セラフィーネ目覚める
翌日の朝、セラフィーネは静かに目を醒ました。
傍らでは、セレナが涙の跡を頬に残したまま、疲れたように眠っていた。
セラフィーネは身を起こそうとしたが、体に力が入らない。
「……お姉様……?」
小さな動きに気づいたセレナが目を開けた。
セラフィーネは、かすかに頷いて見せた。
「お姉様、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
セレナは震える声で言いながら、セラフィーネにすがりついた。
やがて、涙に濡れた瞳でセレナが顔を上げる。
「何か……食べられそうですか……?」
セラフィーネは答えようと唇を動かしたが、喉が渇ききって声が出なかった。
「……お水を……」
そのかすかな言葉に、セレナははっとして立ち上がる。
慌てて水差しを手に取り、セラフィーネの唇にそっと水を含ませた。
セラフィーネは、粥のようなものを少し口にしたあと、再び横になった。
身体は鉛のように重く、息をするのも怠い。
「……あの後、どうなったの……?」
掠れた声でそう尋ねると、傍らのセレナがびくりと身体を震わせた。
「精霊が、現れました」
低く響く声が、部屋の入り口からした。
振り向くと、一人の大柄な男が静かに入ってくる。
「……隊長」
セラフィーネがその姿を見て、かすかに呼んだ。
男は苦笑して首を振る。
「私は、もう隊長ではありません……」
そして、真剣な眼差しで続けた。
「セレナ様が祈られました。そして、精霊たちが戻ってきました。……セレナ様、今なら、あなたの精霊も現れるのでは?」
その言葉に、セレナは小さく頷き、胸の前で両手を組んだ。
「……現れて……」
祈りの言葉が零れた瞬間、セレナの肩の上に小さな炎の玉が浮かんだ。
それは淡く揺らめき、青白く光を放っている。
「……良かった……」
セラフィーネは、その光を見つめながら、弱々しく微笑んだ。
「……ラディンと、リリアーナは?」
二人の姿が見えないことに、ようやく気づいたセラフィーネが問いかけた。
隊長は一瞬、言葉を選ぶように沈黙したあと、低く答えた。
「リリアーナ様は、セラフィーネ様を治癒された後……倒れられました。いまだ意識は戻っておりません。……ラディン様は、その傍を離れずにおられます」
「……そうなの」
セラフィーネの瞳が見開かれ、かすかな震えがその声に混じった。
セレナは何も言わず、唇を強く噛みしめて俯いた。その手が強く握りしめられているのを、セラフィーネは静かに見つめた。
「……眠るわ。……セレナ、すべき事をしなさい」
「でも……」
セレナは不安そうに顔を上げる。
「呼び鈴を、置いてくれる?」
セラフィーネの穏やかな声に、隊長が静かに頷き、枕元へ小さな呼び鈴を置いた。
「セレナ……貴女が、王なのよ。……隊長、お願い」
その言葉に、隊長は深く頭を下げ、セレナをそっと促して部屋を出ていった。
扉が閉まると、部屋には静寂が戻る。
セラフィーネは天井を見つめるでもなく、
何か見えないものを凝視するように視線を宙に漂わせていた。
夕方になり、ラディンがセラフィーネのもとを訪れた。
部屋の中には夕陽が差し込み、赤く染まった光がセラフィーネの枕元を照らしていた。
「調子はどうだ?」
低い声でラディンが問う。
「……動け、ないわ」
セラフィーネは、かすかに唇を動かして答えた。
「かなり血が流れてたんだ。無理すんな」
ラディンは、彼女の傍に腰を下ろした。
「リリアーナは?」
その名が出た瞬間、ラディンの表情が曇る。
「まだ、目を覚まさない」
セラフィーネの眉がわずかに寄った。
「何が……あったの? 魔力切れなら、もう起きてもおかしくないわ……」
ラディンはしばらく沈黙した後、静かに語り出した。
「傷を治すのに、あの玉を使った……。けど、治らなくて。リリアーナが、『あげるから、助けて』って叫んだんだ。その瞬間、玉が光って……傷が治ったように見えた」
「本当なの?」
セラフィーネの声には、信じたい気持ちと恐れが入り混じっていた。
「ああ。俺には、そう見えた」
ラディンは苦しげに視線を落とした。
少しの間、二人の間に沈黙が流れた。
やがて、ラディンが低く問う。
「……精霊が求めるモノとは、何なのだ?」
長い沈黙ののち、セラフィーネは息を吐いて答えた。
「精霊は、それぞれ好みが違うの。
言い伝えでは……声を失ったり、耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなったり、記憶を失ったり……さまざまなのよ。……渡せる魔力が無いときに願いをすれば、代わりに必ず“何か”を渡さなくてはならないわ」
「……精霊の愛し子なのにか……?」
「愛しいから、好きなモノを一人占めにしたい……という説があるわ。……わからないの」
その言葉のあと、再び沈黙が落ちた。
外からは風の音だけが、かすかに聞こえていた。




