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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第3章

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エドモンドの訓練

リリアーナたちを見送ったあと、エドモンドはカイルスに向き直った。


「――あの弓の使い方を、教えてほしい」


カイルスは短くうなずく。

「いいでしょう」


エドモンドは少し間を置いてから、低い声で尋ねた。

「……本当に、兵士でも使えるようになるのか?」


「魔力の動きを感じられるのなら、できるはずです」


「魔力の……動き?」エドモンドは眉をひそめる。「どうやって感じるんだ」


カイルスは答えず、静かに彼の手を取った。

「今から、貴方の魔力を抜きます。魔力は……、血液みたいなものです。身体の中を流れている間は気づかないのですが。外に出て、初めて“無くなった”と感じるはずです……」


そう言われても、エドモンドには意味がよくわからなかった。

けれど、カイルスの手のひらから伝わる冷たい感覚に、胸の奥がざわめいた。


「――始めますよ」


カイルスの静かな声に、エドモンドの肩がわずかに震えた。彼は息を詰め、全身を強張らせる。


しばらくのあいだ、何の変化もなかった。風の音だけが、二人の間を通り抜けていく。


「……大分、魔力を抜いたのですが?」とカイルスが首をかしげた。


「そうなのか?」エドモンドは戸惑ったように自分の手を見下ろす。「何も、感じなかったが……」


カイルスは小さくため息をついた。

「初めてでは、仕方ありませんね」


こうして、最初の試みは静かに失敗に終わった。


シルビアは行商のついでに街へ来ていた。荷を下ろしながら、ふと思う。――せっかくだし、エドモンドの顔でも見ていこう。


そうして彼女は城へと足を伸ばした。


訓練場に差しかかったとき、シルビアは思わず足を止めた。

そこには、エドモンドと、亜麻色の髪をした若い男がいた。


二人は向かい合い、何も言葉を交わさずに、ただ静かに手をつないでいる。


その奇妙な光景に、シルビアはしばし立ち尽くした。


エドモンドの訓練は、毎日続いた。

兵士たちよりも先に自分が習得したい――その強い願いが、彼を動かしていた。


「……大分、抜いたのですが」カイルスが額の汗をぬぐいながら言う。


……他人の魔力を動かすのは、非常に難しい事なのだ。


「まだだ。もう一度、抜いてみてくれ」

エドモンドの声はかすれていたが、瞳は真剣そのものだった。


カイルスは小さく息をついた。

「……これ以上は、危険です」


その言葉の直後、エドモンドの身体がふらりと揺れた。


「ほら、言ったでしょう。……肩を貸します。魔力を抜きすぎです」

カイルスは素早く彼の腕を支えた。


「……すまない」

エドモンドは力なく答える。


カイルスは無言で彼を支え、訓練場の片隅までゆっくりと歩いていった。



シルビアは、あれ以来、毎日のように城へ足を運ぶようになっていた。

ただ、少し様子を見るだけ――そう思いながら。


けれど、その日、彼女は見てしまった。


訓練場の片隅で、エドモンドがあの亜麻色の髪の男に寄りかかっている姿を。

疲れたように目を閉じ、男の肩に体を預けていた。


シルビアは立ち尽くした。胸の奥が静かに沈んでいく。

「……私の、負けだわ」


女性としてなら、誰にも負けないと信じていた。

その自負が、音もなく崩れた瞬間だった。



カイルスは、次第に思い始めていた。――エドモンド様には無理かもしれない。

いくら誠実で努力を惜しまぬ彼でも、魔力の扱いは才能に左右される部分が大きいのだ。


それでも、エドモンドは諦めなかった。

執務を終えると、毎日のように訓練場へ現れ、真っすぐな目で言う。


「今日も、頼む」


その言葉に、カイルスは苦い思いを押し込めながら応じていた。

だが、ある日、彼はついに決心して口を開いた。


「……兵士を育てたいのですが。了承をください」


エドモンドは一瞬、驚いたように彼を見つめた。

それが、エドモンド以外を頼るという意味であることを、すぐに理解したからだ。


しばらく沈黙のあと、彼は静かにうなずいた。

