105 マップは重要だよね
105 マップは重要だよね
暗く鬱蒼とした森は歩きにくい。
いやもう、マジで獣道すら見当たらない。
大きくうねった木の根っこは俺の肩あたりの高さがあるし、下生えのシダ植物も葉が大きくて踏んで歩いて行けそうにない。
うかつに踏んだらなんか食われそうな雰囲気がある。
遠くでギャーギャー鳴く鳥? ――鳥だと思いたい。鳥だ。うん、鳥。ときどきゲッゲッゲッとか鳴く声も聞こえるけど――の声が聞こえるし、尻尾がこんもりしていてジージー鳴いている蛇も視界の端に見えたりして、幻聴や幻視したりするくらい、自然にあふれまくった大自然の森の雰囲気は厳かで怖かった。
なるべくここに棲んでいるモノたちを刺激しないよう、息を潜めて葉っぱなんかをそっと杖で避けながら進むけれど、ところどころに腐葉土があって足を取られたり、根っ子をよじ登って超えたりするだけで大変だった。
さらには黒いゴツゴツした岩が行く手を阻んで、迂回するために戻ったりとなかなか思うように進めなかった。
そして一番の問題はというと。
ここがどこなのか、さっぱりわからないということだった。
完全に迷子です。
いや、セレンディア王国の南に聳える、グローリー山の麓にある樹海だってのはわかっている。
ただ、居場所がわかんないんだ。
GPSもグー○ルマップも、マップスキルも持ってないんだよ!
聖女祭から一カ月。この森に入って三日は経っている。
「くそう、ミュリエルに会えない上に俺を思い出してもらえないまま、こんなところで野垂れ死ぬのは嫌だ」
――もう……すぐ。ガンバ……る。
答えたのは黒だ。
いやでも、ずっと森だよ? 自殺率ナンバーワンの、入ったら出られない樹海だよ?
――泣き言言ってないで、さっさと歩け。
「痛い痛い痛い」
黄色が頭の上でつつく。
ミュリエルの作った土人形のヒヨコは、器用に俺の頭の上で寛いでいた。
このヒヨコには黄色の魔力と黒の魔力が住んでる。
――歩くぜ歩くぜ!
――あるくー。
赤と青が応援してくれる。応援だよな? 煽ってないよな?
赤と青の魔力は、婚約式でミュリエルのために作ったペンダントと対で作った俺用のペンダントに住んでいるみたいだった。
緑はミュリエルのペンダントに住んだようで、声は聞こえなかった。いる、という感覚はあるんだけどな。
そして白はというと、聖女祭のときの騒動で水晶をなくしたせいか、声はおろか、存在も感じられない。
こんなことは初めてで、ちょっと心配だ。
黄色や黒は心配ないと言っていたけれど、大丈夫なのか?
ふたりが言うなら大丈夫だろうけど。
それはともかく、いまは現状をどうにかしたい。
でもどうしたらいいのか、さっぱりわかりません。教えてエライ人ー!
くそう。いいよな、お前らは乗っているだけで。
――やかましい。ここを選んだのはお前だろう。文句を言うなら北西を選べばよかったんだ。
いやそうなんだけどさ、これだけキツイとは思わなかったんだよ!
――俺は北西に行けと言ったぞ。
――言っ……た。
――言ったぜ言ったぜ!
――いったー。
全員で責められた。
うん、みんな反対したのに、この場所を選んだのは俺です。ごめんなさい。
でも魔王の居城があるというグローリー山の麓を選んだのは理由があるんだ。
俺だって少しは考えているんだぞ。
ほら、ラスボスの近くって一番重要な情報があったりするだろ?
強力なアイテムとか武器とか手に入ったりするじゃん。
ショートカットを考えた俺は悪くないはずだ。
――実力が伴っていればな。
――アイ……テム? 武……器? ない……とき……どう……するの……?
黄色と黒が入れたツッコミは、的確すぎて心を抉られた。
未だ、ケヴィンにも勝てない弱っちい俺ですみません。
無駄足だったらすみません。
でも希望は捨てたくないんだよ、わかれよ、このやろー!
