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103 とある子爵令嬢の呟き その2

しつこいですが、宣伝です。

2018年12月17日第1巻発売です。

よろしくお願いします。


続きでなくてすみません。

103 とある子爵令嬢の呟き その2


 その次の日も、その次の次の日も、私はデューク様にお会いすることはできなかった。

 ずっとずっと門の前で待っているのに、男子寮から出てきてくれることはなかった。


 待っている間、デューク様のことを考えるたびに、頭と左腕がズキズキと痛み、胸が苦しい。

 なにかが違っているような、そんな違和感が日に日に強くなる。


 そして今日もまた待ちぼうけになった。

 諦めて、シーラと別れて教室へ行くと、クスクスと笑う声が聞こえた。


「今日もダメだったようですわよ」


「いい加減、飽きられたのではなくて?」


「いい気味。子爵家のくせに小さな頃から大きな顔をして生意気でしたもの」


 私をよく思っていない令嬢たちが、コソコソと、だけど聞こえるように内緒話をしている。

 中等部でデューク様にやり込められた令嬢たちだ。

 デューク様の前ではけっして言わないくせに、私がひとりのときは必ずと言っていいほど、陰口を叩いている。

 そしてそれはデューク様にやり込められてからも、ずっと続いていた。デューク様にバレないよう、巧妙に隠しながら。

 いつものことなので気にしない。


「ごきげんよう、ミュリエル様。あの……今日もお会いできませんでしたの?」


 公爵令嬢のカトリーナ様が心配げに声をかけてくださった。

 だけど陰口を叩く令嬢たちから視線を遮るようにしながらだ。


 本当にこの方は私のような者にまで気を使ってくださる、とてもとても優しい方だ。

 そんな優しくて素敵なカトリーナ様だからこそ、創造神様が聖女様にお選びになられたんだと思っている。

 私はカトリーナ様のためなら、なんだってしようと思う。

 聖女様だからあたりまえだと人は言うかもしれない。

 だけど、違う。

 たとえ聖女でなくても、私はカトリーナ様にお仕えしたい。


「ごきげんよう、カトリーナ様。ええ、今度、お見舞いに行ってみようかと思います」


「本当にデューク様はどうされたのかしらね? あれだけミュリエル様とご一緒にいらしていたのに」


 私にもわからない。

 誰か教えてほしいくらいだ。


「けれどなにも知らせてくださらないのは、不誠実ですわ。もっと怒ってもよろしいと思いますわよ」


「そうですわ。ソニア様の仰るとおり、今度お会いになられたら、ちゃんとお説教なさるといいですわ」


 ソニア様とシェリー様がが少しお怒りなご様子で励ましてくださる。

 ああ、ありがたいな。

 こうして仲よくしてくださるだけで、私は幸せ者だ。


「はい。寂しかったとお伝えします」


「まったく、ミュリエル様は優しすぎ。少しくらい懲らしめて差し上げてもいいんじゃないかしら」


 ラモーナ様があきれたけれど、やっぱり寂しいのだから仕方がない。

 自分の気持ちは正直に伝えたいもの。


「ねえ、オリアーナ様もそう思うでしょう?」


「え? ええ、そうですわねぇ~」


 ラモーナ様がオリアーナ様に尋ねたのだけれど、オリアーナ様はなにか考えごとをされていたらしく、おざなりな返事をされた。

 どうしたのかしら。


「あの、オリアーナ様。どうされました? なにかご心配事でもあるのでしょうか?」


「いいえ、そうではないのですわ~。……いえ、その、私の覚え違いかもしれませんが~……ミュリエル様の婚約者はデューク様……なのですよね~?」


 尋ねると、なぜか質問を返された。

 ええと、どうしてそんなあたりまえのことを聞くのだろう?


「その、わかってはいるのですよ~。ですが、私の記憶では違う方のような~……駄目ですわね~、こんな言い方では~。そうではなく~、今のデューク様とは違う性格の方のような気がしてならないのです~。そう~、こう~、もっと明るいといいますか~、その……少しばかり抜けていらっしゃるところがあるというか~……」


 なんとなく、オリアーナ様が仰ることがわかる。

 幼い頃のデューク様は明るく元気いっぱいで、太陽みたいな暖かい方だ。

 でも、いまのデューク様はどちらかというと、月のような感じだ。しかも柔らかい光を放つような優しい光じゃなく、冴え冴えと鋭く冷たく、青白い光を放つような雰囲気を持っていらっしゃる。


 ……また頭痛がする。左腕も痛い。

 なにかが、とても大切ななにかがある気がするのに、どうしても思い出せない。

 皆様もどうしてか頭を抑えられていた。


「――なにか、変ですわね?」


 カトリーナ様の言葉に、私たち全員が頷いてしまった。

 そう、なにかが変だ。それがなんなのか、はっきりとわからなくて、とてももどかしい。


 にゃー。


 ……なんだろう、どこかで猫の鳴き声がしたんだけれど。

 さっきまでの頭痛も消えた。

 気のせいだったのかしら?

