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107 従者ってのは怖い生き物です

107 従者ってのは怖い生き物です


 突然現れたレックスたちは、荷物を取り上げたあとテキパキと俺を縛り上げた。

 ただ、頭の上にいたヒヨコには変な目を向けただけで、取り上げることはしなかったけど。


「痛いから、もうちょっと緩くしてくれるとありがたいんだけど」


「無理です。というか、なかなか図太いですね、貴方。いいですか、レックス様はお優しいからこれくらいで済んでいると思いなさい」


 答えたのは、レックスの従者サディアスだ。

 言葉とは裏腹に、きつく縛ってきやがる。こんにゃろう。

 睨んでやると、さらに嬉しそうに縛り上げやがった。

 こいつ、絶対(サド)だ。


 そうして黒い岩の前で尋問が始まった。

 レックス直々ではなく、サディアスが乗馬用の鞭をヒュンヒュン鳴らして俺の前に立った。

 お前かよ。

 こいつ、マジで怖いんだけど。


「さて、答えていただきましょうか。まず、貴方は何者ですか?」


 ええと。やっぱりフレドリックが用意してくれた身分を言ったほうがいいのかな?

 けど、フレドリックに迷惑かけられないよな。


「レックス様」


 悩んでいると、俺の荷物を調べていた大柄の従者――確か、従者たちのまとめ役のエイベルだったっけ――がレックスに耳打ちしていた。

 あ。身分証があったんだ。


「ええと。その身分証にあるとおりなんだけど、黙っていてくれると助かる……かも?」


 答えると、いつものようにレックスが額を押さえた。

 なんか懐かしいな。

 みんなが俺を忘れてから、まだ一カ月しか経ってないってのに。なんだか妙に懐かしい。


「フレドリック様の手の者か。なにが目的だ?」


「黒い稲妻の件について」


 正直に答えると、レックスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「あの方は……。ご自分が調査されてはいけない案件だとご承知だろうに。貴様、フレドリック様の従者であるなら、なぜ止めなかった。見たところ新参のようだが、従者として諫めなければならないことくらいわかるだろう。庶子の手の者が他領で調べ物をしているなんて、謀反を疑われても弁解のしようもないぞ。少なくとも妙な憶測を招くことくらい、貴様でも予想できるはずだ」


 へえ、そうなのか。

 そういや、そうだよな。

 ゴルドバーグ領でも、余所者がウロウロしていたら警戒する。


 ……あれ? これって結構ヤバイ?


「レックス様、この者、わかっていなかったようですよ」


「そのようだな」


 サディアスにもレックスにも、エイベルをはじめとする従者たちにも呆れられた。

 そんな可哀想な子を見るような目で見るな。


「はぁ、貴方のような、なにもわかっていない者を側に置くなど、あの方はなにを考えていらっしゃるのでしょうね。ましてや、厄介事に首を突っ込ませるなんて……。慎重なあの方の考えとは到底思えません」


 まぁ、フレドリックはゴルドバーグ領に行けって言ったからな。

 たとえ俺が不審者扱いされても、父上なら俺の話を聞いてくれたかもしれないし。

 少なくとも、フレドリックに恩を売る形で調査に参加させてくれたかもしれない。


 ごめん、フレドリック。

 俺のせいで、余計な疑惑を持たれてしまった。


「どうやらこの者の独断のようですね。あの方はなにか手を打っていたのを、無下にしたようです」


 サディアスがレックスに報告してるんだけど……。

 ちょ、なんで俺の考えがわかるんだよ、コイツ。


「貴方、考えが顔に出すぎですよ。まるであの方のよう――ッ、……いけませんね、思い出せないなんて……リチャードのご主人だったはずなのですが――ともかく、貴方は従者には向いていません。いますぐやめた方がよろしい」


 きっぱりと言い切るサディアス。

 俺って、そんなに顔にでるのかな?


