104 とある子爵令嬢の呟き その3
短いです。
第1巻は12月17日発売です。
104 とある子爵令嬢の呟き その3
授業のあと、私は聞きたかったことをアイリーン様に聞いてみることにした。
だって、アイリーン様はデューク様の従兄弟なのだもの。
きっとデューク様がどうして授業に出られないのか、私に会ってくださらないのかをご存知だと思う。
いまのいままで、そのことを思いつかなかったなんて、私ってばどうかしていたわ。
「あの、アイリーン様。少しよろしいでしょうか?」
「なによ、あたしは忙しいの。あとにしてくれる?」
エリオット殿下やレックス様と共に教室を出て行こうとしていたアイリーン様に声をかけると、そんなふうに言われた。
けれど、ここで引き下がったらまた聞けなくなりそうなので、彼女の言葉に従うわけにはいかない。
「申し訳ありません。お時間は取らせません。デューク様のことをお聞きしたいだけなのです。最近、授業にも出ておられませんが、どこかお悪いのでしょうか? なにかご病気なのでしたら、お見舞いに伺いたいのですが……」
「はぁ? なにを言っているの? デュークはもう成人しているのよ。学園になんて来るわけないじゃない。バッカじゃないの!?」
……え……?
そうだったかしら……?
また頭痛がして、考えがまとまらない。
「だいたいさー、あんたみたいなトロ女なんて、デュークの好みじゃないし。彼の周りをウロチョロして目障りなのよ、あんた。きっとウザがられてるわよ。だから会いに来ないんじゃない? というか、フラれてるんだから、さっさと諦めたら?」
「そ、そんなことありませんわ!」
そうよ、そんなことない。
だってデューク様はいつでも私と一緒にいてくださっていたのよ。それを……痛い。頭が割れるように痛い。左腕も締め付けられるように痛い。
――そう、最近は……いいえ、ずいぶん前からあまり会ってくださらないけれど。
でもだけど、婚約だってしているんだから……。
「無理やりあんたが婚約したいって我儘を言ったから、婚約してあげたんでしょ。デュークも可哀想よね、好きでもない女と付き合わなきゃいけないなんて。まったく、いい気なもんだわ、身分を笠に着て婚約を迫ったんだから。しかもひとり娘とかじゃなく、五人兄弟の末っ子。メリットがなんにもないのに、付き合ってあげたデュークに感謝しないで、文句を言ってくるなんてなんなの? いい加減にしなさいよね」
「そ……んな……」
まくしたてるアイリーン様に、なぜか反論ができない。
私から婚約を申し出たって……身分を笠に着せてなんて、そんなこと絶対にないって言いたいのに、どうしてか、その通りだと思っている自分がいる。
どうして!?
だって、あの時、同じ気持ちだったもの。
お父様に婚約をなかったことにされて、泣いているあの方を見た。
ああ、同じなんだって、同じように好きでいてくれるんだって思った。
だから待った。ずっと待つことにしたんだ。
いつかきっと迎えに来てくれるって信じてたから。
そしてあの方はすぐに迎えに来てくれた。
それなのに。
どうして違うって言えないの……!
以前の私ならきっと言えたはずだ。
愛されているって知っていたから。
いいえ、違う。
……思っていただけだ。勝手に。思い込んでいただけ。
あの方が優しくしてくださるから。
あの方がプレゼントを作ってくださるから。
あの方が命を救ってくださったから。
誰も他の人の気持ちなんてわからないのに。
「アイリーン様。デューク様の本当のお気持ちなんて、貴女にもわからないでしょう? 憶測でものを言ってはいけませんよ」
カトリーナ様が私の肩に手を置いて、大丈夫だと励ましてくださった。
「憶測じゃないわ」
「ですが、ご本人が仰ったわけではございませんでしょう? でしたら、貴女のご感想は控えるべきですわ。ねえ、エリオット殿下」
「……そう、だな。噂話はよくない。ましてや悪口は」
エリオット殿下が頭を押さえて仰る。
最近の皆様はみんな頭が痛いのか、よくこういう仕草をする。
そうだった、皆様見ていらしたのだ。
周囲を見回すと、皆様好奇の視線で見ていらっしゃる。
私を悪く思っていらっしゃる方々は、そうれはもう楽しそうな笑みを浮かべていらっしゃった。
心配してくださっているのは聖女であるカトリーナ様と、巫女仲間の皆様だけ。
エリオット殿下やレックス様たちは頭を押さえながらも、私を胡乱げに見ていらっしゃった。
「ミュリエル様!?」
思わず私は教室を飛び出した。
恥ずかしい思いでいっぱいだ。
アイリーン様たちの笑う声が耳から離れない。
校舎を飛び出し、広場へ逃げる。
寮に帰りたくない。
気がつくと、桜の木々が立ち並ぶ場所まで来ていた。
そういえば、春にここで皆様とお花見をしたっけ。
ずっとずっと前の出来事のように思える。
まだひと月ほどしか経っていないのに。
もう桜の花は散って、青々とした葉が生い茂っていた。
なにがなんだかわからなくなってきた。
私はあの方を大好きで、あの方も私のことを好きでいてくれてるって信じてたのに。
実際にはあの方は、私なんかなんとも思っていらっしゃらないなんて。
「私の独りよがりだったのかしら……?」
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
愛されていたのに、愛されていなかったんだと思えてくる。
もう、どうしたらいいのかわからない。
考え込んでいるうちに、男子寮の近くまで来ていた。
あはは、こんなにも想ってたなんて。
きっと迷惑だって思われてたんだろうな。
こんなつきまとう真似をするなんて、馬鹿みたいだ。
ふと見ると、男子寮の門からこっそり出て行かれる人影を見かけた。
なぜか反射的に隠れてしまう。
ダメだ、こんなコソコソするなんて、やましいことがあるみたいじゃないの。
……あれは、フレドリック様? と、もうひとり。
フードを目深に被っている旅装の方を連れて、木陰に隠れながら裏門へと向かって行かれる。
どうしたのかしら?
あの方はどなたなんだろう?
多分背が高いから男性だと思うけれど。
少し強い風が吹いて、フードがはためいた。
そのせいか、顔が少し見えた。
輝く金の髪。
大きな琥珀色の瞳。
憂いを帯びた表情は、なぜかあの方にはふさわしくないと思った。
もっと明るい、太陽みたいな笑顔がきっと似合う。
私ったら、知らない人に対してなんて評価をしているの……!
でも……あんな暗い表情はしてほしくないな……。
ダメダメ! 失礼よ!
その方はフレドリック様となにか話したあと、寮を出て、学園の裏門から人目を忍んで出て行かれた。
なぜか涙があふれ出た。
どうしてかわからないけれど、私も連れて行ってほしいって願ってしまった。
知らない男性なのに。
デューク様を裏切るような罪悪感と、あの方を追いかけたい気持ちが入り混じって、ぐちゃぐちゃだ。
私ってこんなにも浮ついた人間だったんだ。
もう、情けなくて自分が嫌で涙が止まらない。
それ以上に、心のどこかに穴が空いたような喪失感に襲われた。
なにか、とてもとても大切な宝物を失った。
そんな気がした。
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