リリアーナの目覚め
リリアーナは、気がついた時、自分の身体がまるで他人のものになってしまったかのように動かせないことに気づいた。手も足も、まるで重りを括りつけられたように沈み、力を込めようとしても反応は返ってこない。瞼さえも閉じたり開いたりすることができず、口も思うように動かない。ただ、暗い水底から泡が浮かび上がるように、意識だけが時折ふっと浮上しては、またゆっくりと闇に引きずり込まれていく。自分がどこにいて、何が起きているのかを理解しようとしても、その断片的な覚醒の隙間に滑り込んでくるのは、深く濃い闇と、どうしようもない無力感だけだった。
リリアーナの身体は外から見れば微動だにしなかった。まるで時間から切り離され、ただそこに横たわっているだけの人形のように。しかし、その内部では確かに変化が始まっていた。目に見えぬほど静かで、しかし確実に進行していく変化である。蝶の幼虫が蛹となり、その内側で羽を形作るように、彼女の内奥でも何かがひそやかに組み替えられていた。外界には一切伝わらぬその営みは、光も音もない闇の中で、ただ淡々と、そして不可逆的に続けられていた。
リリアーナは、薄闇の底からふっと意識が浮上した。遠くで誰かの話し声が交わされている──「もう、魔獣は来ないだろうね…」「そうね、冬も終わりだもの…」その言葉の断片だけが、空気を伝って届いた。会話の内容から、季節が移ろい、魔獣の影がおよばない時期に入ったと、彼女は理解した。
その瞬間、オルフェウスの声が脳裏に甦る。ああ、私はここを出ていかなくてはいけない……、命令。魔獣が去ったのなら、エドモンド様はきっと無事だろう。次の襲来の頃には、彼はもっと強くなり、もはや私の支えを必要としないのに違いない。私の役目は、もう終わったのだ、と理性は淡々と結論づける。だがそれと同時に、胸の奥から別の感情が湧き上がる。離れたくない。たった一言でも、エドモンド様に声をかけたい。温かい「おはよう」、せめて短い囁き、……届けたい。
思いは膨らむが、体は従わない。口は閉ざされ、喉は石のように塞がれている。口元に触れようとする小さな衝動さえ、遠のいていく。思い出すのはあの日の約束……戦場には出るなと、しきりに言われたこと。私はそれを裏切った。約束を守れなかった私を、あの人は責めるだろうか?そう考えると、求める声はますます喉の奥で萎んでいく。許しを乞う権利すら、自分には残されていないように思えて。
リリアーナの身体は依然として石のように動かず、外界との接触はただ耳に届く声の断片だけだ。しかし意識だけは激しく動き続けた。過ぎた日々の断片、約束の重さ、未来の想い、そしてこれからの離別……それらが頭の中で渦を巻いていた。
……ある早朝、リリアーナはぱちりと目を覚ました。長い眠りの底から引き上げられるように、意識が澄み渡っていく。試しに手を動かすと、指先がわずかに反応した。確かな感触に胸が高鳴る。ゆっくりと身を起こし、ベッドの縁に腰をかける。だが立ち上がろうとした瞬間、脚に力が入らず、その場に座り込んでしまった。焦りを押し殺し、ベッドの柱にしがみつきながら、慎重に重心を整え、なんとか立ち上がる。
のろのろと衣装棚へと歩み寄り、軽装の衣を選んで身にまとった。まだ本調子にはほど遠い身体を気遣いながら、最後にフード付きのマントを肩に羽織る。鏡に映る自分はどこか影を帯びて見えたが、気にする余裕はない。
城は異様なほど静まり返っていた。廊下に漂う冷たい空気は、まだ朝の気配を残している。薬草の入った鞄を手に取り、物音を立てぬよう忍ぶように歩み出る。まだ誰の気配もない台所に足を踏み入れ、乾いたパンと水筒を素早く確保した。
振り返ることはしなかった。リリアーナは誰にも告げることなく、重い扉を押し開け、外の世界へと足を踏み出した。




