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101 とある公爵令嬢の呟き その11

101 とある公爵令嬢の呟き その11


 翌日のセレンディア学園では聖女祭が開催されていた。

 と言っても、文化祭みたいに生徒が催し物を企画出展することはない。

 昨日の神殿で行った神事とパレードの再現をするだけだ。


 学園代表聖女であるアイリーンが、いままさに創造神役の先生から神託を受け、学園代表六騎神たちから『聖女の装飾品』の模造品を身につけていた。


 どうしてアイリーンが聖女役なんだろう?

 確か選挙で落ちたと思っていたんだけれど。

 でもちゃんと選ばれた記憶もある。最近頭痛が酷くて記憶があやふやだ。

 どうしたんだろう、わたし。


 アイリーンはヒロインだし、選ばれるのもわかる。

 四月中に黄色(デューク)のイベントを終わらせていたり、二周目プレイで能力値引き継ぎにしていると、ヒロインは一年生から聖女役に選ばれる。


 でも普通にプレイしていれば一年生のときは、カトリーナが学園代表聖女役に選ばれている。

 だってこの時期は黄色イベントをこなすだけで精一杯だからだ。

 でもデュークを見ていると、悩んでいる様子はないので、たぶんイベントは終わったのだろう。だからアイリーンが聖女役になったのかもしれない。


 でもなんだろう。すごく違和感がある。

 なにかが違う気がするのだ。


 やっぱりわたしが学園代表じゃなく、本祭の聖女役に選ばれたせいかなぁ。

 ゲームではカトリーナは本祭の聖女役に選ばれることはない。

 三年生のときに選ばれかけるけれど、ヒロインが逆転してヒロインが本祭の聖女役になるのだ。

 ちなみに二年生ではヒロインは学園代表になれる。カトリーナと接戦を繰り広げて勝利するからだ。

 それを悔しがったカトリーナが父親の権力で本祭の聖女役を取ろうとして、ヒロインに阻止されるのがゲームの流れだ。


 それがわたしが本祭で聖女役をしてしまったから、シナリオが崩壊したのかな。

 でも、いまさらな気がする。

 だって昔からシナリオは変わってきているもの。


 だけど、なんか納得いかないのだ。

 いままではシナリオに多少の変更があっても大丈夫だという、根拠のない自信というか、安心感があったのに、いまはそれがない。

 むしろ、不安の方が大きくなっている。

 違和感が付き纏って仕方がない。


 それに、あの黒い稲妻。


 あれは三年生でヒロインが本祭の聖女になれなくて、カトリーナが本祭の聖女になったときに起こる現象だ。

 やっぱりわたしが聖女役なんてしちゃいけなかったんだ。


 だけど違うこともある。

 黒い稲妻のあとに立ち上った白い光の柱。あれはヒロインが本祭の聖女役をしたときに起こる。

 なぜ両方の現象が起こったんだろう。


 あのときにエリオットが励ましてくれて嬉しかった。みんながわたしを支えてくれるように側に来てくれて本当に嬉しかったんだ。


 エリオットとの仲は悪いけど(・・・・)、仲良くしようと頑張ったお陰かもしれない。


 でも、シナリオ通り、わたしは処刑されるんだろうな。

 頑張ったけど、エリオットとの仲はだんだん悪くなっているし。

 今日なんて挨拶すらできなかったもんね。


 ……死ぬのは嫌だなぁ。また大人になれずに死ぬのは嫌だ。

 それに。

 あのヒロインに、アイリーンにエリオットを任せるのは嫌だ。


 だってあの子、エリオットをキャラだと思ってる。

 エリオットがずっとずっと悩んでフレドリックと仲良くなろうと頑張ったり、陛下や王妃様の期待に応えようと一生懸命頑張ったりしてたのを、ヒロイン補正でどうにかしようなんて、エリオットを馬鹿にしているとしか思えない。