「まぁいい。あの方の従者であるなら、捕らえて尋問するわけにもいかないだろう。放してやろう。貴様の願いどおり、父上への報告もしないでおいてやる」


 俺を睨みつけながらも、レックスは俺を解放してくれる発言をした。


「ただし、すぐさまブラックカラント領を出て行ってもらおう。そして、あの方へ『余計なことはしないように』と、伝えろ。この件に関しては、国王陛下はもちろん重鎮の方々もご承知だし、それぞれ調査もされているはずだ。心配しなくとも、必要な調査は各地で行われている。貴様如きが出しゃばる必要はない」


 確かにレックスの言うとおり、本祭で落ちた黒い稲妻のことぐらい、調査されていると思う。おそらく父上だって調べているはずだ。

 だけど、もうすでに魔王は王国に潜り込んでいる。

 俺の立場を乗っ取って、レックス、お前の側に何食わぬ顔をしてほくそ笑んでいるんだ。

 そのことに気づいているのは、俺とフレドリックだけだろう。

 フレドリックも半信半疑みたいだけど。


 魔王に立場を追われた俺だからこそ、気づけることがあるかもしれない。

 フレドリックが俺に調査をさせているのも、それが理由だと思う。

 あのフレドリックが疑惑を持たれることをわかっていないはずはないのだから。

 ……まぁ、俺が忠告どおりゴルドバーグ領に行かなかったことは想定外だっただろうけど。


 うん、ごめん。

 笑顔で青筋立てるフレドリックを想像しながら、心の中で謝る。


「伝言くらいは貴様でもできるだろう。すぐに帰れ」


 レックスが言うけど、それはできないんだ。

 なんの成果もなく、おとなしく帰ることはできない。


 ――やるぜやるぜ!


 ――仕方ない、手伝ってやろう。


 先ほどから少しずつ溜め込んだ魔力を、赤の力を借りて一斉に爆発させる。

 ケヴィン直伝だ。

 俺を縛っている縄を火の魔術で焼き切ると同時に、俺を押さえている男たちの眼前で猫だましの爆発をさせた。

 男たちの目が眩み、手が緩んだところを、一気に土を盛り上げて、俺の体ごと上昇させる。黄色が手伝ってくれているせいか、さっきよりスムーズに土が言うことを聞いてくれた。


「貴様!」


「悪い、レックス! いま追い出されるわけにはいかないんだ!」


「逃がすか!」


 闇の魔力がレックスのところに集まっていくのが見えたと思ったら、鞭のように伸びて俺の足を掴んだ。


「うおっ!」


 足を引っ張られて落ちそうになるのを、必死で上昇する土にしがみついて堪える。


 ――頑張れ頑張れ!


 ――俺が手伝ってやってるんだ、気合いを入れろ!


 お前ら他人事だと思ってるだろ! 言っておくが、一蓮托生だからな!

 くそう、レックスの足下の土も一緒に盛り上げてやる!

 盛り上がる土の上でバランスを取りながら、レックスは闇の鞭を離さない。それどころかますます力を込めて、俺を引きずり下ろそうとする。ちょ、待て待て待て!


「本当に往生際が悪いのも、あの方にソックリですねッ!」


 サディアスが拳大の水弾の魔術をいくつか放つ。水弾はしがみつく俺の腕をかすめていった。

 やべ、危なかった。

 と思ったら、土の柱の上で弾けて、大量の水が降り注いだ。

 水を含んだ土は表面が泥になってぬるりと滑る。


「くっそ……!」


 しがみつく部分を崩れないよう強化して、さらには小さな足場を作って、体を安定させる。とにかくレックスたちと距離を取らないと。

 レックスの手に向けて、石礫を放つ。怪我はしないでくれよ。殺されるから。

 頼むから鞭を外してくれ。それだけでいいんだ。

 するとエイベルたちが、レックスを守ろうと風の防壁や炎で石礫を落としていく。


「貴様、私のレックス様に攻撃するとはいい度胸ですね。いますぐ落ちなさい!」


 またサディアスが水弾を放った。ちょ、やっぱりこいつ怖い!

