114 お願いは真摯に
遅くてすみません。
告知です。
2巻、8月31日に発売予定です。
よろしくお願いします。
114 お願いは真摯に
「はぁ……。男っていうだけでテンションが下がるんだけど、そうも言っていられないか」
まだ言うか。
男は――ああもう、名前がなくて不便だな。誰か教えてくれ。
黄色を見ると、首を振る。え? 名前ないの? 黒も頷く。マジでか。
じゃあ、どうするかな……。
――よし、こいつをジンと呼ぼう。
うん、こいつも精霊らしいからな。安易に考えた名前だけど、これが一番だろう。
第一、なにを司っているのかわからないし。
黄色と黒、赤、青が笑顔になる。
お、いい名前みたいだ。
俺の心の中の葛藤など知る由もない男――ジンは、グチグチとぼやき続けていた。
「ホント、ディアス王国のことなんか、どうでもいいんだけどね。滅ぶなら、勝手に滅べばいいし。けど、泣かれるのは嫌だからなぁ」
誰にだ? 俺のことじゃないよな。昔の聖女のことか?
どうも違うような気がするけど。
もっともっと昔に思いを馳せているような、そんな遠い目をしている。
踏み込んだらいけない雰囲気を醸し出していた。
「よし。ここはひとつ、デュークじゃなく、僕の手でディアス王国を滅ぼすってのはどうだい?」
「いいわけないだろ」
ジンがいい考えだとばかりに、膝を打つ。
しんみりしていた雰囲気を返せよ。
だいたいお前、泣かれるのは嫌だと言ったばかりだろうが。
それが誰かはわからないけれど。
「簡単に国を滅ぼすなんて言うなよ。ディアス王国なんて聞いたことない国だけど、お前の都合で勝手に滅ぼすな」
「え? この国だろ? お前、自分の国のことも知らないのか」
「は? この国はセレンディアス王国だ。ディアス王国は知らん」
もともと、俺たちの国は、聖女と六騎神が興した国だ。
それ以前にあった国のことは、教わっていない。
それを説明すると、ジンは笑顔になった。
もちろん、怖いほうの。
「どういう意味だい?」
ジンが黄色に尋ねる。
――俺が知っているとでも? ただ、俺たちが眠りにつく前に、彼女が王子に言い寄られて、悩んでいたのは聞いた。
王子? 初代国王のことか?
「あのクソ王子が……。ディヴィッドを殺しておけばよかった。セレがディヴィッドを好きだったなんてあるものか。あいつ、里に隠れていたセレを無理やり連れ出しやがったな」
「ディヴィッド? 初代国王はセレンディアスだろ? 聖女セレンディアと結ばれて、騎神セレンディアスはセレンディア王国を興したんだ」
「はーん。改名したな。歴史を闇に葬りたかったってか。わざわざセレの名前を取り入れやがって。下心が見え見えなんだよ。こっちが手を出せねぇのをわかってやがったな。クソが」
ジンは舌打ちしてから、また深く溜息を吐いた。
「マジで今回は見送りたい。協力したくない。むしろ滅べ」
「そういうわけにいくか。滅ぼすのだけはやめてくれ」
けれど、こいつにも事情があるみたいだ。手伝ってもらうのは無理かもしれない。
「あのさ、俺が協力して欲しいのは、魔王デュークを倒す方法があるなら、それを教えてほしいだけなんだ。その方法を調べるために〝黒い稲妻〟が落ちた付近の調査に来ただけだしな。できたらみんなが俺の記憶だけ失った原因を取り除きたい。そして、俺のことを思い出してほしい。そんな魔術の情報も知っていたら教えて欲しい」
うん、俺が欲しいのは情報だ。
ジンに力を貸して欲しいわけじゃない。
「お前が協力したくないなら、しなくて構わないんだ。そんなもの、強制するものじゃないだろう」
だいたい、ここに来たのは〝精霊の守護を持つ者〟だと言われて案内されただけだ。
黄色たちが俺を守護してくれていたのがはっきりわかってよかったと思う。
でも、別に知らなくても困らない話ではあった。
ただ、婆様たちが警戒していた理由くらいは知りたいなと思ったくらいで。
