体勢を立て直す。
そして、羽根に風の魔力を纏うのが見えた。と、同時にスピードが上がったうえ、回転した。
え、ドリル!?
慌てて土壁で遮るが、ぶつかった音のあとに、ギュルギュルと土壁を削る音がした。
間違いなく、ドリルだ。
ピシリと土壁にヒビが入る。
そして逃げ道を塞ぐように、レイヴンが回り込んでいた。
音を立てて、土壁を破って鴉が襲いかかる。
そこに、ジンを捕らえていた鎖で鴉を絡め取った。
いやだって、向こうからこっちは見えないから、チャンスだろ?
『ガー! 離せ、人間! これを外せ!』
暴れれば暴れるほど、鴉と鎖がこんがらがる。
ふっ、行動不能に陥ったようだな。
よし、あとはレイヴンだ。
振り返ったそこに、レイヴンがすでに魔剣を振りかざしていた。
狙いはやっぱり俺じゃなくて、ジンだ。
――燃えろ、燃えろ!
赤が、レイヴンに向かって、口から炎を吐く。
しかし、炎は魔剣に切り裂かれた。
炎まで斬るのかよ、あの魔剣!
赤ごとジンを襲うレイヴンに、俺は鎖玉になった鴉を投げつけた。
さすがに鴉は斬れないのか、レイヴンが舌打ちする。
無理やり魔剣の軌道を逸らしたのが見て取れた。
魔剣は鴉のすぐ傍を掠めたが、鎖は無理だった。
魔剣が鎖に触れた途端、シャランと涼しげな音が鳴って、ジンを捕らえていた鎖が砕け散った。
そして――辺り一面、俺たちごと、白い光に飲み込まれた。
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次の更新も、来週土曜日あたりにする予定です。
「イケメンに転生したけど、チートはできませんでした。」2巻、8月31日発売予定です。
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