 水弾は俺の足下で弾け、ぐらりと土の柱が傾いた。

 黒い岩へ向かって。


「ちょ、ヤバイって!」


 しゅるりと、レックスの闇の鞭が離れようとする。なので、慌てて飛びついた。このまま引っ張ってもらおう。


「なにっ!? 貴様、離せ!」


「ごめん、無理! というか、助けてくれ!」


 だけど、傾いた俺のほうにレックスも引きずられてしまった。

 俺もレックスも、足場から足が離れて体が浮いてしまう。

 そのまま、黒い岩めがけて落ちていく。


「「「レックス様!」」」


 レックスに怪我をさせるわけにはいかないので、闇の鞭ごとレックスを引き寄せる。

 レックスの頭を守るように抱きしめて、黒岩に背を向けた。


「くっ、離せ。貴様に守られるほど、私は柔ではない!」


「暴れるな! 受け身が取れないだろ! いいから、おとなしくしてろ! お前を守らないと、俺が八つ裂きになるんだよ!」


 暴れるレックスに怒鳴り返し、バランスを取ることに集中する。

 くそう、ちゃんと受け身を取れたらいいんだけど。


「レックス様をお守りするのは、私の役目です。貴方ごときが出しゃばるんじゃありません」


 背後から声がした。

 サディアスだ。

 こいつ、あの一瞬で俺たちの背後に回ったのか!?

 すげえ忠誠心だな!?


 ちらりと背後のサディアスを窺うと、両手を広げて待ち構えている。宙を飛びながら。

 ちょ、マジでどんな身体能力してるんだよ!?


「さあ、レックス様。私へと飛び込んできてください! 貴方様のお体をお守りできるのなら、私は岩に叩き付けられようと構いません。むしろ、その痛みこそが私の生きている証! レックス様が与えてくださる痛みならば、どんな痛みだろうと至上の喜びです!」


 恍惚とした表情で、語る。

 怖い怖い怖い、こいつ怖い!

 そして、真顔でとんでもないことを言い放った。


「――というわけで、貴方は邪魔です。いますぐレックス様から離れて勝手に落ちなさい」


「そんな器用なことできるわけないだろ!」


 慣性の法則に逆らえるわけないじゃないか!


 俺とレックスは、新たにサディアスを巻き込んで落ちていく。

 そして岩に叩き付けられる瞬間、


 ――トプン。


 と、黒い岩に沈んだ。


「――え……!?」


 黒い岩の向こうでは、焦った表情のエイベルたちが叫んでいるが、声は聞こえない。


「なんだ、なにが起こってるんだ……!?」


「おい、貴様、なにをした!」


「なにもしてねえよ! 俺が知りたいくらいだ!」


 思わず腕を放した途端、レックスが上体を起こして周囲の状況を確認すると、俺を責めてきた。

 俺だってわかんねぇよ。


「これは……岩の中を落ちていっているのですか?」


 サディアスの言うとおり、俺たちは黒い岩の中をどんどんと沈んでいった。

 周囲は真っ暗でなにも見えない。それなのに、俺たちの姿だけは互いに確認できる。

 不思議空間だった。


「どこへ向かっているんだ?」


 レックスが尋ねるが、俺だってわからない。


 ――あっ……た。この……向こう……に、あ……る。


 黒の声が聞こえる。この向こうに、なにがあるって?

 尋ねても黒は答えてくれない。

 もう一度尋ねようと、心で語りかけようとしたとき、それが起こった。


 ――トプン。


「いだっ!」


「――ご無事ですか、レックス様」


「あ、ああ、問題ない」


 黒い岩から突然放り出されて、俺は地面に放り出された。

 なのに、サディアスは華麗に着地して、レックスを姫抱っこで救出していた。

 ……うん、突っ込まないぞ。


 周りを確認すると、背後にはさっき沈んだ黒い岩と同じくらいの大きな岩があった。

 けど、こっちは鏡のようにツルツルしていた。ただ、触っても魔力が吸い取られることはなかった。

 そして一番の違いは、ここは森じゃなかった。

 正確に言えば、森の端かもしれない。

 黒い岩の後ろは木々が生い茂っていたから。

 だけど、反対側にはのどかな田園風景が見えた。まばらに家も見える。

 ひょっとして、ここがそう(・・)なのか?


「何者だ、貴様ら!」


 気がつくと、俺たちは武装した男たちに取り囲まれていた。

 一難去ってまた一難だ。

 なんか、俺ってば、ここ最近、呪われてねえ? 不運続きなんだけど。


めちゃくちゃ遅くてすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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