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115 刃物はすぐに片づけよう

宣伝です。

2巻、8月31日発売です。

よろしくお願いします。

115 刃物はすぐに片づけよう


 先代聖女のセレさんが消えてから、ジンはおとなしく俺の話を聞いてくれた。

 あと、勝手に名前を付けたことは怒られたのだが、まんざらでもない様子だったことを付け加えておく。


「まぁ、男だったことは仕方がない。涙を飲んで諦めてやる」


 相変わらず、男ということに対しては、ブレずに文句を言いっ放しだったけれど。

 そこまで残念がることはないだろうに。

 けれど、待ち望んでいた人が男だったらと考えると、わからないでもない……かな?


「そら」


 ぽいっと、ジンがなにかを投げた。慌てて受け取る。

 なんなんだ。行動が突然すぎて、なにがしたいのかさっぱりだ。


 投げられたものは短剣だった。

 銀製の鞘に柄。抜いてみると、刀身も銀製だった。

 なにか魔術的なものが施されているのか、青白く光っている。


 この俺でも、高濃度の魔力が込められているのが、見て取れるほどだった。

 なにかの〝力〟が一気にあふれ出しそうで、慌てて鞘に収める。


 これ、めちゃくちゃ高価なものじゃね?

 え? なに? くれるの?


 これで魔王を倒せってことなのか?

 まぁ、この魔剣なら相当な威力がありそうだけど。


「それで僕を刺せば、お前の望むものが手に入るぞ。そのために来たんだろう。ホント、なんで男に刺されないといけないんだ。くそう」


 まだ言うか。グチグチと文句を垂れるくらいなら、やめておけばいいものを。


 だいたい、刺せと言われて「はい、そうですか」と、人に刃物を向けられるわけないだろ。

 それに魔剣だぞ。

 この魔剣、マジでヤバそうだろ。

 刺したら精霊のお前でも死にそうじゃないか。


「なんで俺が望むものを手に入れるために、人を刺さないといけないんだよ。理由くらい教えろよ」


「嫌だよ。なんで懇切丁寧に教えなきゃいけないのさ。契約したからって、なんでも答えると思うなよ。契約内容だと思って、サクッとやって、さっさと帰れよ」


 ほら、と、ジンが袖をまくって腕を出してきた。


「なにも心臓に刺せと言っているわけじゃない。腕にチクッと刺せばいいんだ。針を刺すみたいに。僕の気が変わらないうちに、さっさとやれよ。そうすりゃ、〝力〟が手に入る。デュークを、魔王を倒す〝力〟が欲しかったんだろう?」


 ジンは簡単に軽く言うが、素直に頷いてはいけない気がした。

 現に、黄色たちの顔色が変わった。

 黒だって、心配そうにしている。

 ジンを刺したら、なにか取り返しがつかないことが起こりそうだ。


「いらねぇよ」


 俺は魔剣を投げ捨てた。

 こいつの手の届かないところへ向かって。


「俺が欲しいのは、情報だって言っているだろ。俺ひとりが魔王を倒す〝力〟を得ても意味がないんだよ。みんながいますぐ俺の記憶を取り戻してくれるっていうなら、話は別だけど、そうじゃないだろう? それに、刺したお前はどうなるんだよ」


「へえ。なに、心配してくれているの? 人間風情が? 心外だな。僕が自分自身を傷つけるはずないだろうに」


 そうかもしれない。

 だけど、黄色たちの表情が大変なことだと教えてくれている。

 理由を言うわけにはいかないのか、黄色が赤と青の口を塞いでいるし、黒だって自分の口を覆っていた。


 だいたい、シミオン以上に捻くれているこいつの言うことなんか、当てにならない。


「お前も人の話を聞いていないな。俺は〝力〟が欲しいわけじゃないって言っているだろう」


 お互いに睨み合う。

 ダメだ、このままじゃ平行線を辿るだけだ。


「じゃあ、話をする気になるまで、お前、俺に付いて来いよ。こんな暗い場所にひとりでいるから意固地になるんだ。俺に付いてくれば、いつでも黄色たちと話ができるぞ」


 そうだよな、いくら引きこもりだって言ったって、少しくらい喋れる相手がいるほうがいい。

 黄色たちとは仲がいいんだし、いつでも話せるようになる。

 俺と契約したんだ、俺たちと一緒に行けるだろう。


「無理だね。お前にこれが外せるわけないだろ。契約してもこっちの強制力のほうが強いんだから」


 ジンが足下を示す。

 よく見ると、黒い鎖がジンの足に繋いであった。

 真っ黒な空間に、黒い鎖のせいで、指摘されるまで気づかなかった。


「なんで、捕まっているんだ。精霊の王だろう? 犯罪者みたいな扱いじゃないか」


「さあ。どうしてなんだろうな」


 そう言って、ジンはドナを見る。

 当代の巫女であるドナは目を見張っていた。


「わ、私が伝承で聞いているのは、我が一族のために、ここに自ら籠もられたということだけです」


 ドナの説明によると、昔、精霊と交信できたドナの先祖たちは、当時の権力者たちにその能力を使って国に貢献するよう求められた。それを断ると、迫害されたそうだ。そして、隠れ里を作り、その周囲を結界で覆うために精霊――ジンの力を借りた。

