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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第2章

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イリヤ族の襲撃

襲撃に加わることを、誰も本心では望んでいなかった。胸の奥で硬い拒絶が渦巻いている者は多い。だが、過去に反対した者たちの末路は、人々の口を塞いだ。崖下で姿を消した者、あるいは獣に引き裂かれて戻って来なかった者──そうした「見せしめ」の噂は族の隅々まで届き、反論する勇気を奪った。

 


族長は低い声で命令を下した。動ける男は強奪してきた服に着替え、顔を覆え。早朝に出立する。得物は必ず携行せよ──と。命令は短く、冷徹だった。誰もが、互いの顔色を窺い、言葉にならない恐怖を交わした。心の中では後悔と嫌悪が燻るが、夜明けとともに家を出る足は止められない。従うことが、生き残る唯一の道であるかのように――その沈黙が、彼らの連帯を縛り付けていた。



夜明け前、影のように男達は領地の南西へ向かった。見張りの兵士たちは油断しており、影に紛れた襲撃は素早く行われた。兵士たちは気づく間もなく討たれ、静寂の中に刃の光だけが残った。族長は冷静に配置を指示する。「あそこと、あそこ、あっちに火をつけろ。おまえたちはこっちの家から襲え。抵抗する奴は容赦するな。俺は向こうから行く。」側近二人を伴い、族長は商人の家の集まる方角へ歩を進めた。


やがてイリヤ族の襲撃が本格的に始まる。火が辺りを赤く染め、人々の叫びが空気を切り裂いた。町は混乱に包まれ、抵抗する者たちは必死に戦った。


ラディンは、あえて押し入るふりをして行動を隠した。表向きには略奪に加わる者の一員として振る舞いながら、そっと族長の後を追う……その足取りは静かで、眼差しは常に先を見据えていた。人々の混乱と火の喧騒が覆う中、彼の目的はただ一つ、族長の行動を見届け、機会があれば介入することだった。



族長たちは迷うことなく家屋に押し入った。中からは争いの叫びや物が割れる音が響き渡り、火と煙が辺りを覆っていく。ラディンはその後を追い、混乱の只中へ足を踏み入れた。……家人は皆殺されていた。


ラディンは背後から族長の側近の一人を襲い、短い刃で倒す。呻き声と共に側近は床に崩れ、族長が振り返る。その目に浮かんだのは怒りと確信だった。

「お前、やっぱり裏切ったか」


刹那、ラディンは一気に族長へと飛びかかる。族長は咆哮を上げ、全身で激しく抵抗した。刃と刃がぶつかり、床を蹴る音が家の中に響き渡る。


だが、背後からもう一人の側近が襲いかかってきた。ラディンは寸前でそれを避けるが、二対一の戦況は圧倒的に不利だった。息を荒げながらも必死に構えるラディン。しかし、一瞬の隙を突かれ、背後から側近に羽交い締めにされてしまう。


「終わりだ!」

族長は勝利を確信し、声を張り上げる。手に持つ山刀を振りかぶる。その刹那、


「ぐっ……!」


族長は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。胸元から血が広がり、力を失っていく。ラディンは目を見開き、振り返る。


そこに立っていたのはセラフィーネだった。マントをつけ、フードを深々と被っている。

……族長の背中には、鎌が深々と刺さっていた。彼女の瞳は揺らぎなく、炎の赤を映していた。



驚愕に目を見開いた族長の側近を、ラディンはためらうことなく斬りつけた。刃は正確で、抵抗する暇もなく相手は床に崩れ落ちる。続いて、倒れた族長に向き直ると、彼は念入りに止めを刺した。その動きには一切の迷いがなく、確実に命を絶つための冷徹さがあった。


「助かった」ラディンは短く礼を告げる。

「他の標的は?」セラフィーネが問いかける。

「あと、二人だ」

「手伝うわ」

「……なんで鎌なんだ」

「証拠隠蔽よ」

「……鎌は何処から」

「少し、拝借しただけよ」

セラフィーネは涼しい顔をして言った。


セラフィーネは、素早く台所から包丁を持ち出し、血糊を着ける。そして、死んでいる家人に握らせた。

「……偽装か」

「……必要でしょう?」



二人は火と叫びの混じる混乱の中を駆け抜けた。目指す先では、標的の二人がすでにラディンの弟と対峙していた。弟は左腕から血を流し、息を荒げながらも必死に立ち続けている。


「俺は右を」ラディンが素早く言う。

「わかった」セラフィーネが応じる。


次の瞬間、ラディンは右側の男に飛びかかり、刃を閃かせて瞬時に倒した。同時にセラフィーネも左の男を仕留める。何処に隠していたのか、鎌が男に深く突き刺さっている。その速さは、混乱の喧騒さえ一瞬静まったかのように思わせた。


「遅くなった」ラディンが弟に声をかける。

「本当だよ」弟は苦笑を浮かべつつも、安堵の息を漏らした。


弟の視線はセラフィーネに移り、驚きを隠せずに固まった。血と炎に包まれた場で立つ彼女の姿は、想像もしていなかった光景だった。


ラディンは血に濡れた刃を収め、セラフィーネに問う。

「リリアーナは?」


彼女は短く息を吐き、鋭い視線を返した。

「彼女は大丈夫よ」


「なんで分かる」ラディンはなおも詰め寄る。


セラフィーネはわずかに微笑し、炎の揺らめきに顔を隠すようにして言った。

「女の、勘よ。……それに、私は急ぎが出来たの。あとは、よろしく。今回は貸し一つでいいわ」


そう言い残すと、彼女は振り返ることなく速やかに去っていった。


残されたラディンは一瞬その背を見送り、次に全力で声を張り上げる。

「族長が倒された! 撤収だ!」


混乱を駆けていたイリヤ族の者たちに、その声は鮮烈に響いた。指揮者を失った男達は動揺し、次々と退き始める。炎はまだ燃え盛り、人々の悲鳴は止まぬまま。……襲撃は中途半端な形で幕を下ろすことになった。


イリヤ族の足音が森に消える中、ラディンは深く息を吸い込んだ。……戦いは終わった。



後日、弟はラディンに問う。

「あの人、何で助けてくれたの?」

「……知らん」

「貸し一つだって……大丈夫なの?」

「……わからん」

「……凄い、強い人だったね」

「……一番、敵に回したくないのは確かだな」

弟は神妙に頷いた。



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― 新着の感想 ―
 犠牲が出てしまってるから、今後も交流は個人間でのみ、だな。
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