セラフィーネ、再び来る
リリアーナが城に来てから、一年が過ぎた。
変化と言えば、まず庭には薬草が増えた。
甘甘草をはじめ、さまざまな薬草が植えられ、どれも恐ろしいほどの生命力で育っている。時々、リリアーナとエドモンドの姿が見えるようになった。
日常は、リリアーナは弓の練習を怠らなかった。薬草を摘み取る合間にも、小さな森に潜む魔鳥を仕留めていた。次に現れる魔鳥への備えが、必要なのだ。
結婚式については、オルフェウスの提案により準備を進めつつ、もう一年待つこととなった。
エドモンドは強く反対したが、オルフェウスは譲らない。
「大型の魔獣は、まだ残っている。油断はできぬ」
その一言が、決断の重さを物語っていた。
魔鳥や魔獣の群れの動向をもう一年、見極めてからにすべきだと判断したのだ。
リリアーナには新たな目標があった。
それは甘甘草のお茶の増産である。公爵家で好評だった。今年はさらに多く求められていた。庭の管理にも自然と力が入り、朝から晩まで薬草の世話に心を砕いていた。
そんな折、セラフィーネが一人の若者を伴ってリリアーナを訪ねてきた。セラフィーネと同じ色の亜麻色の髪を、後ろで一つに束ねていた。
その若者は理知的な雰囲気を纏い、細身の体つきに整った仕草を備えていた。鋭い知性を湛えた眼差しは、静かに周囲を観察していた。
やがてセラフィーネは、オルフェウスへの正式な面会を願い出る。
彼女の口から告げられた国の名は――シルヴァルナ。
シルヴァルナは海の果てに浮かぶ島国である。
精霊と魔道具の技によって豊かさを築き、鎖国を続けながらも外界に劣らぬ繁栄を保っていた。
セラフィーネは恭しく頭を垂れ、オルフェウスへ願いを述べる。
「どうか、リリアーナ様をシルヴァルナに一度、お迎えしたく存じます。彼女の持つ才覚は、我が国にとって欠かせぬ導きとなるでしょう」
その言葉は表向きには礼を尽くした招待にすぎなかった。
謁見の間に、張り詰めた空気が流れた。
オルフェウスの眼差しは鋭く、セラフィーネを真っ直ぐに射抜く。
「……何故、リリアーナなのだ」
低く問いかけるその声に、セラフィーネはわずかに息を整え、静かに答えた。
「リリアーナ様の周りに現れる存在、こちらでは『お雪様』と呼ばれているものに関わりがございます。しかし……これ以上は国の機密ゆえ、申し上げられません。ただし、必ず礼は尽くしましょう」
一礼ののち、セラフィーネの瞳は決して揺るがなかった。
オルフェウスは眉を寄せ、冷ややかに言い放つ。
「リリアーナは我らにとっても貴重な戦力である。ここから出すことなど、考えられぬ」
するとセラフィーネは、一歩前へ進み、同行していた若者を示した。
「そのために、彼を用意いたしました。彼は我が国で一位、二位を争う弓の射手。不足は無いかと存じます」
オルフェウスの視線が若者へと移る。
理知的で細身のその姿は、とても弓の名手には見えない。
「……ふむ」
怪訝な顔を隠そうともしないオルフェウスの瞳の奥に、わずかな警戒と興味が交錯していた。
「では、お試しになると良いでしょう」
セラフィーネの声が、静かな挑戦のように響いた。
一行は弓の練習場へと足を運ぶ。
若者、セラフィーネ、オルフェウス、マルグリット、そしてリリアーナが立ち会った。
「弓も矢も、好きなものを選ぶがよい」
オルフェウスは短く告げる。
セラフィーネは言う。
「カイルス」
「……わかりました」
若者は理知的な眼差しで周囲を見渡したのち、ためらうことなく一つの弓と矢を手に取った。
彼は静かに弓を引き絞り、的を狙う。
――放たれた矢は真っ直ぐに飛び、的の中心を射抜いた。
突き立つ音が乾いた空気を震わせ、場に緊張が広がる。
オルフェウスは顎に手をやり、低く言った。
「……確かに腕は認めよう。だが、リリアーナの代わりとは思えぬ」
セラフィーネは言う。
「本気でやりなさい」
その言葉に、カイルスは一本の矢へと手を伸ばした。矢の根元には、小さな魔石がはめ込まれている。
「これを使ってもよろしいですか?」
カイルスが問うと、オルフェウスは一瞬考えたのち、頷いた。
「……良いだろう」
カイルスは深く息を吸い込み、弓を引き絞った。
細身の体からは想像もつかぬ力が、その一瞬に凝縮される。
次の瞬間――矢は閃光のように放たれた。
魔石の輝きを纏い、音を置き去りにする速度で飛翔し、的の真ん中を貫いた。
衝撃に木枠が震え、矢は深々と突き刺さったまま、微動だにしない。
オルフェウスの瞳がわずかに細められる。
その速さはエドモンドの大弓をも凌ぎ、
その威力は、リリアーナの矢と比べるのも虚しくなるほど圧倒的だった。
場にいた者すべてが、言葉を失っていた。