 気のせいといえば、さっき、なにを不思議に思っていたんだろう。

 デューク様はデューク様なのに。


「もう、ダメだよ、ひとりでなんでもしちゃ。周りに頼っていいんだからね、レックス様!」


「あ、ああ」


 首を捻っていると、アイリーン様が大きな声で教室へ入ってきた。

 レックス様と一緒に書類を運んできたようだった。


 ……どうして後ろにいるサディアスに持たせないのかしら?

 雑用は彼の仕事なのに。

 仕事を取られてしまったサディアスが、ものすごく怖い表情でアイリーン様を睨んでいるのに、まったく気づいていないみたい。

 レックス様がサディアスを視線で抑えているけれど、いまにも襲いかかりそうで、ちょっと怖かった。


「まぁ、アイリーン様。そのような雑用は、サディアスの仕事ですよ。どうしてレックス様に書類を持たせているのですか? 失礼ではなくて?」


 シェリー様がすかさず注意する。

 けれど、アイリーン様はいつものようにシェリー様を見下すような表情で言い放った。

 本当にこんな恐ろしいことを、どうして平気でできるのだろう?


「なにを言っているの? 生徒の大事な書類を従者に任せるわけないじゃない。だからこうしてふたりでわけて持ってきてあげたのよ。ねー、レックス様」


「……ああ」


 なんだかレックス様の目が焦点を失っているように見えるのは、気のせいかしら?


「あんたみたいに手伝いもしないほうが、よっぽど失礼よ」


「な……!」


 あまりにも失礼な言葉に、シェリー様が絶句されている。


「それは言い過ぎですわよ、アイリーン様。この書類も、本来なら講師の方が持って来られるものでしょう? わざわざ生徒が取りに行く必要はありません。ましてやもうすぐ始業時間です。このような時間にレックス様のお手を煩わせてはいけませんよ。ねえ、サディアス」


 カトリーナ様がアイリーン様を窘められた。

 そしてサディアスが女神を見るように、カトリーナ様に感謝した表情で捲し立てた。


「そうですとも! レックス様は授業の準備がございますのに、この小娘が無理やりレックス様の腕を掴んで引きずって行ったのです! 無礼にも程があります!」


「ひ、ひどいわ……!」


 アイリーン様がショックを受けた様子だった。

 だけど、さりげなくレックス様の陰に隠れるのは卑怯だと思う。

 するとレックス様がアイリーン様を庇うように前に出られた。

 え? どうして?


「サディアス、下がれ」


「レックス様……?」


「下がれと言っている」


 いままで見たことない冷たい表情で、レックス様がサディアス様を睨みつけた。

 サディアスは悔しそうだったけれど、素直に引き下がった。


「レックス様、それはいけません!」


 シェリー様がレックス様の腕を掴んで嗜める。

 そのとき、どこかでシャンと、小さな音が聞こえた気がした。

 同時に、レックス様が頭を抑えて呻かれた。


「……シェリー? 私は……」


 レックス様が頭を押さえて呻いたあと、戸惑った様子でシェリー様に尋ねられている。

 目も元に戻った様子だ。


「レックス様、サディアスに理不尽なことを申されてはいけませんわ。貴方らしくありませんよ。本当にどうされました? 大丈夫ですか?」


「いや、大丈夫だ。――ああ、サディアス、悪かったな。だが、もうすぐ授業だ。戻るといい」


「――はい、レックス様」


 普段通りのレックス様に安心したのか、サディアスは先ほどよりは表情を和らげて一礼をし、教室を出て行った。


「シェリーすまない」


「いいえ。ですが、本当に大丈夫ですか? お疲れなのでは? 今日は授業を休まれたほうがよいと思います」


「いいや、授業を疎かにできない。それに来週は領地に帰らなければならないんだ。父上の名代として仕事を任されたからな。長期で授業を休まなければならなくなる。だから今日は頭痛程度で休む気はない。……心配をかけた」


「いいえ、迷惑とは思っておりません。……その、多少は気をつけて頂きたいと思いますが」


 シェリー様がチラリとアイリーン様を一瞥すると、アイリーン様はシェリー様を睨んでいた。


「いつも風紀を乱される方を、常に気をつけて見なければいけないことはわかりますが、すべてをレックス様が後始末される必要はございませんのよ。私にもご相談くださいませ」