「……わかった。許可する」


カイルスはすぐに兵士たちを集め、一人ひとりの魔力の感応を確かめた。

結果、二人――かすかに魔力の流れを感じ取れる者がいた。


その日から、カイルスは彼らの訓練を始めた。

エドモンドは少し離れた場所で、それを黙って見守っていた。


エドモンドはカイルスに聞いた。


「子どもの頃はどんな訓練をしていたのだ?」


「……小さくて透明な玉を渡されます。それに、魔力を込めるのです。上手く込めると、お菓子とか貰えたのですよ」


「……今は、ないのか?」


「持っていたら、使っています……あれは、非常に貴重なのです」


「……他に練習方法は無いのか?」


エドモンドは必死だった。

カイルスは色々な方法を試したが良い結果は出なかった。


カイルスは、ある日エドモンドの執務室を訪ねた。

「少し手伝ってほしいのですが……」


そう言って、彼は南の森へ同行を求めた。


「猪型の魔獣を仕留めたいのです」

カイルスはそう説明した。森を訪れること二度、三度――目的の魔獣にはなかなか遭遇しなかった。


そして四度目の探索で、ようやく機会が訪れた。


茂みを割って現れた魔獣に、カイルスは瞬時に弓を構えた。矢が放たれると同時に、魔獣は一声も上げずに地に伏した。


彼は慣れた手つきで魔石を取り出し、さらに脂肪を丁寧に切り取り、布に包んだ。

その後、腰の袋から不思議な模様の刻まれた瓶を取り出す。


「……これからすることは、必ず秘密にしてください。セラフィーネ様が、特別に配慮して用意されたものです」


そう言って瓶の蓋を開けると、中から種のような小さな物体を取り出した。

それを倒れた魔獣の体内へと埋め込み、カイルスは素早く後方へ下がる。


「これから木が生えます。十本の触手を持っています。一本を残して、すべて斬り落とします。協力を、お願いします」


言葉が終わるか終わらないうちに、地面がうねり、魔獣の体から木が伸び上がった。

しゅるしゅると音を立て、異様な速さで成長する。


「来ます!」


木の触手が鞭のようにしなり、二人へ襲いかかる。

カイルスは剣を抜き、正確な動きで一本、また一本と斬り払った。

エドモンドも必死に応戦した。木とは思えないほどの力強さに、腕がしびれる。


――木のくせに、恐ろしく強い……。


木の魔物との戦いの最中、エドモンドは妙な感覚を覚えていた。

最初に剣を振るったときは、刃が弾かれただけだった。硬く、重く、斬れない。


何度も木の魔物の触手を弾く。しかし、ある一撃の瞬間――。

身体の奥で、何かが動いた気がした。

それは血でも息でもない、もっと深いところでうねる何か。


次の瞬間、木の魔物の触手は斬れた。


その様子を見ていたカイルスが、静かに言った。

「それが、魔力です」


エドモンドは息を詰めたまま、手を見つめていた。


――これが、魔力。自分の中にも、確かに流れていたもの。


触手が最後の一つになると、木の魔物の動きが止まった。


「動かないで」

カイルスは鋭く言った。


触手の先端には、先ほどの種があった。

それはゆっくりと緑から黒へと変色していく。完全に黒く染まった瞬間、カイルスはそれを切り取り、瓶の中へ戻してしっかりと蓋をした。


「……何だったのだ、今のは」

エドモンドは息を整えながら呟く。


「……木の魔物です」カイルスは静かに答えた。

二人の前には、一本の枯れ木が残されていた。


「昔、精霊と職人が協力して“封じの瓶”を作ったそうです。この魔物を、余計な労力をかけずに手に入れる――祖先の知恵です」


エドモンドはその動かなくなった魔物を見上げた。

胸の奥で、確かな差を感じていた。――知識の深さという、越えがたい隔たりを。



その後、木の魔物から得られた素材は慎重に扱われた。

魔石と魔鳥の羽根は城から、木は今のようにして用意され、すべて職人の手へと渡っていった。


城の中では一時、反対の声も上がった。

「いざという時の資金源が……」と。


しかし、オルフェウスはそれを静かに制した。

「元々、無かった物だ。必要とされる時は、今なのだ」


その言葉に、誰も反論できなかった。


そして――魔鳥の襲撃の日は、確実に、刻一刻と近づいていた。



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