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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第2章

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リリアーナ、エドモンドと和解する

四日目の朝、リリアーナの熱はようやく下がった。だが、体力はまだ戻らず、彼女は身じろぎすることもできない。エドモンドはクッションをそっと彼女の背に差し入れ、上半身を起こしてやった。

用意していた薄いパン粥をスプーンにすくい、リリアーナの口元へ運ぶ。彼女は静かに口を開き、少しずつそれを口にした。その様子を見て、エドモンドは胸を撫で下ろし、わずかに安堵の息を漏らした。


リリアーナは数口だけ口にすると、かすかに首を振った。もう、それ以上は食べられないらしい。エドモンドはスプーンを置き、そっと彼女を横に寝かせる。

「お休み」

穏やかな声でそう告げながら、彼はリリアーナの髪を撫で付けた。リリアーナはそのまま静かに目を閉じ、再び眠りへと落ちていった。


リリアーナは食事ごとに、少しずつ口にする量を増やしていった。五日目の朝には、ようやく普通の食事を取れるまでに回復していた。もっとも、昨夜は再び熱がぶり返したものの、朝になるとすっと引いていた。


それでもエドモンドは一晩中、彼女の傍を離れなかった。

「……ここにいて、良いのですか?」

リリアーナが小さな声で問う。

「ああ」

エドモンドは短く答える。

「私は、もう大丈夫ですよ?」

そう告げるリリアーナに、彼は痛ましいものを見るような目を向けた。

「まだまだ、だ」

静かに、しかし揺るぎない声でエドモンドは言った。


エドモンドの胸には、リリアーナに問いただしたいことがいくつも渦巻いていた。だが、どこから切り出せばよいのか、彼自身にも分からなかった。


その夜も、二人は同じ部屋で食事を共にした。エドモンドは片時もリリアーナの傍を離れようとせず、まるで彼女を見守ることだけに全神経を注いでいるかのようだった。

リリアーナはふと、もしかすると彼は怒っていないのかもしれない……そんな思いに駆られる。だが、彼の表情は常にどこか陰を帯びていて、不安は拭えなかった。


とうとう、彼女は意を決し、震える声を発した。

「あの……私、戦場に出ました。怒っていたのでは……?」


エドモンドは少し間を置き、静かに問い返す。

「何故、そう思う?」


「だって……絶対に出るな、と……。魔獣が去った時、とても……とても怖い顔を、してました」リリアーナの声は震える。


……確かに。あの時のエドモンドの表情は、魔獣の恐怖に強張ったまま、顔の筋肉が固まっていたのだ。


「言葉も、無かったし……」

リリアーナは視線を落とし、目を伏せたまま小さく呟いた。


「怒ってない。……むしろ、感謝してる」

「……本当?」

「ああ。とても、助かったよ。……有難う、リリアーナ。言うのが、遅くなった。……ごめん」



エドモンドは柔らかな声音で言葉を重ねた。

「父上も、言い過ぎたと反省していた。リリアーナ、出ていかなくて良いんだ」


「でも……あの時、オルフェウス様は、はっきりと言ってました」

「大丈夫だ。俺が保証する。それとも、俺はそんなに頼りないか?」


問いかけに、リリアーナは慌てて首を振った。

「いいえ。いつも努力していて、とても立派です」


「では、何で相談してくれないのだ?」

エドモンドの低い声には、苛立ちではなく哀しみが滲んでいた。


リリアーナは視線を伏せ、ためらいながら口を開く。

「だって……魔獣とか、領のこととか、いつも考えていて。眉間に皺が寄ってました……。私が相談しても、迷惑になるだけかと……」


その言葉に、エドモンドは静かに息をついた。リリアーナは、本当に、細心の注意を払って自分を見ていたのだ。過去の自分を思い返せば、確かに心は常に張り詰め、余裕をなくしていた。


「……今度からは、何でも話してくれないか。我が儘くらい、聞ける」


「……言ってもいいのですか?」

リリアーナが恐る恐る問いかける。


「ああ」

「……どんな、我が儘でも、聞いてくれますか?」

「……俺が、出来ることなら」


エドモンドは力強く、しかし優しく答えた。


リリアーナはしばらく、無言でいた。しかし、少し躊躇いつつ言葉を紡ぐ。


「……ここに、座っていただけませんか?」

リリアーナはそっとベッドを叩き、エドモンドを促した。

小首をかしげながら、とりあえず腰を下ろすエドモンド。


その瞬間、リリアーナは両手で彼の肩を掴み、ぐいと押してベッドに倒れ込ませた。

「……!」

不意を突かれ、エドモンドはただ目を瞬かせる。見上げる視線の先で、リリアーナの長い髪がさらりと流れ落ち、彼の耳にかかった。


リリアーナはそっと、エドモンドの耳元に唇を寄せて囁く。

「……ベッドに」


言葉に従い、エドモンド、動揺しつつもベッドに身を滑り込ませる。するとリリアーナはためらいもなく、ぎゅっと抱きしめてきた。


「……ずっと、こうしたかったのです」

切なげにそう告げる声は、小鳥の囁きのようにかすかだった。

「……覚えておいてください。私の心は、いつもお側にいることを」


その小さな体は、壊れそうなほど必死にエドモンドを抱き締めていた。

エドモンドもまた、胸に込み上げる想いを抑えきれず、彼女を強く抱き返す。


……けれど彼は知らなかった。

その時のリリアーナは、再び熱が上がり始めていたことを。

頭が霞むようにぼんやりして、半分正気で無かったことを。

横になりたい気持ちと、離れたくない気持ちがせめぎ合った末の行動であったことを……。



エドモンドは、ただ動けずにいた。

リリアーナの腕が絡みつき、まるで離すまいとするかのように、幾度となくぎゅっと抱きしめてくる。まるで夢の中にいるかのような錯覚にとらわれていた。


……エドモンドは、リリアーナが眠ったのだと感じた。そっと身をずらそうとした。しかし、細い腕がもう一度、強く自分を引き寄せた。


その温もりに、エドモンドの胸は甘い痛みに満たされる。息をするたび、彼女の髪の香りがかすかに触れ、心を乱した。


結局、夜明けが近づくまで一睡もできなかった。

だが抗い続けた瞼は、やがて重く落ちていく。

エドモンドは、リリアーナの抱擁に囚われたまま……静かに、眠りへと落ちていった。


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