ああもう、フレドリックや魔力たちの忠告を聞いてりゃよかった。
まぁ、こんな目に遭うのもフレドリックのせいなんだけどな。
それでもこんな危険は回避されたかもしれない。
でも、ここまで来たんだ。
絶対になにかを収穫してやる。
◇
「――調査?」
聖女祭の翌々日に告げられた言葉は、王都を出て行けということだった。
聖女祭の騒動のあと、俺は王城の客間で寝落ちしてしまった。起きたのはパーティが終わってかなり時間が過ぎてからだった。
真夜中にフレドリックに叩き起こされ、ブランケットを頭から被せられ、人目を避けるようにフレドリックの寮部屋へと連れていかれた。
そして従者追加の申請書にテオと名前を書かせられて、晴れて俺はフレドリックの従者になった。嬉しくねえ。
当分は部屋に籠っているようにと言われたけれど。
翌日は学園の聖女祭があり、なぜかあのピンク頭が聖女役をやったそうだ。
選挙で落ちたはずなのに。
それを呟くと、なぜかフレドリックは「やっぱり」と一人で納得していた。
みんな知ってることだろう? なんでやっぱりなのか、さっぱりわからん。
そして今日。聖女祭の後片付け――掃除業者の手配や事務処理――に忙しい生徒会の仕事を終えて、部屋に帰って来たフレドリックから聞かされたのが、王都を出て行けということだった。
「ちょ、ちょっと待て! なんでどうしてそうなるんだよ! 魔王はデュークなんだから、あいつをどうにか捕まえないとダメだろう!」
俺が詰め寄っても、フレドリックは涼しい顔で答えた。
「それが無理だから、証拠を集めようねって言ったんだけど、聞いてなかったのかい?」
「いや、証拠を集めるのはわかるけど、王都を出る理由がないだろう? あいつは俺の代わりにここにいるのに。あいつの周囲を調べるのが先じゃないか? それに――王都の結界はどうなっているんだよ」
そう、だってデュークがいるのはこの王都だ。
あいつを調べるのなら、あいつの周囲をだろう? 王都を出る意味がわからない。
それに王国には結界が張ってあるのに、魔王がウロウロしている理由も調べないと。
「だからそれの調査をするには神殿の協力が必要だろう。でも、神殿は王都の結界に自信を持っているから、そう簡単に調査に応じてはくれないだろうね。ましてや庶子の王子の言うことを真に受けると思うのかい?」
証拠もないのに神殿に調査依頼はできないとのことだった。
俺の言葉だけじゃ不十分だと言うのだ。
それはわかるんだけどさ、みんな俺のことは忘れているようだし。
わかるけど、納得いかない。
「テオ、そう不貞腐れないでくれるかな? 理由はちゃんとあるから。君が聖女祭の本祭に出ていたというなら、見ただろう、あの黒い稲妻を」
ああ、あの、王国を囲むように落ちた五本の黒い稲妻か。
あとで聞いた話だと、最初に南、そして北東、南西、南東、北西の順だっけか?
カトリーナの宣言のあと、黒い稲妻が落ちて不安になった。
けれど、すぐに今度は白い六本の光の柱が立ち上ったんだったな。
「その黒い稲妻も白い柱も、君も知っているようにいままで見たことのない現象だ。もしこれが、黒い稲妻を発生させたのが魔王の仕業だったとしたら……? 僕はそう考えてみた。妄想かもしれないけれどね。でも、魔王復活が噂されて何年も経つ。魔王が王国になにかしようとするなら、聖女祭は格好の舞台だろう?」
それに、聖女祭前夜は『魔の夜』だからと、フレドリックは言う。
「『魔の夜』は魔族たちがグローリー山に集まって宴をするという伝説があるね。そして聖女の力が弱まる夜だとも言われている。魔族たちにとって聖女祭を台無しにする準備をするには格好の夜になるんじゃないかな」
だから聖女祭前夜の魔の夜には、オーナメントを飾って悪いものが家に入らないようにするのが習わしだ。
「そういや、窓に飾っていたオーナメントは、花が枯れて床に落ちていたな……」
「……君ね、そういうのは早く言ってくれないかな。――でも、これでひとつ、調査理由ができたよね」
そう言ってフレドリックが不敵に笑う。
「黒い稲妻の発生源は五つ。聞いた話によると、魔族の使う魔方陣は五芒星らしいよ。星の頂点が下を向いている星だそうだ。ね、数も位置も合うと思わないかい」
確かに、北を上とした場合、南を頂点とする五芒星は下を向いていることになる。
ほんと博識だよな、フレドリックはどれだけの知識を持っているんだか。
「なるほど。つまり、その黒い稲妻が発生した場所を調べろってことなんだな」
「そうだよ。黒い稲妻に魔族はなにかしら関与している。そう仮定すると、王都の結界が機能していない場合にも説明がつけられるんじゃないかな。あと、君のことをみんなが忘れているということにもね」
