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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第3章

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海の魔獣との遭遇

リリアーナたちは船に乗った。

出港を前にして、セラフィーネは持っていた魔石を殆ど食料品に替えた。

港の商人たちは魔石に目を輝かせ、すぐに大量の保存食や果実、干し肉を積み上げていく。


こうして手に入れた食料は、次々と船に運び込まれた。

樽や木箱が甲板の端まで積まれ、船はしばしば軋む音を立てた。


航海に備えるその光景を、リリアーナは少し緊張した面持ちで見つめていた。


船は出港した。乗船早々にラディンは船酔いを起こしてしまう。青ざめた顔で甲板に座り込みながらも、必死に平然を装っていた。


一方その横で、リリアーナはセラフィーネから魔力の扱いを学んでいた。

セラフィーネが掌の上に小さな透明の玉を浮かべる。


「リリアーナ、これに魔力を込めてみて」


「はい」


リリアーナは両手で玉を包み込むように持ち、静かに魔力を流し込んだ。

すると、玉はみるみるうちに銀色と虹色の光で満たされていく。


「……止めて」


セラフィーネの声がかかる。リリアーナはすぐに魔力の流れを止めた。

それでも彼女の表情には、まだ余裕があった。


「ずいぶん上達したのね」


褒められたリリアーナは、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


セラフィーネは小さな袋をリリアーナに渡した。中には、銀色の玉が幾つか入っていた。


「リリアーナ、あなたの魔力のよ……。渡しておくわ。常に持っていてくれる?」


「はい」リリアーナは素直に受け取った。


「では、今度は“歌”を覚えてもらおうかしら?」


そう言ってセラフィーネは歌い始めた。

それはこれまで聞いた“語り”とは違い、どこか不思議で、海の風に溶けていくような旋律だった。


「……語り、ではないのですか?」


「さあ? ――ほら、真似して歌ってみて。魔力をできる限り込めるのよ」


セラフィーネの促しに、リリアーナは何度も何度も歌を繰り返した。

セラフィーネの厳しい指摘が続き、船上では彼女の修練の声が絶えなかった。


そして数日後――。


リリアーナは、自分の中に何か変化を感じた。

今まで出せなかった響きが喉の奥から自然に生まれ、海風とともに広がっていく。

魔力を乗せて歌うと、海の水面が突然盛り上がった。


「……っ!?」


ぐったりしていたラディンが、即座に警戒態勢に入る。


「何だ……?」


「海の魔獣よ。ラディン、動ける?」


「何とか……!」


まだ船に慣れきっていないラディンは、揺れる甲板の上で弓を構えたが、狙いが定まらない。

その間にも、巨大な影が波間から現れ、船へと迫ってくる。


「リリアーナ、弓を借りるわね」


セラフィーネはリリアーナの弓を取り、魔力を込めて矢を放った。

矢は一直線に飛び、魔獣の片目を正確に射抜く。


おぞましい咆哮が響き、海の魔獣は苦痛に身をよじらせながら、深い海の底へと沈んでいった。


甲板に静寂が戻る。

波の音だけが、再び穏やかに響いていた――。


「あの歌は……?」


リリアーナは震える声で尋ねた。

海の魔獣など見たのは初めてだった。胸の奥で激しく脈打つ心臓を、両手で押さえるようにして落ち着けようとする。


セラフィーネは風に揺れる髪をかき上げながら、穏やかな声で答えた。


「精霊や魔獣に届く声……と言うべきかしら。

 私の国ではね、歌に想いを込めると精霊に届きやすくなるの」


リリアーナは息を呑んだ。自分の歌が、無意識のうちに何かを呼び寄せてしまったのだ。


「今、出てきたのは……?」

ラディンが険しい表情で問いかける。


「今のは、リリアーナの“声”に惹かれて来ただけよ。呼んだわけではないわ。……気になって様子を見に来たのでしょう」


セラフィーネは淡々と言いながら、再び海を見つめた。

波間には、すでに魔獣の姿はない。だが、海はどこか重く沈んで見えた。


「海には……あんなのがいるのか……」

ラディンが低く呟く。


セラフィーネは肩をすくめ、軽く笑った。


「まだ“小さい方”よ?」


その一言に、リリアーナとラディンの顔から血の気が引いていく。

二人は顔を見合わせ、青ざめたまま、再び揺れる船の上に立ち尽くしていた――。


「どうして、この歌を……?」


リリアーナは恐る恐る尋ねた。

海の静けさが戻ったとはいえ、胸の鼓動はまだ落ち着かない。


セラフィーネはゆっくりと視線を海の彼方へ向けた。

「私の国で――リリアーナ、あなたに歌ってほしいのよ」


「……わたしが?」


「ええ。消えてしまった精霊たちに、もう一度姿を見せてほしい。その想いを、あなたの歌に込めてほしいの」


リリアーナは言葉を失った。

自分の歌が、誰かの願いを背負うものになるとは思ってもみなかった。


セラフィーネは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「私はね、精霊の愛し子ではないから……

 どれだけ魔力をのせて歌っても、精霊たちには届かないの」


風が二人の間を通り抜け、セラフィーネの長い髪を揺らした。

その瞳は、遠い故郷と、そこにもういない精霊たちを見つめているようだった。



シルヴァルナの島影が、水平線の向こうに見え始めていた。


セラフィーネは静かにリリアーナの方を向いた。


「島にも、愛し子はいるのよ」


「愛し子が……?」


「ええ。でも――精霊たちは、姿を見せなくなってしまったの。本当は、その理由を知りたいのだけれど……」


リリアーナは胸の奥がざわめいた。

自分がこれから向かう島に、何が待っているのか。

そして自分に、本当に何かできるのか――。


「私に……できるの?」

その声には、不安が滲んでいた。


セラフィーネは少しの間、黙ってリリアーナを見つめた。

そして、微かに震える声で言った。


「……さぁ? でも、私はね……リリアーナなら、きっとできると思うの」


その言葉には、希望と祈りと、そして哀しみが混ざっていた。


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