三人の旅路①
リリアーナたちは、出発した。陸路と海路を行く、長い旅の始まりである。
「私は、リュートを持って行かなくて良いのですか?」と、リリアーナが問いかけた。彼女の背には弓と矢筒、腰にはナイフが備えられている。
「荷物になるでしょう?……それに、リュートよりもすべき事があるのよ」と、セラフィーネが軽く笑って答える。
馬車駅に到着すると、セラフィーネは早速掲示板に目を走らせ、護衛募集の紙を見つけた。
「丁度いいのがあったわ。行き先、私たちと同じ方向」
「……誰が護衛をするのだ?」とラディンが尋ねる。
「リリアーナとラディンよ。二人とも矢は得意でしょう? 路銀も稼げるし、馬車に乗って移動もできるわよ」
リリアーナとラディンは信じられなかった。
護衛を頼んだ商人は、不安感を醸し出していた。
セラフィーネは商人に言った。
「報酬は、働きを見て決めて貰って良いわ……」
こうして彼らの旅は、護衛としての役割を担いながら始まった。
ラディンは、風の流れに混じる微かな気配を捉えた。
「……待て。右手側に、いる」
言葉が終わるより早く、彼は弓を構え、矢を放つ。弦の音とともに矢は茂みを裂き、次の瞬間――。
「ギャンッッ!」
野太い悲鳴が森に響き渡った。
「リリアーナ、まだいる」
「はい」
彼女は躊躇なく弓を引き絞る。狩人としての能力が働き、気配が鮮明に浮かび上がる。矢が放たれると同時に、また一匹が悲鳴を上げて倒れた。
ラディンは、早々リリアーナの能力に気がついていた。
後ろで様子を見守っていた商人たちは、思わず息を呑んだ。
「……おい、すげぇ腕前だな」
「ああ、それも少女だぞ……あの年で、まさか」
「来るぞ!」
ラディンの声と同時に、茂みから魔獣の群れが飛び出す。野犬に似た姿を持ちながら、瞳は不気味に光り、牙は鋭く伸びていた。ラディンは剣を抜き放ち、前に駆ける。リリアーナも負けじと続き、襲いかかる獣たちを次々と斬り伏せていった。
血の匂いと魔獣の断末魔が漂うなか、残された人々はただ呆然と見ていた。
「……強い……」
それ以上の言葉は出なかった。
「魔石だけ取って、早くここを離れましょう」
平然と告げるセラフィーネの声が、場の空気を締める。
やがて夜。野営の焚き火の明かりが揺らめくなか、セラフィーネはリュートを手にした。
「魔獣を寄せつけないための歌よ……呪いでもあり、守りの歌でもあるわ」
指が弦を弾くと、澄んだ旋律が夜空へ溶けていく。声は清らかに響き、星々さえも聴き入るかのように瞬いていた。人々はその音に酔い、疲れた心身を癒やされていった。
人々から離れた所にて。
「リリアーナ」
セラフィーネが呼びかけた。小さな透明の玉を差し出す。
「寝るまで、この玉に魔力を込めるのよ」
「……はい」
魔力を込める、この作業……始めの頃、リリアーナは全く出来なかった。両手で玉を包み込み、一心に集中した。
「……出来ません」
悔しげな声が漏れる。
「……お雪様が現れないように願いつつ、歌を歌ってくれる?」
優しく促され、リリアーナは声を震わせながら歌った。その瞬間、玉の奥にかすかな光が生まれる。
「リリアーナ、見て。これがあなたの魔力よ」
淡い銀色――だが虹色にもきらめく、不思議な輝きが玉に宿っていた。
「今の揺らぎ、わかる?」
リリアーナは目を見開き、そして小さく頷いた。
「もう一度」
再び魔力を流すと、玉の銀色はわずかに濃くなった。しかし、そこまでが限界だった。
「……もう、出来ません」
額には汗が滲んでいる。
「初めてなら、それで十分。これから毎日やっていきましょう」
セラフィーネの微笑みに、リリアーナは小さく息をついた。魔力を「意識して動かす」ということが、これほど困難だとは想像していなかったのだ。
それでも、彼女は心の奥底で小さな決意を固めていた。
夜は深く、焚き火の炎も小さくなりつつあった。
眠りについた人々の中で、セラフィーネだけが目を覚ましていた。
何かに導かれるように、彼女はそっと立ち上がる。視線は闇の奥を捉え、迷いなく歩みを進める。その姿は、やがて夜の闇そのものに溶け込むようにして消えていった。
どれほどの時が過ぎただろうか。
セラフィーネは静かに戻ってきた。何事もなかったかのように、音もなく腰を下ろし、浅い眠りにつく。
誰もその出来事に気づく者はいなかった。――ただ一人、ラディンを除いて。
彼の眼差しは眠りの帳の中でも鋭く、確かにセラフィーネの不思議な行動を見届けていた。
夜は、なおも更けていった。