「そうか! だから発生源の場所を調べて、そこにあるなにかを壊すことができたら、みんな俺のことを思い出すかもしれないってことだな!」
――あれ? でも待てよ。
「あのさ、みんなが俺のことを忘れ始めたのって、聖女祭の朝からなんだけど……それに黒い稲妻のあともみんな俺を覚えていたし……どうなってるんだ?」
尋ねるとフレドリックはしばらく考え込んでから、「これは仮定だけれどね」と前置きして話し始めた。
「魔族たちは『魔の夜』になにかをして、君のオーナメントが枯れた。そして君の周囲の人たちが忘れたけれど、まだ効果は薄かったんじゃないかな。だから君が話しかけることで思い出していた。大掛かりな仕掛けみたいだから効果が浸透するのに時間がかかったのかもしれないね」
慎重に言葉を選びながら、フレドリックが話す。
「そして黒い稲妻で逆転を図ろうとしたけれど、白い光の柱が立ち上って、その効果もまた薄められた。けれども薄められただけで完全に消えて無くなったわけじゃない。徐々に効果は発揮されていって、パーティの時に完全になったんじゃないだろうか。……酷い、穴だらけの推論だけど、僕が考えられるのはここまでだね」
だから、とフレドリックは俺を見据えた。
「その推論をちゃんとした証拠を集めて検証しようと思う。調査に行ってくれるかい?」
「ああ、もちろん!」
そういうことなら、任せろ!
全部調べてぶっ壊して来てやる!
「テオ? あくまで調査だからね。壊さなくていいからね。調べるのはそこになにがあるのか、現物として存在するのか、それともなにかしらの空間なのか、物品だとしたら形状や大きさ、材質はなんなのか、空間ならそれを維持しているのはなにか、見張りはいるのか、壊せそうなのか、壊すことでなにか不利益が起こらないのか、などなどを調べるんだよ。見つけました、壊しましたじゃ意味ないからね。見張りとかに見つかって、君が壊したなんて魔族側に知られたら、警戒されてしまうんだよ。わかってる?」
えーと。
……てへペロ?
俺が悪かった!
だから、青筋を立てないでくれ!
「――まったく。いいかい? 調べるのは一カ所でいいんだ。……そうだな、北西はどうだろう? ゴルドバーグ領にあると思われる場所だよ。君がゴルドバーグだと言うのなら、地の利は君にあるよね? 知っている場所ならほかの地域よりも比較的楽だろうしね」
まあ、確かにゴルドバーグ領ならケヴィンたちを連れて遠乗りしまくったからよく知っているけれど。
「……ウチの連中、余所者がウロウロしてたら声を掛け合って、用事はなにかだとかなにくれとなく世話をするんだよな。もちろん、お節介じゃなくて、防犯のためなんだけど。あんまりウロウロできないんだよなぁ」
そして余所者の情報はすぐに父上に届くようになっている。
ゴルドバーグ領は鉱石が取れるため、採掘場や鉱山に商人や観光客が滅多に近寄らないように制限をしているんだ。
そんなところに探しに行くのは大変なんじゃないか。
いや、父上なら事情を話せば、黒い稲妻が発生した場所を探す手伝いくらいはしてくれると思うけど……見張り付きで。
でも、拘束されるのは嫌だしなぁ。
唸っていると、フレドリックは呆れた目を俺に向けていた。
「ほかの地域も似たり寄ったりだよ。僕はゴルドバーグ領がいいと思うけどね。たとえ不審者に思われても、正直に話せばいいよ。ゴルドバーグ侯爵は話せばわかる人だし。君の話を疑ったとしても、きちんと調査をしてくれるはずだ。僕としてはそっちのほうがいいと思ってるよ」
それはよくわかっている。
でも迷惑をかけたくないって気持ちもあるんだ。
「ともかく、決めたらすぐに出発してほしい。いちおう君の身分保障は僕がしておくからね。身分証も用意する。旅費も旅支度にかかる費用もね。ただ、僕は庶子だからあんまり自由にできるお金がないってこともわかっておいてくれないか」
こうして俺は王都を出ることになった。
だけどゴルドバーグ領に向かうには、どうも気分が乗らなかった。
数日後、旅支度を終えた俺は王都を出た。
行き先は悩みに悩んだ末、南のグローリー山に決めた。
その麓にあるという、騎神ブラッドの隠れ里だ。
ここならきっとなにかあると思う。
まずはここを拠点に黒い稲妻の発生した場所を探す。
そうして俺は、辿り着く前に迷子になった。
遅くなってすみません。
新章始まりました。
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ブクマありがとうございます。
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