 そのときに、ジンは自ら里の結界の中に結界を張り、結界を張るために使用した力を蓄えるために眠りについたらしい。


「だってさ」


 ドナの説明を面白くなさそうに聞いていたジンは、他人事のように呟いた。



「違うのか?」


「さあね。セレがいた頃よりも、さらに大昔のことだ。僕も覚えていないよ」


 かなり違うようだ。

 ジンが説明するのも億劫なくらいに。


 ドナが申し訳なさそうに小さくなっている。

 ジンの態度で、この伝承が嘘だとわかったけれど、これ以外のことを知らないらしい。


「――あんまりいじめてやるなよ。そいつは巫女を押しつけられただけなんだからな」


 知らない声が割り込んできた。

 声の方向を見ると、肩に鴉を乗せた痩せぎすな男がいた。


 年の頃は二十代後半。ドナよりも若く見える。

 それなのに、醸し出している雰囲気は、厭世的とでも言えばいいのか、人生に疲れたおっさんみたいだった。


 そうして、その男は俺が投げ捨てた魔剣を拾い上げた。


「レイヴン……!」


 ドナが驚く。

 レイヴンって確か、婆様の息子か。


 つまり、〝黒い稲妻〟の関係者。イコール、魔族の関係者。

 手がかりが飛び込んできてくれた。


「どうして貴方がここに……。ここは巫女しか入れない場所なのに……」


「ああ、ババァにそう教わったか。ここは巫女一族なら、入れるんだ。ただ、男はそいつの許可がいるってだけだ」


 ジンを指さし、ドナの疑問にレイヴンが答える。

 婆様の息子だけあって、巫女やジンのことについて、ドナよりも詳しいみたいだ。


「でもまぁ、すでに男が招待されているし、結界もすでにボロボロだ。強引に綻びを広げたら、すんなり入れたよ。時間はかかったけどな」


 レイヴンは俺を一瞥してニヤリと笑う。

 俺がこの空間にいることで、男でも入れるようになったらしい。


「そいつはご苦労様。招いてもいないのに、こんなところまで来るような礼儀知らずは、さっさと帰ってほしいね。男は大嫌いなんだ」


「どこまで男嫌いなんだよ、あんた。正式な巫女がいなくてまともな結界が張れずにいるところに、さらには〝黒い稲妻〟であんたを閉じ込めていた里の一族の結界をボロボロにしたんだ。ここまで手をかけたってのに、男を入れないってのは、度が過ぎているんじゃね? こっちはガキの頃からあんたに会いたくてたまらなかったっていうのに」


「うるさいな。僕以外の男は死ねばいい。そうは思わないか?」


「俺に聞くな」


 どうしてこっちに話を振るんだ。


 俺の賛同を得られなかったジンは溜め息を吐くと、レイヴンに向き直った。


「男って生き物は争いばかりする生き物だし、僕の大事なものを奪ってばかりだ。僕の娘もセレも、勝手に奪っていく。それでどうして好きになれって言うんだい」


「ああ、そうだな。男ってのはそういう生き物だ。人様の姉を奪ったくせに、取り戻しに来た弟は痛めつけて追い返す。けど、そいつは権力者に限ってのことだ。俺たち一般人はいつも奪われる側さ。なぁ坊主、そう思うだろ」


「だから、俺に同意を求めるな」


 俺はお前らの事情を知らないんだから、下手に同意なんかできない。


 レイヴンは「まぁ、そうだな」と、笑う。


「ともかく、男ってだけで排除されるのはかなわないな。話くらい聞いても構わないだろうに」


「冗談だろ」


「その坊主の話は聞いたのに」


「セレに頼まれたから、仕方なくだ」


「じゃあ、仕方がねぇな」


 レイヴンはすらりと魔剣を抜くと、切っ先をジンに向けた。


「改めて初めまして、精霊王。長年の務めはもう終わりだ。俺に〝力〟を与えて、死んでくれ」


読んでくださって、ありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。


2巻は8月31日発売ですので、よろしくお願いします。


次は来週土曜日くらいに更新できたらいいなと思ってます。


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