それが〝ジンの協力を得る〟ということなら、婆様たちには「断られた」と言えば済む話だろう。
ともかく、俺が魔王を倒すために――最低でも、記憶を奪われる魔術の解除ができる方法を見つければ、王国全体で魔王の対策を立てられる可能性が出てくる。
父上たちだって、数年前から魔王への対策を練っていたんだ。
俺のことを思い出してくれさえすれば、父上と協力して魔王を追い詰めることはできるはずだ。
聖女であるカトリーナや、六騎神の末裔であるエリオットたちとも力を合わせられる。
「頼む、ジン。情報が足りないんだ。お前の力を貸してくれなんて言わない。ただ、なにか知っているなら教えて欲しい。それすらも嫌だと言われると、その……正直、困る。だから、お願いします。魔王を倒す方法を教えてください!」
頭を下げてしばらく待っていると、盛大な溜息が聞こえた。
「力を貸さなくていいけど、情報はくれって……それ、協力しろって言っているようなものじゃないか。ホント、図々しいよね、人間って」
やっぱりダメか。
でも、黄色たちすら知らない情報を、こいつは知っているかもしれない。
なんせ、先代聖女を直に知っている。たぶん、それより昔のことも。
諦められるわけがない。
「それでもお願いします。図々しい願いだってことはわかっています。俺にできることなら、なんでもします! だから、俺に情報をください!」
土下座して頼み込むと、俺の周りに黄色たちの気配がした。
そっと横を見ると、黒が、黄色が、赤、青が、俺と同じように土下座していた。
「ちょっ、やめてくれよ! こいつはともかく、君たちまで僕に頼み込む必要はないだろう!」
――テオドールは俺の主だからな。主が頼むのだ、仕方あるまい。
――お……願……い……。
――お願いお願い。
――おねがいー。
ごめんな、ありがとうな。
『私からもお願いします』
そう言って、白いワンピースを着た女性が俺とジンの間にふわりと舞い降りた。
「……なんで、君が……ここに……!」
ジンが驚いている。
黄色たちもまた、目を丸くして驚いていた。
いったい、誰だ?
女性は俺に微笑むと、髪に編み込んだリボンを示す。
あれは確か、夢の中で会った女性にあげたリボンだった。
え? あのときの女性?
そうして女性もまた、ジンに向かって土下座をした。
『お願いします。彼に協力してあげて』
「君までそんなことを言うのか、セレ……!」
セレ!? ええと、この女性が先代聖女セレンディアスなのか!?
先代聖女もこうしてお願いしてくれているんだ、俺も。
「お願いします、ジン!」
「わかった、わかったよ、くそっ! この卑怯者が! セレにまで縁を繋ぎやがって!」
根負けしたジンが、叫んだ。
そのときだ。
ジンと俺を囲うように、なにかの魔法陣が展開し、強烈な光が放たれた。
え? なにが起こっているの!?
『――古の盟約に従い、名を与えたテオドールと精霊王ジンとの契約がここに成された』
淡々とした声で、聖女――セレさんが呟く。
「セレ!? じゃない、大地母神か! セレの魂の陰に隠れてやがったな!」
『――意固地になるのもいい加減にするがよい。数百年も仕事を放棄していたのだ、休暇はもういいだろう。仕事に戻れ』
そうして魔法陣とともに、光が消えると、セレさんがゆっくりと目を開く。
『ごめんなさい。でも、私……。お願い、デュークを救ってあげて……』
それだけ言うと、セレさんの姿が薄くなって消えた。
「クソババアに頼まれて、断れる君じゃないことぐらい、わかっているさ」
セレさんが消えた空間を寂しげに見つめて、ジンが呟いた。
遅筆ですみません。
書籍2巻が8月31日に発売予定です。
詳しくは活動報告で。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。
来週土曜くらいに更新するようにします。




