オルフェウスの能力
オルフェウスは、驚愕の色を隠しきれなかった。
しかし、なんとか言葉を絞り出す。
「確かに、弓の実力は認めよう。だが……国の使いだという証拠は、何も無いのではないか?」
セラフィーネは涼しげに微笑み、静かに応じた。
「そうですね。突然やって来て名乗られても、困るのは当然です。では、特別に国の証として、これをお見せしましょう。……人払いをして下さい」
彼女の言葉に従い、部屋から兵士たちが退出する。
セラフィーネは首に下げていたペンダントを外し、掌に掲げた。
「これは、この国で行われる“鑑定の儀”を簡易化した魔道具です。誰でも、その者の能力を調べることができます」
「まさか、そんな道具があるとは聞いたことが無い」
エドモンドが目を見開く。
「そうよ。鑑定とは本来、聖職者が特別な力で行う、厳正な儀式のはずよ」
マルグリットも疑念を隠さない。
「では、実際に試してみましょうか?」
セラフィーネの声は穏やかだが、確信に満ちていた。
「なら、俺を」
エドモンドが一歩前に出る。
セラフィーネはペンダントを自らの手のひらに乗せ、彼の手をその上に重ねるよう促した。
「……あなたの能力は、……騎士ですね」
驚愕するエドモンド。
「合っている……」と小さく呟いた。
「いや、偶然かもしれん」
なおも疑念を拭えぬオルフェウスが、自らも鑑定を求める。
「良いですよ」
セラフィーネは軽く頷いた。
オルフェウス、ペンダントの上に手を重ねる。
セラフィーネは戸惑った様に言う。
「では、あなたは……。言ってしまっても良いのですか?」
「かまわん」
オルフェウスは毅然と答える。
セラフィーネは静かに告げた。
「あなたの能力は……料理人です」
しばし沈黙が流れる。
「……合っている」
オルフェウスは項垂れた。
「父上、本当なのですか? ずっと能力は、無いと聞いていましたが」
息子の問いに、オルフェウスは苦い顔で答える。
「料理人など……言えるか。……どうやら、本物のようだな」
「わかって頂き、何よりです」
セラフィーネはにっこりと笑みを浮かべた。
セラフィーネは穏やかな声を保ちながら、続けて言った。
「リリアーナ様、いえ、この場では敬称をやめましよう。……問題は、リリアーナの能力です。皆様はご存知ですか?」
場にいる誰ひとりとして、答える者はいなかった。
静寂の中、セラフィーネの視線がゆるやかに巡る。
「知ってしまえば、後戻りはできません。……それでも、知りたいですか?」
リリアーナが小さく息を吸い、はっきりと答えた。
「私は……知りたいです」
彼女は八歳の時、本来受けるはずの鑑定の儀式を受けていなかった。
そのため、ずっと自分の能力を知らぬまま過ごしてきた。
それでも、やはり知りたかった。
「リリアーナ。……能力を他の人に知られても良いのですか?……カイルスは、私が信頼を置ける人物です。口は堅いと、お約束しますが」
セラフィーネは念を押すように問いかける。
リリアーナは周囲を見渡した。
エドモンド、マルグリット、そしてオルフェウス、信頼できる顔ぶれを見て、静かに頷く。
「ここにいる人なら……大丈夫です」
「わかりました」
セラフィーネは優しく微笑み、ペンダントを掲げる。
「では、リリアーナ。ここに手を」
リリアーナは小さく緊張した息を吐き、そっとペンダントの上に手を重ねた。
セラフィーネは目を閉じ、慎重に言葉を紡ぐ。
「あなたの能力は――ゼネラリスト。……後天的に、調合、剣、狩人、身体強化、弓、緑の手、毒耐性、リュート弾き……そして、精霊の愛し子、ね」
その声はあまりに静かで、しかし重く響いた。
誰もが息を呑み、ただ沈黙が空間を支配した。
セラフィーネは言葉を継いだ。
「リリアーナ――ゼネラリストというのは、努力をすれば、何でも出来るという能力です。
ただし……どの道を選んでも、その専門には一歩及ばない。不十分な力でもあるのです」
リリアーナは小さく瞬きをし、じっと耳を傾けていた。
「そして……精霊の愛し子。これは、文字通り、精霊に愛される者を意味します」
その声音は淡々としていたが、場にいる誰もが、ただ事ではない響きを感じ取っていた。
セラフィーネは静かに視線を巡らせ、オルフェウス、エドモンド、マルグリット、そしてリリアーナを一人ひとり見つめる。
「……これから申し上げることは、極秘の話になりますが。……続けても、よろしいでしょうか?」
場の空気は、張り詰めるような沈黙に包まれた。