「なによそれ、あたしのことを言っているの? あたしはただレックス様のお手伝いをしただけよ」


「……無自覚な行為ほど手に負えないということですわね。いい加減、常識というものを学んではいかがですか。男爵家の令嬢として、また跡を継がれる者としての自覚をお持ちなさい」


「はぁ? 男爵令嬢だから、身分が低いから引き下がれって言うの? 高位貴族の言いなりになれって? 冗談言わないでよ。自分が相手にされないからって、あたしの邪魔しないでよね」


「違います。そのようなことは言っておりません」


 シェリー様が仰っているのは、貴族社会でのマナーやルールをきちんと学んで自分や家を守る術を身につけろ、ということだ。

 アイリーン様はプラム男爵家の一人娘なのだから、家を守るために婿を取ることになるだろう。

 婿となる男性は、おそらく嫡男ではない方や、騎士爵の方になる。

 その男性とご縁を結びたいのなら、婚約者のある方――レックス様に言い寄るなんてできないはずだ。

 だって、そんな浮ついた女性を妻にと願う男性はきっと少ないだろう。

 自分で自分の価値を下げるなと仰っているだけなのに、どうして邪魔をしていると思うのかしら?


 にゃー。


 また猫の声がしたような……?


「シェリー、言い過ぎだ。アイリーンはまだ知らないだけだ。成長を見守るのも、私たちの役目だろう」


 レックス様がアイリーン様を庇うように、仰った。


 ……それは、そうなのかしら?

 もう高等部生にもなるのだから、そんな子どもを見守るような接し方をしなくてもいいと思ったのだけれど……。

 また頭が痛くなってきた。


「そうよね! さすがレックス様だわ、わかってるぅ!」


「だが、アイリーンも少し成長を見せたほうがいい。そうしたら、シェリーもわかってくれるはずだからな」


 うんうんと、レックス様が優しげにアイリーン様に微笑まれた。

 それなのにアイリーン様は「は~い」と、不満そうに返事をされて、席に戻られた。


「まったく、困った奴だ。なあ、シェリー」


「ええ、そうですわね。……本当に」


 苦笑されるレックス様に、シェリー様は完璧な笑顔で答えられた。

 だけど、一瞬だけ、ほんの一瞬だけとても怖いお顔をされていたのだ。


「シェリー様!」


 突然、カトリーナ様がシェリー様に抱きついた。

 え? なに? どうしたの!?


「か、カトリーナ様、あの、どうされました? 離してくださいませ」


「いいえ、もう少しこうしていたいのです。お付き合いくださいませ」


 そうしてギュウッと抱きしめている。

 ……なんだか、私も参加したくなった。


「あの、カトリーナ様、シェリー様、すみません!」


 そうお断りして、私もおふたりに抱きついた。

 カトリーナ様が私も抱きしめてくださる。

 暖かくて幸せな気分だ。


「私も!」


 ラモーナ様も参加してきた。

 こうなったら、皆様をお呼びするのが一番だろう。


「ソニア様もオリアーナ様も、ご一緒にいかがですか?」


「ま、待ってくださいませ、はしたないですわ」


「まぁ~、そうですわね~。でも……楽しそうですもの~。え~い!」


 ソニア様は逡巡なされているけれど、オリアーナ様は飛び込んできてくださった。

 ふふっ、なんだか楽しい。


「ほら、ソニア様も来なさい!」


 ラモーナ様がソニア様の腕を引っ張って、仲間に入れる。

 シェリー様を中心に、抱きついた私たち。お団子状態になっていた。


 突然の私たちの行動に、レックス様はもちろん、教室中の皆様が驚いているけれど、そんなことどうでもよかった。

 ただ、なぜかこうしなければならないと思ったのだ。


「ちょっと、皆様! もうすぐ授業が始まりますわよ! 離れてくださいませ!」


 困惑しつつも、シェリー様は笑顔になられていた。

 よかった。

 あの怖いお顔のシェリー様はみたくないもの。


 ひょっとしたら、カトリーナ様も同じ思いだったのかもしれないわ。

 だから、シェリー様に抱きつかれたのかも。

 やっぱりこの方は聖女様だ。

 皆様を幸せにしてくださる、聖女様なんだ。


 こうして先生が教室に現れるまで、私たちはシェリー様に抱きついていた。


書籍情報は下記のリンクから詳細情報へどうぞ。


本当に遅くてすみません。

続きでなくてすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。


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