 ……わたしも人のことは言えないけれど。

 ヒロインちゃんパワーでエリオットやフレドリックを助けてほしいなんて、馬鹿なこと思ってたけど。


 だけど、この一カ月、ずっとあの子を見てたけど、あの子はヒロインちゃんのような優しさも思いやりもない、ただ自分自身をちやほやしてほしいだけの子だ。

 しかもひとりに絞らないで、逆ハーレム狙い。

 ふざけないでほしい。


 これが本当にヒロインちゃんみたいに、優しさや思いやりを持った愛情深い子なら、わたしも納得した。

 頑張って仲良くなって、それでも処刑なら諦めた。シナリオ強制力だって。


 でもだけど、あんな子のために死にたくない。

 エリオットを渡したくない。六騎神のみんなを渡したくない。

 みんな、みんな、仲が良かったんだから。


 オリアーナは、ルークとしょっちゅう魔導具街にデートに行っては楽しそうに話してくれた。

 ラモーナは、最近ヴィンスが稽古で手合わせをしてくれるようになったって嬉しそうだった。

 ソニアは、シミオンに頼まれて、聖女祭の『聖女のイヤリング』をつける練習台になったって、喜んでいた。

 シェリーは、常に頑張るレックスの側で手助けできることを誇りに思っていた。

 そしてミュリエルは、ウザいくらいに黄色に愛されていて幸せいっぱいだったんだ。


 ……あれ? なにか変だけどなんだろう。

 なんか頭痛が酷くなってきた。


 ともかく、みんな好きな男の子のことを大切に想って、好きになってもらおうって努力してきたんだ。

 それをたかがシナリオ補正や強制力なんかで、奪われてたまるもんか。

 奪いたいなら本気で愛しなさいよ。それでも許さないけれど。


 壇上ではアイリーンが六騎神役のフレドリックに指輪をはめてもらってる。

 ……本気で見たくなかったわ、こんな光景。


 フレドリックだって渡さない。絶対。

 あの猫カフェの一件でフレドリックには嫌われちゃったけど、それでもあの子にだけは渡さないんだから。

 フレドリックを愛してくれる素晴らしいお嬢さんを見つけてやる。


 だからと言って、悪役令嬢みたいな嫌がらせなんてするもんか。あの子が喜びそうなことなんて絶対しない。

 幸いにも、いまわたしは聖女扱いを受けている。

 だったら聖女として、振る舞い続けてやる。

 ちゃんと聖女になって、真実の愛がなくったって魔王をぶっ倒してやんよ。

 こちとら猫かぶるのは年季が入ってんだ、付け焼き刃のあんたとは違うんだから。


 そして魔王を倒して平和になって陛下に認められたら、エリオットと結婚してやる。

 エリオットは賢いし、ちゃんと王国のことも考えられる人だから、魔王を倒した聖女とただの男爵令嬢を天秤にはかけない。せいぜい側室に、くらいだろう。

 でもそれだって許さない。


 たとえわたしとエリオットが白い結婚を貫いても、ちゃんと候補はいるんだから。

 ウェンディ・ゴルドバーグ侯爵令嬢が。

 去年小等部に上がったばかりの令嬢だけど、とても可愛くて素晴らしいお嬢さんなんだから。

 小等部一年生で聖女役に抜擢されるくらい、人気のあるお嬢さんだ。

 はじめてエリオットが興味を持った女の子でもある。


 去年の聖女祭でのパーティーで、一年生の聖女がいるって話題になったんだよね。

 それに――の妹だからってのもあって……

 ……誰の妹だったっけ?

 また頭痛だ。嫌になる。

 確かにあの子のことで頭は痛いけど。


 ともかく、聖女祭のパーティーで突撃してくる令嬢を躱すために『薔薇の迷路』へ逃げ込んだエリオットを探しに行ったとき、ウェンディ嬢がエリオットを見つめていたんだよね。

 その目が憧れと尊敬と、そして好きで溢れている熱い眼差しだったんだ。

 だけど、ほかの令嬢みたいに突撃もしないで、遠くから見ているだけで幸せな雰囲気を醸し出していた。


 エリオットもその視線に気づいたみたいだけど、


『そこまで見つめられると、穴が開いてしまいそうだ。できればやめてほしい』


 なんて、歯の浮くようなセリフを言いだしてね、思わず二度見してしまった。

 そしてウェンディ嬢が謝罪すると、


『いや、君の視線は不快ではなかった。こんな心地良い視線もあるのだな』


 と、微笑んだのよ! 四つも年下の令嬢に!

