精霊の愛し子②
翌日、セラフィーネたちとオルフェウス夫妻、エドモンド、リリアーナは集まった。人払いは、すでに済ませてある。
セラフィーネが静かに切り出した。
「マルグリット様、もうよろしいのでしょうか?」
険しい表情のまま、マルグリットは小さく頷く。
「では、昨日の続きを」
セラフィーネは言葉を続けた。
「私の国、シルヴァルナでは、ときに《精霊の愛し子》が生まれます。精霊の愛し子は精霊に深く愛されますが、その愛は人の愛情とは性質が異なります。
精霊はまず、愛し子の近くに姿を現すようになります。そして愛し子が精霊に願いを託すと、その願いは叶えられます。
ただし、そこには必ず対価が必要です。
魔力を持つ者は魔力を差し出し、
魔力を持たぬ者は命を差し出すことになります。
魔力を捧げた者は、精霊の力を宿すようになります。私たちはこれを《魔力の書き換え》と呼びます。
魔力の多い者は、書き換えの間、……多い時は一年、眠り続けることもあります。」
セラフィーネは一度言葉を切った。
リリアーナの顔は青ざめ、オルフェウス、マルグリット、エドモンドが彼女を見つめていた。
セラフィーネはさらに語る。
「魔力の書き換えを終えた者には、精霊がより現れやすくなります。以前よりも容易に、精霊へ願いを託すことができるようになるのです。
さらに、魔力の豊かな者は精霊との意志疎通すら可能となり、その能力の延長上であれば、さまざまな願いを叶えることができます。」
セラフィーネは語りを続けた。
「シルヴァルナは、愛し子の存在によって発展してきた国です。愛し子を通じ、魔道具を生み出し、気候を安定させ、豊穣を約束してきました。
ただし、他の国では事情が異なるでしょう。
愛し子の能力は、権力者が囲い込めば絶大な力をもたらすのですから……」
セラフィーネはそこで言葉を止めた。
「それは、真実なのか……?」
オルフェウスが重々しい声で問う。
セラフィーネはリリアーナに視線を向けた。
昨夜、彼女が「お雪様」を肩に乗せ、弾き語りをしていた姿を思い出しながら。
「リリアーナ。……何か、願いをした?」
リリアーナは戸惑い、首を振る。
「そんな覚えは……」
セラフィーネはさらに問いを重ねた。
「精霊は――『誰か助けて』、あるいは『あの人を幸せに』……そんな願いでさえ、願いとして受け取るのよ?」
リリアーナは沈黙した。
大きな魔獣に対峙したとき、もしかして、心の奥で願ってしまったのだろうか……。
セラフィーネが言葉を紡ぐ。
「リリアーナは春まで眠っていたそうね。
そう、あなたの魔力は非常に少ない。願いが小さなものだったのか、あるいは途中で終わってしまったのか……。
もし大きな願い事が完全に叶っていたのなら、精霊に連れ去られていたはずよ」
「そんな言葉は……信じられない」
エドモンドが吐き捨てるように言った。
すると、オルフェウスが静かに口を開いた。
「昔は、『お雪様』も少なくはないが、普通に存在していた……。だが魔獣たちの襲撃が始まってから、徐々にその姿を消していったのだ」
セラフィーネは頷いた。
「つまり、愛し子が願いをしたのでしょうね。その結果、愛し子は命を落とした。もっとも、精霊は普通の、ささやかな願いは願いとして数えないみたいです。……よほど強い願いがあったのでしょう」
マルグリットが問う。
「魔力さえあれば……願いさえしなければ、愛し子は生きていけるの……?」
セラフィーネは力強く答えた。
「そうです。でなければ、私の国はとうに滅んでいます」
「そんな……」
マルグリットは呟き、唇を震わせた。
セラフィーネは、リリアーナを真っ直ぐに見据えて言った。
「リリアーナ。あなたの能力は《ゼネラリスト》。努力を重ねれば、魔力量を増やすことができるはずよ。
……私なら、それを教えられる。
ただし――リリアーナ、あなたがシルヴァルナへ来ること。
それが、教えることへの条件です。
よく考えて。……そして、皆様も」
そう言い残すと、セラフィーネはカイルスと共に静かに部屋を後にした。
「そんな……」
エドモンドが低く呟く。
「……しかし、嘘とは思えない」
オルフェウスが険しい顔で言葉を継いだ。
マルグリットは、しばし黙したのち、リリアーナに向き直る。
「……リリアーナ。あなたは、どうしたいの……?」
リリアーナは長い沈黙の末、口を開いた。
「……彼女は、嘘を言う人ではありません。
私は……魔力量を上げたいです」
「危険過ぎる!」
エドモンドが声を荒げる。
リリアーナは静かに彼を見つめ返した。
「以前、私の我が儘を聞いてくれると、言ってくださいましたね。
これは……私の我が儘です。
……聞いてくれます、よね?」
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
重苦しい沈黙を破ったのは、オルフェウスだった。
「……リリアーナの望みなら。エドモンドも、聞いてやれ」
その言葉に、場の空気がわずかに揺らぐ。
しかし、エドモンドの表情は複雑なまま動かない。
彼の胸中には、守りたい想いと、受け入れねばならない覚悟がせめぎ合っていた。




