精霊の愛し子①
セラフィーネが続けようとした時だった。
「……精霊の、愛し子……?」
マルグリットが小さく口にし、ふらりと身体を傾けた。
慌ててオルフェウスが腕を伸ばし、彼女を支える。
「マルグリット!」
顔色は紙のように白く、呼吸も浅い。
オルフェウスは険しい表情でセラフィーネを見やり、低い声で言った。
「……すまないが、話の続きは明日にしてくれないか。エドモンド、後は頼む」
そう告げると、彼はマルグリットを抱き抱え部屋を後にした。
残された静寂の中、セラフィーネは視線をエドモンドに向ける。
「体調を崩されみたいですね…。では、明日にでも続きをお話ししましょう。……滞在できる部屋を用意していただけますか?」
エドモンドは頷いた。
「わかった」
その時、カイルスがセラフィーネの耳元に何事か囁く。
セラフィーネは軽く目を細め、エドモンドに向かって言った。
「申し訳ございません。彼が、矢を作った職人に会いたいそうです。案内をお願いできるでしょうか?」
「落ち着いてからでも、構わないのなら」
エドモンドが応じる。
「ええ、では確かに。お願いします」
セラフィーネは静かに頷いた。
こうして、矢を作った職人へ会いに行くことが決まった。
その夜、マルグリットは夕食の席に姿を見せなかった。
重苦しい空気の中、オルフェウスは食後、エドモンドとリリアーナに声をかけた。
「……執務室に来れるか?」
二人は父の後を追い、静かな執務室に入った。
ランプの光が机の上を照らす中、エドモンドが口を開く。
「父上、話とは……?」
オルフェウスは深く息を吐き、低く問いかけた。
「エドモンド……“精霊の愛し子”を知っているか?」
「精霊の愛し子……あれは、お伽噺ではないのですか?」
エドモンドは困惑の表情を浮かべる。
彼はリリアーナの方を見やった。
「リリアーナは、知っているのか?」
リリアーナは小さく唇を噛み、答えた。
「私は……本で少し読んだだけです。“精霊の愛し子”という存在があり、類まれな能力を発揮すると……それ位しか知りません」
「……そうだな」
オルフェウスは遠い目をしながら、静かに語り始めた。
「精霊の愛し子……それは非常に稀な存在だ。……エドモンド、実はお前には姉がいたのだ」
「……姉、ですか?」
エドモンドは驚愕し、父を見つめた。
「その子は八歳の時、鑑定の儀で“精霊の愛し子”と告げられた。……だが、このままでは早々精霊に連れ去られる、と」
オルフェウスの表情は険しく、声は苦々しい響きを帯びていた。
「保護、という名目で、教会がその子を引き取ったのだ。もちろん、儂もマルグリットも必死に反対した。だが……精霊の愛し子の扱いは、王命でもあった。“精霊の愛し子は等しく、教会の下に。他言無用。反抗は許さぬ”とな。精霊の愛し子は、表向きは何らかの理由で亡くなった事にすると。儂らは、鑑定の儀のために行った三つ隣の街で、娘は病気になり亡くなった事、になったのだ」
「……そんな……」
エドモンドは言葉を失い、絶句した。
オルフェウスは重く目を伏せ、続ける。
「お前が一歳の時のことだ。儂は箝口令を敷いた。マルグリットが、あまりにも痛々しくてな。……その後、娘がどうなったのか……生きているのか、死んでいるのかすら、儂にはわからぬ」
執務室には、沈黙だけが残った。
リリアーナは小さな声で呟いた。
「では……マルグリット様は、思い出して……」
オルフェウスは静かに頷き、深い溜め息を洩らす。
「そうだ。……彼女にとっては、最愛の娘なのだ。今でも、な」
重苦しい空気の中、エドモンドが唇を引き結び、言葉を発した。
「では……リリアーナが“精霊の愛し子”だということは、隠さねばならない?」
オルフェウスはゆっくりと息を吐き、低く答える。
「……愛し子と判じられれば、リリアーナも教会に連れて行かれるだろう。王命には、誰も逆らえぬのだからな」