 まるで『薔薇の迷路』イベントを見てるみたいだった。

 わたしのお気に入りのあのスチルのように。

 ウェンディ嬢はヒロインちゃんとは全然違う姿だし、髪の色も年齢も違うけど、絶対この娘だって思った。

 この娘がきっとエリオットの心を救ってくれる娘だって。

 わたしがシナリオ強制力で処刑されてしまったら、この娘にエリオットをお願いしようって。


 小さい頃にミュリエルに聞いたアイリーンには期待できなかったから。

 そして本人を見て、それは確信に変わった。


 ウェンディ嬢をお茶に誘ってみて、さらにいい娘だってわかった。

 カトリーナがエリオットの婚約者だって知っているから、自分の気持ちを抑えて、わたしたちを祝福してくれた。

 令嬢としての当然の常識と理性と、そしてマナーをちゃんと持っていたんだ。


 ウェンディ嬢が帰ったあと、エリオットに聞いてみた。あの娘をどう思うか。

 エリオットはわたしに遠慮していたけど、しつこく聞いたら、気になる娘だって言ってくれたのだ。


「あの澄んだ瞳を見ていると、なんだか心が安らぐんだ」


 エリオットらしくない言葉にわたしが絶句していると、エリオットは慌てて違うと言い出した。


「……いや、けっして君といると安らげないというわけではなくてだな……その、君とは同志というか、きっと立派に私の隣で手腕を発揮してくれる安心感があるんだが、あの令嬢はその……別の意味で安心するんだ』


「安心ですか? ええと例えば、疲れたときに側にいて心を癒してもらえるような?」


「そう、それだ! ……す、すまない。君が癒してくれていないわけじゃなくてだな」


 なんだか嬉しい。ニマニマしてしまう。

 ああもう、この子、ちゃんと恋をするようになったよ!

 しかもちゃんと、わたしにもフォロー入れられるようになったよ!

 思いやりを持った、いい子に育ったよ!

 おねーちゃん、嬉しい!


「なにを笑っているんだ」


「嬉しいからですわ。ぜひ、ウェンディ様をお迎えしましょうね。いいですか、殿下。ウェンディ様に嫌われるような真似はしないでくださいね。ウェンディ様が高等部を卒業するまでに、説得しますけど、嫌われてしまったら、お迎えできませんからね。私はエリオット殿下を応援しますけど、ウェンディ様のお気持ちも大切にしますから。絶対に嫌われないように注意してくださいませ!」


「ぼ、僕は――私は、まだなにも言っていない! む、迎えるって、君はそれでいいのか!?」


「もちろんです。正妻は私ですけれど、これから先、何人か迎え入れなければならないかもしれません。私だって、味方は作っておきたいのです」


「だ、だが、私は、異母兄(あにうえ)のような方を作る気は無い」


「当然です。まず真っ先に私が王太子を産んで差し上げます。ご安心ください。大丈夫、エリオット殿下。その気持ちを大切に大切になさってください。ウェンディ様を想う気持ちと――できれば私への友情を」


「ゆ、友情じゃない、私は君を――」


「大丈夫です。知っています。愛情って言っても家族愛のようなものだと。貴方が私を大切に思ってくださってることも信じてます」


 エリオットの両手を包んで、動揺するアイスブルーの瞳を覗き込む。


「――でもね、エリオット。貴方がウェンディ様に持った気持ちは、本当の気持ちなの。だからそれを大切にして。その気持ちが貴方を六騎神へと導いてくれるから。大丈夫、私が保証してあげる。貴方は運命の人に出会えたの。その気持ちが『真実の愛』よ」


「――君は、それでいいのか。聖女なのに、わ、私が愛さなければ……」


「大丈夫。愛してくれているでしょう? 家族として。姉弟として。大切に思ってくれてるわ。だからね、秘密にしましょう。ふたりだけの秘密。いいですわね」


 エリオットは納得していない様子だったけれど、無理やり納得してもらった。

 今年、会ったウェンディ嬢はますます綺麗になっていた。

 ――が自慢するだけあ……る……?


 ああもう、なんなのよ、この頭痛。

 ともかく!

 エリオットには先約があるんだから。

 あんたには渡さない。


 聖女である私、カトリーナ・ライラックが魔王をぶっ倒して、世界を平和にして、エリオットとウェンディのカップリングを成立させます。

 そう決めた。

 原作なんて糞食らえよ! シナリオなんて書き変えてやるわ!

 同人誌ならいくつも作ってきたんだ、シナリオ改変はお手の物よ!


遅くてすみません。


読んでくださってありがとうございます。

ブクマありがとうございます。

評価ありがとうございます。

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