111 大量の情報は混乱する
111 大量の情報は混乱する
この小さな神殿の巫女だという女性は、ドナと名乗った。
ドナは俺たちを神殿の奥へと案内してくれた。
大地母神像だけが祀られている珍しい祭殿を抜けて裏手に回ると、庭に出た。
綺麗に手入れされた中庭の先に見えてきたのは、大きな黒い岩だった。
いままで道中で見た岩よりもはるかに大きい。家一軒くらいありそうだ。
「こちらから行きましょうか」
ドナがそう言って黒い岩に触れると、岩の表面に波紋が広がった。
「手を」
差し出された手は俺に向けてだった。
「我々も同行させてもらえるのでしょうね?」
サディアスが確認する。
しかし、ドナは首を振った。
「申し訳ありませんが、遠慮してください。私の力では複数人を案内することは許容範囲を超えてしまいますので」
「……それは仕方がないな。ここで待っていれば、戻ってくるのだな?」
レックスが尋ねる。
「それはもちろん。ダンとしばらくお待ちください」
「なんともむさ苦しいですね」
サディアスが文句をこぼすが、仕方がないと納得したようだ。
確かに男三人で待っているのは嫌だろう。
「では参りましょう」
ドナに引き連れられて、俺は岩の中へと入った。
◇
この隠れ里へ来たときと同じような真っ黒い空間だった。
なにも見えないのに、足元には道があるようで、しっかりと歩けている。
ただ、ドナとは手を繋いだままだ。
はぐれてしまう可能性があるから、手は離せないんだそうだ。
そして歩きながらドナが話してくれた。
「かつては〝精霊の守護を持つ者〟は聖女だったと聞いております」
「悪かったな、聖女じゃなくて。でも、いちおう言っておくぞ。俺の本当の名前はテオドール・ゴルドバーグ。ゴルドバーグ家の嫡男だ。この前の聖女祭では六騎神の役割を担った」
そう言うと、ドナは驚いて俺をマジマジと見つめた。
「六騎神の末裔……なのですか? 本当に?」
「本当だよ。魔王の策略で俺の記憶がみんなから失われたんだ。だから、従者として魔王に関することを調べている。たぶん、聖女祭で落ちた黒い稲妻が関係していると思うんだよな。それでこの隠れ里に来たんだ。なにかわかるかと思って」
そうしたら〝精霊の守護を持つ者〟とか、婆様の息子のことだとか、なんだか妙な方向に話が行っているんだけど。
「……そうですか……」
ドナが考え込む。
「ま、考えてもわかりませんね。だいたいこの前から妙なことが起こっているのです。私が考えてもわからないことはわかりません」
けれど、すぐに割り切った。
割り切り方がすごく雑なんですけど、この人。
「俺もそう言えることができればいいんだけどな。でも、みんなに、大事な人たちに俺のことを思い出してもらうためには頑張らないといけないんだ。わからないからって、投げ出すわけにはいかない」
そのためにここまで来たんだから。
「それでしたら、頑張ってください」
「他人事かよ」
「他人事ですので。でも、逃げることも諦めることも選択肢のひとつですよ。誰かに任せて逃げ出すなんてこと、世の中にはたくさんあります」
ドナがどこか遠くを見た。
なにか思うところがあるのかもしれない。
「それができることと、できないことがあるさ。俺にとっちゃ、これは逃げることも諦めることも、ましてや誰かに任せることもできない」
「そういう人ほど、最終的には投げ出すんですよ」
なんだろう、妙に引っかかるな。
「諦めたことがあるのか?」
「任せられた――というか、押しつけられたほうです。この巫女職をね。資格もないのに、無理やり力を譲られて。……ま、もっとも、譲ったほうも不本意だったでしょうが。無理やり巫女を辞めさせられたのですから」
そして、「王には逆らえませんものね」と呟いた。
いま、なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど……。
「……ええと、立ち入ったことを聞くけど、王様……国王陛下はここに来たことがあるのか?」
「ええ、先王が亡くなられた直後にね。まぁ、挨拶回りの一環で来たらしいですよ。隠れ里とはいえ、セレンディア王国の一部ですからね。でもってそのときの巫女に一目惚れしましてね、無理やり連れ帰りました。王はもうすでに結婚もしていたのにね。それで、その王妃よりも先に王子を産んでしまって、それ以降、彼女の話は聞きません。――貴方は聞いたことがありますか?」
「いや……俺はなにも……というか、ちょっと待ってくれ! それって、誰も知らない話なんじゃないか!? 少なくとも俺は知らない。そんな話、聞いたこともない」
ドナがさらりと言い放った言葉は衝撃的なものだった。
これってアレだろ?
フレドリックの出生の話だろ?
「誰も知らないなんてことはありません。第一、ここに案内したのは先代のブラックカラント公爵です。いまの公爵も王の親友として同行していましたよ。もっとも、あの若様はご存知ないようですね」
いや、そうだろう。
レックスが知っていたら、きっとなにかしらのリアクションがあるはずだ。
「当然、箝口令を敷かれたのでしょう。ですがあそこまで知らないとなると、徹底的に行ったようですね」
「そうかもな。俺は噂話すら聞いたことがない」
そう言うと、ドナは深く深くため息を吐いた。
「王が黙らせたのか、王妃が黙らせたのか……まぁ、どうでもいいですけどね。ほんと、重要な役割を押しつけられたこっちの身にもなってほしいものです。でもまぁ、もう役割なんて意味もないですが」
「どうしてだ? いまも巫女としてなにか守っているんだろう? たとえばこの里の結界とか」
こうやって、黒い岩の中を通れる能力があるんだ。
きっと隠れ里の結界もこの人が維持しているんだろう。
王国の結界を維持する、神殿のように。
「それくらいですね。もうひとつの結界は壊れましたから。ある男の手によって」
「もうひとつ?」
「聖女が施したという、魔王の封印ですよ。リタを――巫女だった姉を王に奪われた弟は、王に復讐するために魔王の封印を解きました。おそらくね」
なんだってー!
遅くなりましたすみません。
いつのまにか新年が明けて1月が終わっているという現象が起きてました。
怖いです。
なかなか話が進まなくてすみません。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマありがとうございます。
評価ありがとうございます。




